怒り
セナは部屋に置かれた小さなソファの上で、膝をかかえ体を堅くしたまま令人の帰りを待ち続けた。
しかし待てども待てども令人は帰ってこない。
緊張の面持ちのまま窓から外を見ると、辺りは暗くなっているが、セナの中では三日もたったような心地だった。
疲れはピークに達していた。
膝に顔を埋め大きなため息を一つついた、その時、ドアの外で物音がした。
一瞬氷ついたように身を堅くした後、すぐにドアの方へと向かい駆け出す。
ドアにはめ込まれた小さなパネルが、そこに立っている人物を映し出す。
カズマではなく、令人だ。
それが分かるとセナは電光石火の早さで内鍵を開け、ドアを開けた。
しかしそこに立っている令人を見て、セナは口を手で覆う。
そうでもしないと悲鳴が口をつきそうだった。
泥と血糊でべっとりと汚れた体。
体の至る所が痛むようで、それに耐えるように肩で荒い息をしている。
呆然と立ち尽くすセナを押しのけ、令人は部屋に入る。
令人が歩いた後には、まるで赤い道標を残すように血が点々と滴り落ちた。
部屋が汚れるのを気にもとめず、令人はセナに背を向け床に座り込むと、震える手で側に置いてある煙草に手を伸ばし、火をつけた。
呆然と立ち尽くしていたセナは、恐る恐る側に駆け寄る。
「何があったの」
「もう安全だから、帰れ」
「帰れないよ、何があったか説明してよ」
「見て分かんだろ、俺は今休みてぇんだよ」
令人は感情を押し殺しているのか、喋ると痛むのか、低い抑揚のない声で話す。
セナは泣きそうな顔になるが、言われたとおり帰る気はないようだ。
「何があったか言ってくれるまで帰らない」
それを聞いたとたん、令人の表情が豹変した。
鋭い視線で射殺そうとしてでもいるかのように睨まれ、セナは令人を怒らせてしまった事を悟った。
無意識に身を引くセナの手首を強引に掴むと、セナが痛い、やめて、と懇願するのもお構いなしに玄関のドアまで連れて行き部屋から突き出す。
外の廊下に膝と手をついたセナの背後で、玄関のドアが勢いをつけて閉められた。
セナはのろのろと体を起こすと、ドアの向かい側に座り込む。
寒さから体を守ろうと縮こまり、悲しそうな目でドアを見据えている。
今日令人とカズマの間に何があったのか、セナの頭には様々な憶測と心配と不安が渦巻いていた。
だから気付くはずもなかった。
ほんの10メートルも離れていない場所から、黒尽くめの男が先程からじっと、見つめている事に。