第3話 僕と実践訓練
入学式から一週間、お客様気分はどこへやら騎士団学校の生活は、想像以上に過酷なものだった。
午前中はびっしりと座学。この世界の歴史や地理、魔物の生態、そして騎士としての心構えを叩き込まれる。午後からは日が暮れるまでひたすら実技だ。前世では適当に授業を受け、スマホでダラダラと動画を見ていた僕にとって、このスケジュールは拷問に近い。
「はぁ……もう、足が動かない……」
放課後には体が悲鳴を上げている。鏡を見るまでもなく、自分の顔が青白い。首席合格なんていう華々しい肩書きをもらってはいるけれど、中身はただの帰宅部の高校生だ。慣れない剣術訓練のせいで全身が悲鳴を上げているし、筋肉痛で階段を上るのさえ一苦労だ。
「ほーら、ホクトくん。またそんな情けない顔して。元気出して」
背後から、軽やかな足音とともに聞き慣れた声が届いた。振り返るとメルシアが、僕の隣にひょいと腰掛けた。彼女は訓練終わりだというのに、汗一つかいていないような爽やかな笑顔を浮かべている。
「……メルシアさんか。体力的に限界なんだよ。みんなよくあんなに動けるよね」
「みんな元気だよね。さすがうちの学校に入学するだけあるね」
「いやそれは君もだよ……」
「うちは平気だよ。この程度、実家の修行に比べればお遊びみたいなもんだし。それより、ほら。これ飲んで」
彼女は手慣れた様子で、自分の鞄から水筒を取り出し、僕に差し出してきた。中身は、ほんのり甘い蜂蜜レモンのような味がした。
「……ありがとう。助かるよ」
「いいってこと。うちらは同じクラスの仲でしょ? それに、ホクトくんはちょっと……放っておけないんだよね。私より強いはずなのに」
彼女は茶目っ気たっぷりに笑い、僕の肩をポンと叩いた。ゲームの中でのメルシアは、まさにこういうキャラクターだった。
元気で、明るくて、面倒見が良い姉御肌。主人公が壁にぶつかった時に、真っ先に駆けつけて背中を押してくれる「みんなの盾役」。
……やっぱり、メルシアはいい子だな。原作通り、太陽みたいな子だ。
彼女がこの先、選ばれなかったルートで悲惨な結末を迎えるなんて、今の姿からは到底想像できない。
◇ ◇
次の日、今日の午後は実戦形式の訓練は、二人一組での模擬戦らしい。
周りはクラスメイトと仲良くなっていく中、僕は少し浮いていた。だから、前世の時同様に一人で過ごすことが多くなっている。
「ホクトくん、次の訓練は私と組も!」
「えっと……他の友達はいいの?」
僕の言葉にメルシアは、「ん」といって女の子たちを指した。
そこには既に、グループができており、訓練の作戦だろうか話し合っている様子だった。つまり余りもの僕を機にかけ、声をかけてくれたということなのだろう。
「そういうことだから……いい?」
「あー……うん、わかったよろしくね」
僕がそう答えると、メルシアは「やった!」と言わんばかりに顔を輝かせた。
正直、助かったと。前世での僕は、休み時間は常に寝たふりをしてやり過ごすような、ぼっち。この世界に来て、外見が完璧なイケメンになっても、染み付いた陰キャの性質はそう簡単に変わるものじゃない。
そんな中、メルシアだけが当然のように僕の隣にいてくれる。《《ゲームのヒロイン》》というのがあるにしても、今の僕にとって唯一の救いだった。
彼女は自分の木剣を肩に担ぎ、鼻歌を歌いながら訓練場の中心へと僕を促した。
今日の授業は、二人一組での対抗戦。ルールは単純で、相手のどちらかに有効打を与えるか、戦意を喪失させれば勝利となる。
僕たちの対戦相手として名乗りを上げたのは、いかにも「運動部です」といった風貌の、ガタイの良い男子生徒二人組だった。
「おいおい、首席様はメルシアと組むのかよ。そいつ、攻撃を受けることしかできないだろ」
一人の生徒が、挑発するように木剣を地面に叩きつけた。メルシアは「盾」を得意とする、だからどちらかというと地味な立ち回りを強いられるのだ。
前世の僕なら「ごめんなさい許してください!」と謝って逃げ出すところ。でも、今の僕には首席としてのプライド……ではなく、単に「逃げたら余計に目立つ」という消極的な理由で、その場に留まるしかなかった。
「……別に、盾にするつもりはないよ。僕だって、できることはやるさ」
「へえ、口だけは達者だな。……おい、メルシア。あんまりその軟弱な首席を甘やかすなよ? そいつ座学は良くても、強さは全然だろ。前のもそれっぽい動きをしただけで、偶然だろ」
男子生徒たちの嘲笑が、訓練場の砂埃と共に舞う。
僕は思わず拳を握りしめた。自分のことなら、前世で散々言われ慣れているから耐えられる。でも、僕のせいで「ホクト」まで馬鹿にされるのは、なんだか胸の奥がモヤモヤする。
「……下がって、ホクトくん」
不意に、メルシアの短い制止の声が響いた。彼女は僕の数歩前に立ち、大柄な男子生徒たちを見据えていた。
「ホクトくんのことは、うちが守る。それがうちの仕事だから。……あんたたちの相手は、うちがしてあげるよ」
「はっ! 威勢がいいね。おい、やるぞ!」
教官の合図と共に、試合が始まった。大柄な二人組が、示し合わせたようにメルシアへ突進する。重い木剣が空を切り、メルシアの構える盾に激突した。
ガツン!!
重苦しい音が響く。普通の女の子なら、その一撃だけで吹き飛ばされてもおかしくない威力だ。けれど、メルシアは一歩も引かなかった。
「……っ、これくらい……!」
彼女は歯を食いしばり、必死に二人の攻撃を耐え凌いでいる。本来なら、メルシアが防いでいる間に、後方にいる僕が攻撃を仕掛けるのがセオリーだ。でも、今の僕はどう動いていいかわからず、ただ木剣を握って立ち尽くしていた。
動け……! 動けよ、僕の足!
頭ではわかっているのに、足が竦む。前世の平和ボケした意識が、この状況に拒絶反応を起こしていた。その間にも、メルシアへの攻撃は激しさを増していく。
「どうしたメルシア! 守ってるだけじゃ勝てないぜ!」
男子生徒の木剣が、メルシアの防御をすり抜け、彼女の肩を強く叩いた。
「くっ……あぁっ!」
彼女の短い悲鳴が、僕の耳に突き刺さる。メルシアは肩を押さえながら、それでもなお、僕を守るように前に立ち続けようとした。
それだっていうのに僕の足は固まったように動かない。
こんな僕を機にかけてくれて、優しくしている彼女が傷ついている。
入学の時誓ったじゃないか……。
《《三人全員が笑っていられるハッピーエンドを目指す》》って。
それなのに、本能的な恐怖が頭を支配する。
嫌だ。
痛い目なんて遭いたくない。
怖い。
逃げたい。
何で僕が。
ただ、嫌だ。
怖い。
逃がしてくれ。
こんなの嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
でも助けないと……彼女を早く――
次の瞬間、男子生徒の一人が、強引にメルシアを突き飛ばした。バランスを崩した彼女の隙を突き、もう一人が僕を目掛けて木剣を振り下ろす。
「次はお前の番だな!」
――あ
視界がスローモーションになる。迫り来る木剣。メルシアの絶望したような表情。
お腹に食い込んだ木剣の衝撃で、壁にまで吹き飛ばされた。
その瞬間、僕の意識は再び深い闇へと沈んだ。




