第2話 僕の実力
「この後は訓練所で適正検査を行う。全員、直ちに移動しろ」
教官の低く威圧的な声が教室に響き渡ると、それまで静まり返っていた空気が一気にざわつき始めた。普通の高校生だった僕からすれば、これから始まる「実技」という未知の体験に対し、恐怖よりも先に期待が上回っていた。
ゲーム内での「ホクト」は、華麗な剣技で周りをねじ伏せていく。前世では部活もそこそこに、家でゲームばかりしていた僕だったが、もしこの身体がホクトと同じように動くのなら……。そんな、男の子なら誰でも一度は抱くような最強の自分を妄想せずにはいられない。
「おい、首席。さっさと表に出ろ。訓練場で実力を見せてもらうぞ」
大柄な教官の怒声が鼓膜を突き破り、僕は現実に引き戻された。
教室から訓練場へと移動する生徒たちの波に、流されるまま進んでいく。首席合格という肩書きは、誇らしいものではなく、むしろ僕にとっては呪縛に近い。廊下ですれ違う上級生や同級生たちの視線が、針のようにチクチクと突き刺さる。
「ホクトくん、かっこいいところ見せるチャンスだね?」
いつのまにか隣を歩いていたメルシアが笑顔で僕の顔を覗き込んできた。ポニーテールが弾むように揺れ、彼女のまとう明るい空気感が、僕の緊張を少しだけ和らげてくれる。
「いや、期待はしないでほしいな。さっきも言ったけど、僕はまだ……」
「そんなこと言われると、余計に期待しちゃうよ! 首席様のかっこいいところ、しっかり目に焼き付けさせてね!」
メルシアはいたずらっぽく微笑むと、僕の背中をポンと叩いた。
そうして校舎から広いホールへ向かうと、すでに熱気と砂埃に包まれていた。木剣が激しくぶつかり合う鈍い音。荒い呼吸。それに混じって、魔法による爆発音が空気を震わせている。ここは、僕がいた平和な日本とは根本的に違う、「戦うための場所」だ。周囲で見学している上級生たちの、獲物を品定めするような鋭い視線が降り注ぐ中、僕は中央へと呼び出された。
「おい、首席。そこへ立て」
「は、はい!!」
「まずは基礎の型を見せろ。首席なら、この程度の基本、欠伸しながらでもこなせるはずだ」
最悪だ。中身はただの高校生の僕が、剣の型なんてわかるわけがない。けれどこの主席という看板が、すべての逃げ道を塞いでくる。
やるしかない。ゲームでのホクトの動きを、必死に思い出すんだ。
ただ必死に剣を振った。格好なんて気にしていられない。……けれど、一通り動き終えて周りを見渡しても、何の反応もない。静まり返った訓練場に、自分の荒い息遣いだけが響く。
「……ふむ。構えだけは一級品だな。実戦でどれだけ動けるかが本番だ。次に、この木造人形に一撃入れてみよ」
教官に促され、僕は古びた木製の人形の前に立たされた。人形を敵に見立て、僕は深呼吸をする。思いっきり、精一杯、ただ真っ直ぐに剣を構えた。
その瞬間――。
「――はぁぁぁっ!」
一閃。鋭い破空音と共に、木剣が人形の首筋に叩き込まれた。ドォォン! と、鈍い衝撃音が訓練場に響き渡る。
手のひらに残る痺れを感じながら、僕は荒い息を吐いた。周りからは何も反応がない。
「オッケーだ。次、他の者も木剣を握れ」
良いのか悪いのかもわからないまま、僕は逃げるように列の後ろに下がり、大きく息を吐いた。手のひらは衝撃で、ジンジンと熱い。
「ホクトくん……! カッコよかったよ!」
メルシアが、弾かれたように駆け寄ってきた。彼女の顔は、これ以上ないほど輝いている。けれど、僕の腕を掴むその手は、小刻みに震えていた。
「いや……そんな言うほどじゃないよ」
「お世辞じゃないよ本当に……あ、ううん! なんでもない! やっぱりうちが選んだ……じゃなくて、仲良くなった人だね!」
彼女は慌てたように言葉を濁すと、いつもの「明るい同級生」の顔に戻り、僕の手を引いて歩き出した。
◇ ◇
訓練が終わり、夕闇が学園のレンガ造りの校舎を赤く染め始める頃。僕は一人、校舎の裏手にある誰もいないベンチに腰を下ろしていた。
一週間前にこの世界に来てから、ずっと感じている違和感がある。学科の知識は、まるで元から知っていたかのようにスラスラと出てくる。
この世界の僕は、本当に『僕』なんだろうか。
自分が揺らぐ感覚。そんな不安を打ち消すように、僕は手のひらを見つめる。
「あれ、ホクトくん? こんなところで何してるの?」
不意に背後から声をかけられ、心臓が跳ねた。振り返ると、そこには自主訓練後だろうか、汗を拭いながら歩いてくるメルシアの姿があった。彼女の制服の袖は捲り上げられ、そこから覗く白い肌には、打撲の痕と、古い擦り傷がいくつも見える。
「メルシアさん、その怪我……」
「あはは、これ? さっきの居残り練習でちょっとね。……これくらい平気だよ」
平気、と彼女は笑うけど、僕にはそうは思えなかった。ゲーム内でのメルシアは、いつも元気で、無茶をしてでも仲間を守る「良い子」だった。でも、目の前にいる彼女は、単なるキャラクターじゃない。痛みを感じる、一人の女の子だ。
僕は思わず立ち上がり、彼女の腕をそっと掴んだ。その瞬間、メルシアの動きが止まる。
「……平気なわけないでしょ。僕だってわかるよ」
僕は本気で、そう思った。前世の僕なら、こんな気恥ずかしい台詞は言えなかったかもしれない。でも、この世界で初めて僕に笑いかけてくれた彼女が、ボロボロになっていくのを黙って見ていられなかった。
「……ホクトくん、うちのことを……心配してくれてるの?」
その声は微かに震えていた。表情は悲しんで様子ではない。ヒロインであるからなど関係なく、女の子がこんなにケガをしていれば心配になるものだ。
「当たり前だよ。友達なんだから」
「……友達。そっか、友達、だよね。……あはは、嬉しいな。ホクトくんに心配されるのって、なんだか、すごく気持ちいいや」
彼女は僕の右手を振り払うことなく、逆に自分の両手で包み込んできた。
「もっと『盾』として強くならなきゃ。……ねえ、ホクトくん。また怪我したら心配してくれる?」
「勿論だよ」
「っ――あ、ありがとうホクトくん」
彼女は顔を上げると、何かを自分の中で納得させたような、晴れやかな顔をしている。
そして――何故かな笑みを浮かべた。
なんか今のいつもの笑顔と違ったような……まぁ気のせいか。
僕たちは、ベンチで少しだけ他愛のない話をした後、並んで帰路に就いた。
隣を歩くメルシアは、ずっと嬉しそうに笑っていた。……腕の傷を、何度も指でなぞりながら。




