第7話:夕焼けの帰り道、残る温度
出口へ向かう通路では、足音と弾んだ声がまだ重なっていた。
「すごかったよなー!」
「最後やばかった……!」
そんな声が、あちこちで弾んでいる。
前を歩く子どもが、興奮したまま両手を振り回した。
「ねぇねぇ! ぼくも魔法使いたい!」
「ふふっ、いっぱい勉強しないとね」
隣の母親が笑いながら頭を撫でる。
その光景を横目に見ながら、彰と陽菜も人の流れに混ざって出口へ向かっていく。
出口付近では、お土産コーナーへ人が集まり、グッズを手に楽しそうな声が飛び交っていた。
その横を通り過ぎかけた瞬間――
「ねぇ、ちょっと見ていこうよ!」
陽菜が目を輝かせながら、彰の袖を軽く引く。
「え、ああ」
そのまま一緒にお土産コーナーへ入った。
棚には、会場で見た幻影をモチーフにしたグッズがずらりと並んでいる。
小さな幻獣マスコットや光るアクセサリー、星空を閉じ込めたみたいなガラス細工まで並び、棚の前で何度も足が止まった。
「うわ、これ可愛い……!」
陽菜が嬉しそうに棚を見て回る。
「ねぇアキ、これ可愛くない?」
手に取ったのは、小さな星飾りのついたキーホルダーだった。
光を受けるたび、色が淡く変わる。
「お、いいね」
彰はそう言いながら、棚へ並んでいた色違いを手に取った。
「じゃあ、俺もこれにしようかな」
その瞬間、陽菜の目がぱっと開く。
「……お揃い?」
「え、あ……まぁ、せっかくだし」
少し照れながら答える。
陽菜は嬉しそうに笑った。
「……えへへ」
そのまま並んでレジへ向かう。
「お会計はご一緒でよろしいですか?」
店員にそう聞かれ、彰は一瞬だけ迷ってから頷いた。
「……はい」
会計を終え、袋を受け取って店を出る。
紙袋の持ち手が、指へ少しだけ食い込んだ。
そのタイミングで、陽菜がバッグから財布を取り出す。
「アキ、半分払うね」
彰はその手を軽く止めた。
「……いいって」
「でも――」
少し照れたまま、彰は視線を逸らす。
「記念だから」
一瞬だけ、陽菜の目が丸くなる。
それから、ふわっと嬉しそうに笑った。
「……ありがと」
二人はそのままお土産コーナーをあとにする。
外へ出ると、夕方の空気が頬を少しだけ冷たく撫でた。
まばたきの裏に、さっきまでの光がまだ薄く残っていた。
駅へ向かう道を並んで歩くうちに、足音も自然に揃っていった。
「……すごかったね。ちょっと怖かったけど」
陽菜が笑う。
「……ああ。陽菜、途中でびびってただろ」
彰も軽く返す。
「ちがっ……あ、あれは、びっくりしただけ」
陽菜の顔が一気に赤くなる。
彰の口元が、少しだけ緩む。
「いや、完全にしがみついてた」
「……っ」
言い返せずに、少しだけ顔を逸らす。
そのまま歩いているうちに、肩がほんのわずかに触れた。
けれど今度は、どちらも離れようとはしない。
隣で、やわらかな吐息が小さくこぼれる。
「もしかして……泣いてた? 目、赤いし?」
陽菜が、横を見ないまま言う。
「うん……ちょっとね」
間を置かずに返す。
「アキも泣いてたじゃん。私見たもん」
少しだけ間が空き、足音だけが先に進む。
「……それは」
言いかけて、止まる。
続ける言葉が見つからないまま、喉の奥で引っかかった。
その沈黙を埋めるみたいに、隣で小さな笑い混じりの息がこぼれる。
さっきまでより、ずっとやわらかい。
彰も、つられるように小さく息を吐いた。
「楽しかったね」
軽く流すような声で、沈黙が戻る。
足音だけが、前より近い間隔で並んでいた。
彰がぽつりと漏らす。
「魔法って、すごいよな」
少し間を置いて、
「戦うだけじゃなくて、ああやって――みんなを笑わせることもできる」
言いながら、声が少しだけ落ちる。
「……俺たちとは、違うけど」
陽菜は少しだけ遠くを見る。
「いいよね、ああいうの……やりたくなるよね」
風が通り、歩幅が揃うたびに距離が少しずつ近づいていく。
その流れのまま、指先が触れた。
一瞬だけ互いに動きを止める。
けれど、どちらも手を離さなかった。
そっと重なった指先から、やわらかな温もりが伝わってくる。
目が合う。
驚いたように笑って、それからまた前を向いた。
言葉はない。
重なった指先だけが、そのまま離れなかった。
そのまま並んで駅まで歩き、帰りの電車へ乗り込む。
窓の外では、夕焼けに染まった街並みがゆっくり流れていた。
最寄り駅へ着いたあとも、二人は並んだまま住宅街を歩いていく。
見慣れた虹咲家が近づくにつれて、不思議と少しだけ足取りがゆっくりになった。
門扉の前で立ち止まる。
「……今日はありがと。すごく楽しかった」
陽菜が、少し照れたように笑う。
彰も小さく頷いた。
「……俺も」
そのあと、彰は思い出したようにバッグを開いた。
「そうだ」
中から、小さなキーホルダーを二つ取り出す。
「せっかくだし、付けとこうと思って」
少し照れながら、自分のバッグへ色違いのキーホルダーを付けた。
小さな星飾りが、街灯の光を受けて淡く揺れる。
それからもう一つを、陽菜へ差し出した。
「ほら」
陽菜は嬉しそうに目を細め、そのまま自分のバッグへキーホルダーを付けていく。
指先が少しだけ慌てていて、それが妙に可愛かった。
「……えへへ」
小さく笑う。
揺れる星飾りを見つめながら、陽菜はそっと口元を緩めた。
「……ありがと。大事にするね」
彰はバッグの星飾りへ一度だけ視線を落とした。
「うん。……じゃあ、またな」
「うん。またね」
陽菜は玄関へ入っていく。
扉が閉まりかけた――その直前。
横から、もう一度だけ陽菜が顔を覗かせた。
小さく手を振る。
彰も思わず笑って手を振り返した。
「……バイバイ!」
「お、おう」
ぱたん、と扉が閉まる。
玄関灯の下で、星飾りが小さく揺れていた。
彰はしばらくその場へ立ったまま、バッグへ揺れるキーホルダーを見つめる。
それから小さく息を吐き、少しだけ頬を緩めた。
足取りは、行きよりずっと軽かった。




