幕間ーダグラス
アリスの兄、ダグラスの視点です。
「ふざけおって、あいつには親孝行の心が無いのか」
私は、妹アリスからの手紙を読み終わると、その手紙を破り裂いた。
アリスは、自分は帝都に残ること、また、自分はキャロライン皇貴妃殿下に仕え続けること、これ以上、大公家を貶めるようなことを私が手紙に書いてくる等するなら、私とは義絶するとまで手紙に書いて寄越していた。
「その様子では、妹殿への手紙での説得はうまく行かなかったようですな」
私の曽祖父の末弟にして、私の正妻の祖父ラルフ・ボークラールが、私を上目づかいに見た。
その目つきが、私の癇に妙に障ったが、ぐっと堪えた。
ここで、ボークラール一族の長老ともいえるラルフを叱り飛ばしても意味がないし、下手をすると私の敵に回る可能性すら完全には否定できない。
200年以上前に、ボークラール家が帝室から貴族に降りて以来、ボークラール一族の内輪もめは、一族の宿業ともいえるものだ。
ボークラール一族の従兄弟同士、叔父甥同士、更には兄弟同士で武器をお互いに手に持ち、配下の騎士を従え合って、戦場にて何度相対したのか、帝国の住民で完全に分かっている者は一人もいまい。
それくらい数が分からなくなるくらい、かつてはボークラール一族は自らの利益に反すれば、肉親と言えど容赦はせずにお互いに戦いあってきた。
だが、その軍事貴族きっての武闘派としての側面が、多くの騎士団を引きつけてきて、ボークラール一族の一人と結婚を、せめて娘を愛人にでもということで、各地の騎士団長から姻族関係を競い合うように結ぼうと申し込ませることにもなり、ボークラール一族を強大化させたのも否定できない事実だ。
帝国各地の騎士団の小規模な内乱を幾つも討ち鎮めた功績により、私の祖父は子爵に叙せられ、「帝室の剣」と謳われたことにより、本宗家の地位を確立した。
そのことから、ボークラール一族の内輪もめは、本宗家の裁断に基本的に従うということになり、私の父はそれを受け継ぐことで、ボークラール一族の絶頂ともいえる権勢を持ったのだが、「帝都大乱」は、それを水泡に帰してしまった。
皇帝ジョンから、私は密勅を受けた。
「大公家を排除し、帝室を復興させ、皇帝独裁の正常な帝国に戻してほしい。「帝室の剣」と謳われたボークラール一族を、朕は心から頼みにしている」
密勅は長々と書かれてはいたが、要約すると上記のように書かれていた。
私は感泣した。
皇帝からここまでの密勅を賜るとは、忠臣の本懐ではないか。
ボークラール一族が本当に結集して挙兵すれば、1万以上の騎士が集い、従者も入れれば10万と呼号できる兵が集まるだろう。
だが、その挙兵までの路は遠い。
ボークラール一族の本宗家当主と血筋の上からは、私は言えるが、爵位だけからいえば単なる男爵に過ぎないし、州長官等を務めたこともない。
私の目の前にいるラルフにしてからが、男爵の爵位を持ち、今、住んでいる州とは無縁の州だが、複数回に渡り州長官を務めた経歴を持つ有様だ。
まず、ラルフと手を組み、ボークラール一族をまとめ上げる必要がある。
「そういえば、その手紙を届けた男が妙なことを言いました。妹殿が大公家のエドワードに身を任せたという噂があるとか」
「何だと」
ラルフの半分独り言を聞いた私は怒りで目の前が真っ暗になった。
「そんなことは断じて許さん。親の仇に身をゆだねるとは。アリスには、貴族の誇りが全くないのか。大公家の者に迫られたら、操を護るために舌をかんで自害するのが当然ではないか」
私は大声で叫んだが、ラルフは私を冷めた目で見て黙っているだけだ。
私は怒りが高まるのを覚えたが、これ以上話すのは、ラルフを引き離すことになる。
私はぐっと堪えた。




