幕間ーキャサリン
今朝も胎動で目が覚めた。
本来なら、喜ぶべきなのだろう。
私のお腹の中で私の血を分けた子どもが順調に育っている証しなのだから。
だが、その胎動を感じるたびに、私はお腹の中で悪魔の子が育っているという想いが起こるのを辞めることが出来ない。
父と最期の別れをした光景が、まぶたに浮かんでくる。
「幸せにおなり、キャサリン」
父はそう私に声を掛けた後、大公家の騎士達に護送され、流刑地に出発した。
その時は、私はまだ大公家の善意を信じていて、流刑地で父はそれなりの待遇を受けられるものと思っていた。
だが、流刑地とは名ばかりで、父は自裁を強いられた。
父の最期を見届けた大公家の騎士の長の白々しい報告を私はさらに思い起こす。
「元皇帝ジェームズ陛下は、大公家の幼子まで皆殺しにする計画を立て、実際に従妹のアン先代大公妃を焼き殺し、帝都の大半を焼き払った罪を悔いられ、自責の念に堪えかねて縊死の路を選び、崩御されました」
大公家の騎士は、そう兄のジョンに報告したとのことだ。
流刑地としてたどり着いた極寒の場所に、1人きりで着の身着のまま、食糧も無しで放り出されては、凍死か、餓死か、の2つの路しか基本的に残されてはいない。
父としては楽に死ねるように縊死の路を選んだのだろう。
真教の教会は、父に対して無慈悲な追い討ちを掛けた。
実の従妹を実際に焼き殺し、帝都の無辜の住民が焼死するように命令する等、暴虐極まりない、と父を指弾し、破門した。
そして、父が自殺を禁じる教義に違背し、自裁したとして、父の陵墓を立てることも許さなかった。
お蔭で、今や父の遺体がどこにあるのかすら、私や兄には分からない有様だ。
そして、教会の背後には大公家の意向が見え隠れする。
大公家に従う私兵は数千騎以上で、一万騎とも謳われ、実際に「帝都大乱」時にはそれだけの騎士が結集した。
教会としては、大公家の意向に従うのが得策と判断したのだろう。
父の死から10年余りの歳月が流れた今、私は、父の仇、大公家の次期当主、エドワードの正妻、第一夫人になっている。
私の胎児は、言うまでもなくエドワードの子だ。
「結婚して、1年も経たない内に妊娠されるとは、本当に素晴らしいことです」
私のというより、私達夫婦の侍女の多くが祝賀してくれるが、私の内心は冷める一方だ。
父の仇、大公家の跡取りの子等、私は死んでも産みたくないのに。
それなのに、何故、エドワードと自分は結婚せざるを得なかったのか。
「姉上、どうか屈辱を忍んでください。大公家を潰すために」
異母兄ジョンが私に頭を下げた。
ジョンと私が産まれたのは1月も違わない。
細かいことを言えば、私の方が先に産まれたのだが、ジョンが皇太子から皇帝になったこと、私の母の実家が元々侯爵家だったのに、ジョンの母は入内に伴い侯爵家に叙せられたこと等、いろいろなことからお互いに、兄上、姉上と呼び合う関係に、私とジョンはある。
「父の仇の家に嫁げ、と言うのですか。しかも、私より12歳下の3歳の幼児に」
私は兄の前で荒れた。
父の死のほとぼりも冷めない内に、私とエドワードとの縁談を兄は進めていたのだ。
「将来のために、今の屈辱に耐えて下さい」
兄の懸命の説得に、私は最終的に折れざるを得なかった。
そして、エドワードが15歳になると同時に、皇帝の勅許による特例ということで、私はエドワードと結婚した。
エドワードは、私を正妻として重んじてくれるが、私としては、父の仇の大公家の跡取り、エドワードに抱かれるくらいなら、奴隷に抱かれる方が遥かにマシだ。
そんなふうに思っているのに、私はエドワードの子を妊娠している。
女の身体は哀しいものだ、私は涙が溢れるのを感じた。
幕間の終わりです。
次から第4部になります。




