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47話 ラテオラ釣行最終日

 翌日。

 ついにラテオラで自由行動が出来る、最後の日が来てしまった。


 朝日が差し込む寝室で、うちのお姫様達はまだ夢の中にいるようだった。珍しく今朝のセドナはトレーシーのベッドに潜り込んでいた。

 二人の薄く輝く金色の髪がベッドの上を彩っていて、実に眼福だ。まるで親子みたいに抱き合って寝ているから、少しでもこの光景を長く見ていたいと思ってしまう。


 自分のベッドに腰掛けて頭が冴えるのを待っていると、先に夢から醒めたのはトレーシーの方だった。


「おあよ……」


「うん、おはよう」


 眠けでだろうが、呂律が回ってない。自分も朝に強い方では無いが、彼女も似たような程度だ。起きがけってなんで、あんなに気持ちがいいんだろうな。

 そのあまりの気の抜けっぷりが恥ずかしくなったのか、トレーシーは自分の枕で顔を覆ってしまった。


 さて、今日の予定はガチで何も決めてない。

 俺としては、釣り具の予備を仕入れたいのでイザークの所に行くのは確定かな。このままパーチ港に行けば彼に会えそうだ。


「俺は準備したら出掛けるけど、トレーシーはどうする?」


「……う〜ん、どうしよっかなぁ」


 枕に頭を埋めながらそう言う彼女は、ようやく同衾しているモノに気付いたようだ。胸の近くにあるその頭を撫で始め、された方はゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


「セドナちゃんかわいい〜……」


「その調子なら、ゆっくりした方が良さそうだな。無理矢理起こすのも可哀想だ」


 笑いながら行き先を告げ、顔を洗ってから俺はパーチ港へと足を向けた。






 久々に来るパーチ港は大分賑わっていた。殆どは身なりの良い人達で、それぞれ好きな狙い方で竿を出している。

 その中に見慣れた人物がいたので声を掛ける。


「おはようございます、釣れますか?」


「ぼちぼちじゃの……と、なんじゃマサユキじゃないか」


 言いながら、釣り竿を上げて餌をチェックするイザーク。今日は餌釣りをやってるんだな。


「明日が出発なんで、最後に挨拶を兼ねて少し顔を出しておこうかなと。今は何を狙ってるんですか?」


「この間、下水掃除の連絡があった時は小魚が沢山回ってきておって、トラチュージャからもう少し大きいモンまでよく釣れておったのじゃがのぅ。今日も狙ってみてはいるのだが、流石にもう落ち着いて来てしまったの」


 下水か。俺達がスライム掃除をしたから、一時的に浄化能力が下がったんだろうな。

 その結果として海の水は汚れていたと思うが、それは有機物が豊富になるという事でもある。有機物はバクテリアの餌になり、バクテリアは小魚の餌になり、小魚は中型魚や大型魚の餌になる。自然界のサイクルはそうやって繋がっている。


 今日の海は実に大人しかった。うねりもなく、逆に何をすればいいか迷ってしまうくらいだ。


「隣でやらせてもらってもいいですか?」


「勿論じゃ。む、珍しい物を持っとるのぅ」


 魔道具の筒から竿を取り出す俺を見て、イザークは言った。


「この間、新市街の露店で安く買えましてね。丁度釣具が入る大きさなので、旅に持って行くには丁度いいかと思って」


 この筒は実に使い勝手が良かった。なにせ容量が見た目とは違うので、入口にさえ入れば色々と仕舞える。俺は小袋に釣り針や糸、スナップ、ルアー類を分け、竿と同様にして仕舞っていた。

 そして今回取り出したのはダイレクトリールのタックルだ。まずはスプーンあたりでも試してみようかな。


「おっ、こいつはこの間の新型かの?」


「そうです。ちょっと使うのが難しい所はあるんですが……」


 ひとまずは足元に落とし込んで、ボトムを取ってみる。そこから跳ね上げるように竿先を持ち上げ、再び落とす。

 スプーンはその形から水の抵抗が大きくてフォールがゆっくりであるので、じっくりと魚に見せる事が出来る。上げた時と落とした時のどちらもバイトが出るチャンスになるので、油断は出来ない。


 が、特に何も無し。

 よくある事だ。そんな時はキャストをして徐々に狙う範囲を広げていく。

 イザークの右手側に入らせてもらい、サイドキャストでゆったり目に投げてみる。まぁまぁの距離が出てるので、そのまま表層をゆっくりとただ巻きで流してみる。


「そう言えば久々に港へ来たんですが、いつもより人が多いですね」


「お陰様でリールが好評での。流石に値段が張るから庶民層は手を出さんが、貴族の連中が結構ハマってきておっての」


「以前に少しお話したアーネストさんでしたっけ。あの方も貴族なんですよね?」


 アーネストとは、以前にタイコリールが出来た際に自分の物を譲ってあげた人だ。


「あやつは店を始めた初期の頃からの常連での。あれからリールを使う釣りにドハマりしておるよ。可変型のタイコリールも即座に買っておったわ」


 表層で反応が無いので、着水後に五秒数えてから巻き始める。途中で手を止めたりして、遊泳層をキープ出来るように巻いてくる。


「釣りがお好きなんですねぇ。しかし、イザークさんが釣りを始めた切っ掛けって何かあるんですか? この辺って全然、魚食文化が無いじゃないですか」


 五秒で反応が無いので、次は十秒とだんだん数える数を増やしていき、同じ様に攻めてみる。


「あれはまだわしが若い頃じゃが、修行の旅で世界各地を回っていた事があっての。確かにこの大陸では狩猟が中心であって、漁をする事は滅多にないのじゃが……」


「海に魔物が出るんですよね。で、魔法を使えば魚が逃げてしまうと」


「うむ。その時、旅先で世話になった方がいての。その方は人里離れた山奥で暮らしていたんじゃが、食料調達の為に釣りをしておったんじゃ。それを教えてもらったらこれがまた面白くての、いつかはしっかりやろうと思っていたんじゃが……いつの間にかこの歳じゃよ」


「じゃあ、その人がイザークさんの師匠なんですね」


「他にも色々な所を巡ったが、釣りをしていたのはそのお方のみであったな。流石にもう女神の下へ旅立たれているとは思うが、不思議な方だったの。あれは何処じゃったか、流石にすっかり忘れてしもうたわい」


 そんな事があったんだなぁ。

 地球の歴史では、釣りという行為は武器での狩りと共に古代から行なわれていた事が分かっている。農耕が発達するまで、釣りとは狩りと同様に人々の胃袋を支える重要な物だった。

 しかしこちらには魔法がある。魔法を使えば地上での狩りが楽になる分、魚類へのアプローチが難しくなる。

 だから、釣り文化が発展しなかったのだろうな。


 しかしその人は、釣りを知っていた。

 と言う事は、俺と同様に転移者である可能性が出てくる。もしくは、過去にいた転移者から教わったとかも考えられるな。

 片手間にはなるが、その痕跡を探してみるのも面白そうだ。


 あれ、そう言えば前にセドナが水面を爆発させて魚を獲ってたな。爆破漁の結果としては数が少なくはあったが、一応あの方法は通用するって事か。

 セドナの場合、オドの光が見えてからそれがマナを帯びるまでが他の人より極端に早い。だから魚も逃げる隙も無かったんだろう。

 毎度毎度あんな事をやってたら、土地の人に怒られそうだけども。


 そうしてる内にとうとうボトムが取れてしまった。ならばと、ボトムから三回竿をシャクって、フォールをさせて再びボトムを取る。

 この繰り返しは、底物には大分効くやり方だ。


 ふわっ、ふわっ、ふわっ。ふわっ、ふわっ、ふわっ。

 突然、ゴツン! と衝撃があり、それに考えるより先に身体が反応して竿を煽った。左手がハンドルに添えていただけだったので、合わせの衝撃で逆回転したハンドルに指を弾かれてしまった。

 くぅ〜〜〜っ、これはクソ痛ぇ! 痛みを堪えながら右手親指でスプールを抑えて、更に追い合わせを数回入れてみた。


「お、なんか来たかの!?」


「来ましたね!! 完全にボトムだったんで、フラット系かも知れないです」


 フラット系とはマゴチやヒラメの事だ。どちらも平べったい魚で砂浜にいるので、まとめてサーフフラットとか言われたりする。


 竿は久々に全力で曲がっている。ここはイザークと素材のバンブジーを信じて、バットをしっかり使ってやり取りをしていこう。

 ドラグが無いので魚の引きに合わせて親指で調整。向こうが引いてる時には無理に引っ張らず、落ち着いたらあまり竿を動かさないようにリールを一気に巻く。

 現代基準で言えば、この竿はシーバスロッドのMLクラスだ。だからゴリ巻きのような無茶なやり取りは難しい。

 そうやって何度も行ったり来たりの攻防を繰り返し、ようやく獲物が水面へと上がってきた。


 こいつぁ……ヒラメだ。

 思ったよりサイズは無かった、四十センチ程だろうか。昔釣った事がある六十オーバーくらいの感覚だったが、タックルの差なんだろうな。カーボンの偉大さを感じる。


 抜き上げは出来ないので、持ってきていた現代のタモ網を使ってランディング。やっぱり網は必需品だな……。


「おお、これはまた見事な……なんじゃこれは?」


 そうか。底物を攻められるようになったのが最近だから、そもそもわからないのか。こっちでの呼び方は図書館で調べでもしないと駄目だな。


「これは、俺の居た世界じゃ【ヒラメ】って呼ばれてますね。白身の高級魚ですよ」


 うん、オドは持ってないようだ。これはここで締めてから、セドナ達へのお土産だな。ナイフでエラと首の骨をざっくりやってから、タモ網に入れて海の中でバシャバシャと洗ってみた。

 そして血が出なくなった所で水から揚げる。

 失敗したな、これならルビアを連れてくればよかった。彼女なら氷を出して……んッ?


「どうしたんじゃ、マサユキ?」


「……イザークさん、氷属性って無いんですよね?」


「氷のマナが無いという話は以前にしたの、無いぞ」


「じゃあ、狩猟で獲った肉ってどうやって長期の移動と保管をしてるんですか?」


「保存は、日持ちのする干し肉に加工するのが主流だと思うの。移動については……魔道具内でも腐敗はするのでな、その近くの街で消費されるのが殆どじゃな」


 ルビア達家族で、もしかしたらとんでもない流通革命が出来るんじゃないか……? 下手したら、流通を生業にしているこの国の常識がひっくり返るかも……。

 マルクさんはもう気付いているかも知れないが、後でさっと手紙でも書いておこう。






 昼前を待たず、魚の気配は無くなってしまった。そんな所で納竿とし、イザークへ挨拶してから俺は一旦家に帰った。


「ただいま。セドナにおみや……」


 最後まで言う前に魚はセドナに奪われた。

 彼女とトレーシーは昼食の準備をしていたようだが、まだ始めたばかりで形にはなっていない。


「これは見た事が無い魚ね……ちょっと顔が怖い」


 セドナが抱え込んだ物を眺めながら、そう言うトレーシー。


「ここでの呼び名はわからないんだが、ヒラメって言う魚だ。毒は無いよ」


「確かに平べったくて目が特徴的ね、凄い形してる……。マサユキって結構釣ってくるけど、旅の間の食料確保はそれで出来そう?」


「それはルート次第かなぁ。水辺が無きゃ無理だし、時間も掛かるから休憩中に少しやってみるくらいになると思う。生き物が相手だし、あまり期待はしないでくれ」


 俺がもうちょっと料理に詳しければ、魚食文化を広めるという現代知識チートで何か出来たのかも知れないがなぁ。

 あいにく俺は魚を食うのは苦手なのである。可哀想とかではなく、生臭いのがキツいのだ。だからこうやって自分で獲ってきて血抜きをした物であれば、少しは食べられるのだが。

 そういう訳なので、料理方法なんてこれっぽっちも分からない。その辺は二人に丸投げになってしまう。


「ちょっとこれを置きに来ただけだから、もう少し出掛けてくるよ。アルフレッドさんの所に行って、昼には帰ってくるから」


「うん、わかった」


「もう一匹釣ってきても構わないのにゃよ?」


「それだと俺が飯を食う時間が無くなるだろ! まぁこの先、色々見付けられるだろうから期待しててくれな」


「仕方にゃい、許してあげるにゃ」


 こいつ、態度がデカくなってきてないか……?




 それからアルフレッドの所へ挨拶に行って、必要になりそうな物を少し買い込んだ。

 同様にその足でイザークの所に寄って、色々と小物類を買い込んでいたら……あっという間に夕方になってしまった。


 これだから釣具屋は怖い。ほんの少しのつもりが、いつの間にか二時間や三時間経っているなんて事はザラだ。

 小物類は小分けして、竿入れに入るサイズにした。竿だけ入れるのは勿体無いから、道具の有効活用だ。

 これで道中は困る事が無いだろうが、足りなければまた鍛冶屋とかを探して作ってもらうか。




 出立前の最終日、いつもと変わらずに一日を過ごしてしまった。

 不安はあるが、新しい土地でどんな魚に出会えるのかは楽しみな所だな。

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