第29章
私は、自分の兄ダグラスが帝国に対する反乱を企んでいる、その背後には皇帝ジョンがいる、という疑惑を覚えたが、黙っているしかなかった。
自分でも、余りにも妄想が過ぎていると思わざるを得なかったからだ。
そういったことに関わらず、時は流れていき、7月1日の除目の日は来た。
「アリス・ボークラール、あなたを帝国の女騎士に叙爵し、併せて宮中女官に任じます」
「謹んでお受けします」
伯爵以上の叙爵や任官なら、皇帝自ら執り行われるが、私のような子爵以下の叙爵や任官は、皇帝の代理として大公家当主やそれ以外の上級貴族が執り行うことになる。
私の場合は、キャロライン皇貴妃殿下が執り行ってくれた。
「それから、今後の宮中女官の職務ですが、併せて交付する書面に書いてある通りです。精一杯職務に励むように」
「分かりました」
私は、キャロライン皇貴妃殿下のお言葉にあらためて頭を下げた。
私が頭をあげると、キャロライン皇貴妃殿下は慈愛に満ちた視線を送っていた。
「堅苦しいことはこれくらいにしましょう。手元の書面に目を通しなさい」
「はい」
私は、手元の書面に目を通したが、最後の一節に目が釘付けになった。
アリス・ボークラールを、私、キャロライン皇貴妃とエドワード伯爵との取次役とする。
ええ、これって。
「アリス、何か不満になるようなことが、手元の書面に書いてあったの」
キャロライン皇貴妃殿下は、悪戯が成功したような笑みをさらに浮かべながら言われた。
「いえ、不満になるようなことは全く書いてありません」
私は思わず頭を横に思い切り振った。
「では、その書面に書いてある職務に精励しなさい」
「はい、精一杯頑張ります」
キャロライン皇貴妃殿下が笑いながら言うことに、私は大声で返した。
エドワード伯爵殿下とキャロライン皇貴妃殿下の取次役に私はなる。
そうなったら、本当は私的な用事であっても、公的な用事があるとして、公然とエドワード伯爵殿下を私は訪ねること等が出来る。
また、エドワード伯爵殿下も、キャロライン皇貴妃殿下への書簡であると言いながら、私宛の書簡を渡すこと等が出来る。
キャロライン皇貴妃殿下は、私とエドワード伯爵殿下との恋愛を秘かに応援して下さっているのだ。
私は涙が溢れそうになった。
この温情に精一杯報いねばならない、私は固く決意した。
「ところで、アリス、この書簡を、早速、相手に届けてほしいのだけど」
キャロライン皇貴妃殿下は、私に書簡を渡した。
言うまでもなく、その書簡の宛名はエドワード伯爵殿下になっている。
エドワード伯爵殿下は、先日、近衛軍が行った巻狩り行事から無事に帰ってこられた。
巻狩りの際には、エドワード伯爵殿下は、見事な大猪を弓矢で仕留められたとのことで、軍事貴族の一員のようだ、と周囲から称賛を浴びたらしい。
実際にその獲物の大猪は帝都まで運ばれ、ジョン皇帝陛下らが御覧になられたが、皆、称賛されていたとも聞く。
私も大変うれしかった。
「分かりました。早速、お届けに行って参ります」
私は勇んで、エドワード伯爵殿下の下へ赴いた。
「アリス、女騎士に叙爵して、宮中女官に正式に任官されたのだって。おめでとう」
エドワード伯爵殿下は、キャロライン皇貴妃殿下からの書簡に目を通すよりも先に、私にお祝いの言葉を述べてくれた。
「ありがとうございます」
私は笑みを浮かべた。
「姉から、君を私と自分との取次役にすることは聞いている。これからもよろしく頼むよ」
「はい」
私はエドワード伯爵殿下からの言葉に勢いよく答えた。
後、2年余り、愛を育めば、私とエドワード伯爵殿下は結婚までできて、私は第二夫人になれる筈、私はそんなふうに明るい未来を思わず想像していた。
第3部の終わりです。
また、女主人公のアリス以外の登場人物の視点の幕間を数人、描いた後で、第4部に入ります。




