第40章
秋の園遊会の時期が到来した。
フローレンス嬢は、一応は鳴りを潜めているが、勝負はキャサリン皇女が出産した後と腹をくくっているらしく、しょっちゅう公務にかこつけて、エドワード殿下の下を訪ねているらしい。
私は表向き、エドワード殿下と接触していない。
キャロライン皇貴妃殿下を仲介して、私とエドワード殿下は手紙のやり取りをしている。
おかげで、キャロライン皇貴妃殿下とエドワード殿下は仲が良すぎる姉弟だという噂が余波で流れてしまった。
そのために嫉妬したジョン皇帝陛下が、しばしばキャロライン皇貴妃殿下を訪ねたために、キャロライン皇貴妃殿下が懐妊するという事態まで引き起こしたのは、本当に思わぬことだった。
「3人目はどちらがお生まれになるかしら」
「それよりも丈夫に育ってほしいですわ」
宮中女官の噂は、キャロライン皇貴妃殿下の懐妊で持ち切りだ。
2人目は女の子だったのだが、1歳にもならない内に流行り病で薨去されている。
そのためもあり、丈夫な子が生まれてほしい、と皆が願っている。
「教会にお祈りに行きましょう」
その一言が耳に入った瞬間、私はあることを思いつき、エドワード殿下に相談することにした。
「確かに教皇トマスは、私の母アンの叔父に当たるが、動いてくれるだろうか」
エドワード殿下の返事は懐疑的だった。
そう、現教皇トマスは、帝室から教会に入られた方で、血筋だけなら帝室の長老的存在と言っても差し支えない。
そして、教皇トマスが、私とエドワード殿下の結婚を執り行ってくれれば。
このような既成事実があれば、ジョン皇帝もチャールズ大公ご夫妻も私達の結婚に異議を差し挟むことはできまい。
「私はキャロライン皇貴妃殿下の安産の祈りと言う名目で教会に行きます。エドワード様もキャサリン皇女殿下の安産の祈りと言うことで教会に行ってください。そして、事が事なので、教皇猊下にも祈りを捧げてくださいと言えば、少なくとも教皇猊下と接触することが出来るのでは」
私は手紙でエドワード殿下を説得した。
キャロライン皇貴妃殿下も賛成し、エドワード殿下を説得してくれた。
数回に亘る手紙のやり取りの末、エドワード殿下は私の説得に折れた。
「お久しぶりね。アリス」
「修道院長様、お久しぶりです」
エドワード殿下なら、直接、トマス教皇猊下に面会を求めても叶うだろうが、私は単なる宮中女官で女騎士に過ぎない。
トマス教皇猊下にお会いすること等、できようはずがない。
だが、しかるべき仲介者がいれば別だ。
私が目を付けたのは、私が育った孤児院のある修道院だ。
ここの修道院は、帝国でも有数の修道会に属しており、院長様は次に枢機卿に欠員が生じた際には、まず枢機卿になられることは確実と言われている。
この院長様に仲介してもらえれば、私と言えどトマス教皇猊下にお会いできるだろう。
「トマス教皇猊下にお会いしたい?」
「ええ、キャロライン皇貴妃殿下の安産の祈りへのご協力をお願いしたいと」
私は頭を下げた。
「嘘ね。アリス」
修道院長様は笑われた。
「アリス、本音を話しなさい。10年以上、あなたを見てきたのよ」
これは参った、教会を私は甘く見ていたようだ。
「分かりました。その代り、秘密を守る旨、誓っていただけますか」
「聖職者として、神に誓うわ」
修道院長様は誓ってくださった。
私は覚悟を固めて、エドワード殿下との交際について話した。
「そういう事情ね。確かに厄介ね。私程度ではどうにもならないわ」
修道院長様はため息を吐かれた。
「皇帝陛下や大公殿下まで巻き込んでいるなら、教皇猊下に乗り出してもらわないと」
修道院長様は、私に教皇猊下との仲介の労を取ることを約束してくれ、私は頭を下げた。




