ホットミルク
湯気を立てているマグカップを二つ手に持ったセナは、ホットミルクを一つ、イースに手渡す。
「サンキュ」
イースはそう言いながら初めて人から物をもらったかのようにどぎまぎした様子で受け取る。
セナは少しずつさましながらゆっくりと飲むが、イースはそのような喜びは知らないようだ。
あつい、といいながらほとんど一気飲みに近いペースで飲んでしまった。
ごちそうさま、そういいマグカップをテーブルに置くと立ち上がり、ドアの方へ向かおうとする。
「じゃぁ帰ろっかな」
「窓から帰らないの」
いやみっぽく言うセナの方をイースは振り返る。
「今日は泊まっていったら?もう遅いし」
「うわあ、こんな可愛い子に誘われちゃった、どうしよう」
「そんなんじゃないっ」
思ってもいない切り返しにセナは動揺する。
「はいはい、冗談冗談」
その様子を見て、イースは荷物を置きながら愉快そうな笑みを浮かべる。
高揚した気分を落ちつけたかったので、セナは熱いシャワーを浴び、すっきりとした気分で部屋に戻った。
イースはベットの端に座っていて、そのままよこになり寝てしまったようで、その寝顔をセナはそろりと覗き込む。
起きている時はその言動のせいであまりかわいらしさは感じられなかったが、寝顔は驚くほどかわいらしかった。
セナはイースに布団をかけ、自分もベットに入る。
電気の消えた暗い部屋で、セナはイースの短髪の後頭部を見ながら今日一日の出来事について考えていたが、いつの間にか眠りに落ちていた。
どれ位時間がたっただろうか、まだ日が昇っていない暗闇の中、セナは目を覚ました。
半身を起して横のイースを見る。
イースは何か悪い夢を見ているようで、目を閉じたままぶつぶつ何か言っている。
「ねぇイース」
やめろ、やめろ、と夢の中で言っているようなので、セナはイースの体を揺さぶる。
「ねぇってば」
それでも起きないので、セナは汗で湿ったイースの頬を軽く叩いた。
その時だった。
その動きは早すぎて、セナはすぐには何が起こったのか理解できなかった。
気付いた時にはセナの上にイースが馬乗りになっていて、セナはイースにきつく両手で首を絞められていた。
やめて、と声にならない声をあげ、それと同時に暗いブラックホールのようなイースの目を見て絶望感を感じる。
しかし次の瞬間、イースの目に光が戻った。
それとほぼ同時に、イースはぱっと両手を上げ、人質がするような姿勢をとった。
「ごめん…」
セナはのど元を抑えて咳き込む。
イースはボタンを押し、窓を開けた。
ベランダの手すりに組んだ両手を置き、そこに額を乗せる。
暫くしてセナもベランダへと出てきた。
厚手のナイトガウンが冷たい風になびく。
セナは手すりによりかかり、イースが何か言い出すのを待った。
「変な夢見た」
「あの黒ずくめの男達に捕まる夢?」
「まぁそんなとこかな」
「捕まったらどうなるの?」
セナは心配そうな顔で横のイースを見た。
遥か彼方を見つめるイースの目は険しく、自分の暗い行先を見つめているようでもあった。
セナはそれを見て、もうそれ以上何も聞けなかった。
翌朝、ブラインドの隙間からこうこうと日が照るころになってようやく、セナは目を覚ました。
セナはソファの方を見やる。
あの後、イースはこっちの方がいい、と言ってソファで丸くなって寝たが、もうそこにイースの姿はなかった。
セナはふわふわの肌触りのスリッパに足を入れ、ブラインドをゆっくりと引き上げた後洗面台に向かった。
ゴールドの縁取りがしてある洗面台で、顔を洗い、歯を磨いた後、パネルの前に立つ。
「おはよう」
パネルに映し出された眠そうな令人にセナは声をかける。
ん、というような曖昧な返事を令人は返す。
「昨日、カズマが家に来た」
令人はそれを聞いて目を見開いた。
「大丈夫だったか?」
「うん、キーを持ってたけど、全部は開けられなかった、でも…また来るって言ってた」
令人はガタリと音をたてて立ち上がり、傍に置いてあるコートを掴む。
「なんですぐ言わねぇんだよ、絶対部屋から出んなよ」
そう言い残すと令人は画面から消えた。