幕間ーキャロライン2
7月の除目が終わり、暑い日々が続くことに内心でげんなりしていると、メアリ母さんが訪ねてきた。
「いつもの場所で、母子水入らずの会話をして、暑さから気をそらさない」
という誘いに、一も二もなく、私は賛成した振りをした。
侍女がお茶の準備を済ませ、2人きりになると、メアリ母さんは「伯母さん」になった。
「何で、アリス・ボークラールを宮中女官にして、叙爵してほしいとチャールズ父さんにお願いしたのか、本音を話してくれる」
「アリスを大事に想ったからです」
「本音を話して。私だって、アリスのことは、正直、妹の仇の娘と思って、心の底からは寛大にはなれないのが、あなたには分かっているでしょう」
メアリ「伯母さん」の目が険しくなった。
これは、かなりチャールズ父さんがメアリ母さんの前では荒れたようだ。
実際、私のお願い事を大抵は二つ返事で聞いてくれるチャールズ父さんが、アリスの叙爵と宮中女官への任官については、かなり嫌がり、私が何度もお願いする羽目になった。
チャールズ父さんにとって、アン母さんは、永遠の恋人だ。
また、メアリ母さんにとっても、アン母さんは恋敵であると同時に、血を分けた可愛い妹だ。
2人にとって、アン母さんを結果的に焼き殺したボークラール一族の人間は、政治的理性では許せても、感情的には決して許せない存在だ。
その本宗家の娘、アリスを私が私的な侍女として雇うくらいは目をつぶれるが、正式に宮中女官にして叙爵する、つまり貴族の一員にするというのは、2人共かなり心理的な抵抗があったのだろう。
女性の貴族は、数少ない存在だ。
それだけで一目も二目も置かれてしまう。
そんな特権的地位を、アリスに2人が与えたがらなかったのは、容易に想像がつく。
私はお茶の香りを楽しみ、考えを暫く巡らせる振りをした。
私の言葉は決まっている。
だが、こういうのは少し楽しみたい。
「ボークラール一族を分裂させ、乗っ取るためですわ」
私の答える言葉に、メアリ「伯母さん」は固まった。
その姿を内心で楽しみつつ、私は更に言葉を紡いだ。
「アリスと弟エドワードは、どうもお互いに好き合っているようです。アリスを、弟エドワードは第二夫人に迎えたいとまで考えているようです。そうなると、弟エドワードはボークラール一族本宗家の女婿ということになります。男爵に過ぎないダグラスと、既に伯爵に叙せられていて、いずれは大公家当主になるエドワード、どちらがボークラール一族の本宗家当主にふさわしいと、ボークラール一族の面々の多くが考えるでしょうね」
私は鈴を鳴らすような笑い声をあげた。
「キャロライン、あなたは」
メアリ「伯母さん」は珍しく口ごもってしまっている。
「誤解しないでください。メアリ母さん。私は、弟エドワードに、心から幸せになってほしいと考えていますわ。でも、それは大公家の政治的立場を保つのが大前提です。今はアリスは女騎士に過ぎませんが、宮中女官として才能を発揮すれば、女子爵どころから、女伯爵にもなれるでしょう。女子爵でも、大公家当主の第二夫人の資格は充分にあります。そして、アリスと弟エドワードが結ばれれば」
私の言葉を、メアリ「伯母さん」が引き取った。
「ダグラスは、ボークラール一族の一部が消してくれるというわけね。大公家が手を汚すことなく」
「ええ、大公家は手を汚さずに済む。最高の結末です」
私は笑って言った。
「ダグラスは、どうも危ないことを企んでいるようですからね」
「やれやれ、政治的策謀は誰に似たのかしら」
「伯母さんに決まっているでしょう」
私とメアリ「伯母さん」は会話した。
「分かったわ。父さんにそう説明する」
メアリ「伯母さん」はそういって席を立った。




