54 魔王と勇者、ひっそりと決戦す④
「どういうコトなのッ?!」
悲痛な咎めの出どころはコレエダ・アンコ。
杏子……だ!
「エロイーズさん、チュテレール、ジュドー! 『とりあえず話を聞くことにする』そう言ってたよね?!」
最後方で指揮していたエロイーズを捕まえ詰め寄る。
タジタジの彼女はしばらくの間、反論できず杏子を眺めるのみだった。
そして束の間、戦闘が中断した。
「アンコ! コイツらはエフェソスの魔物だ! オレらは倒すしかねえんだよ!」
ジュドーなるチャラ男がキレ気味に仕返す。
ヤーン博士の斧を避けて距離を取りつつ対峙は止めてない。
その後、日本語での言い争いがしばらく続いた。
杏子は一旦戦いを止めて、僕らの話を聞くべきだと訴え、他方ジュドーやエロイーズらはとにかく魔物退治の好機だから見逃せないと一点張りを続けた。
僕も合間合間で口ばしをはさんで杏子の味方、と言うか魔物サイドの言い分を主張したがガン無視に近い扱いを受けるのみ。言葉通じとるだろが! まったくケシカラン話だぜ。
戦いの継続も冷やかな場の氷解もしないまま数分経った頃、キーマンになっていた人物が登場した。
人質とされていたサシャだった!
その手には小型のダガーが握られている。
彼女……じゃなくって彼は、意外な行動に出た
。
真っ先にツェツィーリアのそばに走り寄り、彼女と直接対峙していたテイマー、チュテレールに一刀を振るった。
チュテレールは戦闘が中断していたこともあったのだろうが、予想外の奇襲に為すすべなく仰天し、尻もちをついた。
「ツェツィーリアさま、御無事で!」
「サシャ!」
茫然となった僕らは、にわかに緊張を覚えた。
話し合い……どころか、勇者一行の逆上と報復を恐れた。
尻をさするチュテレールに歩み寄ったのは杏子だった。
杏子は別段取り乱すことなく、チュテレールを抱え起こした。
杏子にお礼したチュテレールは、サシャとツェツィーリャに異常な視線を向けた。
「チュテレール。あなたを心配したのは仕返ししてもらうためじゃないよ?」
「わ、分かってるよう! けど犯罪者はそこのメスホビットの方だもん。チュテ、オシリぶつけて痛かったもんっ」
「ヤーン博士!」
博士がビクンと向き直る。相手方のジュドーは杏子の怒鳴りに動きを手控える。
博士に日本語は判らない。
だけど、杏子ことコレエダ・アンコに怒鳴られたのは理解したようだった。
「ヤーン博士! あなたはどうしていっつもわたしの想いを知ろうとしないの! 戦って何か得るものがあるの?! そんな事をしなくても、あなたの気持ちはちゃんとわたしに伝わってるんだよ?!」
あうあう。
博士が混乱気味にあえいだ。
大斧をダラリと下ろす。戦意喪失している。
「だからわたしは心配になって! ホビットの子を解放して! ここに! 連れて来てもらったんだよ!」
言葉の通じない自己チュー男の娘なのに、よく信用してついて行けたな。
ふたりそれぞれ、必死の思いだったんだ。
首すじと手の平にヘンな汗が滲み、僕はそれを乱暴に手の甲でぬぐった。
叱られた老人の方は、拗ねた子供みたいな表情をジュドーにぶつけている。
言語が認識できなくても、彼女の口調や態度で説教の中味を汲み取れているようだった。
「サシャ!」
今度は別方向から違う人物への怒声が飛んだ。
当てられた本人は最初感知せず、戦況を見渡しつつ、ツェツィーリアの前で防護壁を演じていた。
もう一度、「サシャ!」 と連呼され、呆けて真後ろに身体を向けた。
「……ツェツィーリア、さま? ど、どうかされましたか?」
「サシャ! わたしを心配してくれて有難う」
「は、はいっ。ツェツィーリアさま……」
「でもね! ここは一番大事な場面なんだよ?! 勇者一行と和解できるかどうかの瀬戸際なの! 突然現れて相手を害すなんて……! 今スグ謝りなさいッ! ケガさせた子に、謝りなさいッ!」
「――へッ?! ひ、姫さまッ?!」
ツェツィーリアのグーパンチがサシャの胸を衝いた。二度三度と打つ。
失態に気付いたのか、サシャ、青ざめている。
「バカなサシャ! おっちょこちょいで自分勝手なサシャ!」
噴き出す怒り。
だけど、その内側に、実は安堵の涙が隠されているのを僕は見逃さなかった。
そう。
ツェツィーリアが遠路はるばる僕についてここまで来たのは、サシャと再会したかっためだ。
別に敵と仲良くしたかった、話し合いをしたかった……からじゃない。
ただ、サシャを救いたかっただけだ。
動機はヤーン博士と何ら変わらなかったんだ。
ハッキリと認識した。
「――なあサシャ、くれぐれもツェツィーリアを頼むぞ?」
「何だ突然? エラそうに……」
僕の目を見たサシャは次句を呑み込んだ。
何を感じたのかは知らない。
さぁ。
どう収拾しよう?
僕は、僕が出来る最善の方法を必死に考えた。
簡単に思いつくはずもなかった。
このまま勇者一行が矛を収めてくれたらいいんだが、そんな雰囲気には到底なりそうにない。
僕ははたと困り、悩み、そして思い付いた。
そうだ、敵方である勇者一行の立場に立って考えてみるのはどうか?
外交交渉でもそんなのはイロハだろうし。
――第一に彼らは、振り上げたコブシを降ろす先を見つけかねているように思えた。
勇者の彼らは人間族らにとって救世主であって、便利な道具でもあるようだ。
それを彼らは強く深く認識している。
いともたやすく仕事を片付ければ、人間族は――彼らの仲間は満足するだろうが、そこから先の人生は用済みの人生となる。
不要な道具として捨て置かれ、お慈悲にすがった余生を送らなければならないのかも知れない。
魔王打倒後の名誉と栄光など無い。末永く幸せに暮らせる未来を彼らは信じていない。
彼らの会話の端々からそう受け取れる。
だからこそ彼らは、少しでも自分たちの英雄譚を劇的にしたいと望み、我々をこの場所におびき寄せている。つまり彼らは、この地を物語のクライマックスシーンに据えていないのである。
艱難辛苦の末の成功を演技して人々に感動を植え付け、勇者が不動の英雄で、尊敬と庇護の対象であることをしっかりと認識してもらいたいと切望しているのだろう。
だから魔王側と名乗る、得体の知れないややこしい相手を秘密裏に葬り去りたいのだろう。
ということで、人違いされた不運で非力なツェツィーリアと、一途なサシャを逃がし、ヤーン博士が僕らと関りの無いコトを示す方法……だが。
僕は決心し、陰に徹して戦況を観察していたギース将軍を招き寄せ耳打ちした。
将軍は微かに隻眼を細くしたが、僕が(珍しく)真面目な目で念押しすると、恭しい首肯で承知した。
そして。
彼はこう言った。
「お覚悟、存分に承りました。しかしご覚悟だけでは足りません」
「何だと? 賛成できないってか?」
「この場で自分が犠牲となり、姫と執事を魔王城に落ち延びさせる。……確実に失敗しますな」
「ギース将軍に護衛してもらってもか?」
「ですな」
じゃあどうするんだ。
代替え案があるのか?!
「代替え案ならありますな。私めがこの場に留まればよいのです」
「あのな。それじゃあ……」
「貴殿はまだまだ自覚が足りません。私の役目は主君を御守りしお助けする事。しかし貴殿の役目は城を護り、国を育て、民や部下を未来に導く事」
「……」
「貴殿の死に時は今では無いでしょう?」
将軍……!
「それに私には、勇者一行に個人的な恨みがあります。私の同志、コウゼン将軍の腕を取られておりますので、その敵討ちをせねば気が治まりませんので悪しからず」
ギース将軍は、ユラリと身体を傾けたかと思うと、静かに勇者一行の方に歩み寄った。
勇者側の隙があっただろう。彼は戦闘に加わっていなかったのでノーマークのようだった。
僕がギース将軍を連れて来たのは、彼が将軍の中で個として最も戦闘能力が高かったからだ。
城の内外に僕の不在を知られたくなく、帯同数を極限にしたかったため彼を名指しした。
出発の際、僕は既に最悪の事態を、すなわち勇者と決裂し戦闘になってしまった場合を想定していた。
いまこそ彼は、その事態が訪れたことを僕に知らしめたのだった。
いち早くギース将軍の動きを察知したのは、ケモノを操るテイマー、チュテレールだった。
ビッグ・ベアが野生の勘を働かせて吼えたので彼女が動揺。
急遽ビッグ・ベアを用いて不審者ギースに充てようとしたが、彼が数段早かった。
対応虚しく大事なポシェットを叩き落とされた。
使役契約が即解除し、ビッグ・ベア消失。
「いやああ!」
杏子に注目していた勇者一行はここでようやく異変を感知。
だがギース将軍の真のターゲットは魔術師エロイーズだった。
彼女に肉薄し呟く。
「――その水晶玉に籠る法力。貴殿、相当の法力士と見る」
「なッ?!」
「手加減できんのでな。死より一等減じる身代わりだと諦めろ」
左眼を覆っていた眼帯を外すギース。
僕は叫びかけた。
――眼帯を外すと【相手に死を給う呪い】が発動する。
ラットマン将軍からそう聞いていたからだ。
「そ、それはダメだ、ギース将軍……!」
死の呪い。
これは送受双方に作用する。
そう。ギースにも作用する。
作用した場合、相手は死に、彼の余命が半減する。
彼の眼を直視した途端、エロイーズの胸に光る水晶玉が破裂した。
砕けたガラス片が彼女の顔面にも飛び散ったがギースの黒マントで防がれた。
ぐったりしたエロイーズに戦士ジュドーが飛びつく。
……が、すでに意識が無い。
僕もツェツィーリアも、ヤーン博士でさえ絶句し、立ち尽くしている。
「この野郎……エロイーズを殺しやがったな……」
ジュドーの、地の底を這うような怨念の呻きを、ギースは静かに受け止めた。
彼の間合いに入り、極小さくささやく。
「昏睡が丸3日続く。命と身体に別状は無い」
大振りになったジュドーの剣が空を斬る。
暫時ギース将軍と斬り合いになったが勝負にならなかった。
最後は鳩尾にギースの拳を喰らい、ジュドーは胃液を吐いて昏倒した。
「……さて。2本足で立っているのは2人になったが」
すなわち杏子とチュテレール。
ズイ……とギース将軍に近付かれ、ふたりは身体を寄せてへたり込んだ。
特にバーサーカーのチュテレールは、自身がそんな恐怖に遭ったのは初めてだろう。すくむ足で立ち上がれない。
必死にポシェットを拾い上げるが、一度身から離れてしまっているので魔物との契約は途切れ、召喚能力は失われている。中味のお札はすべて黒く炭焼きになっている。
「く、くそう」
ヤーン博士が少女ふたりの前にすべり込んだ。
「ギースよ。光の加護者たちをどうするんじゃ」
「私に選択する意思などないです。魔王陛下の意のままに」
「ぼ、僕? そりゃ当然……」
逃亡する。
この森から一刻も早く逃げ帰る。
「ジュドーがいつ目を覚ますかもしれない。光の加護の力を発揮するかもしれない。その前に撤退する」
「賢明な判断です」
ギース将軍の首肯。
「じゃが。さっき瞬殺したよな、若造戦士に?」
ヤーン博士は血気盛んに過ぎる。
「冷静になってください。ギース将軍は持てる能力のほとんどを消費したんですよ? 沈着冷静さを取り戻した光の加護が再び襲い掛かって来たとき、将軍が僕らを庇いつつ、勝利を得ると思いますか?」
「儂がおる! 儂が助太刀する!」
サシャが博士の腰をさすった。労わりの目で言う。
「好く健闘されてましたがもう限界でしょう?」
どうやらサシャは博士に自分の能力を貸与していたらしい。
巧く博士とタッグを組んでいたようだ。
いつの間に連携能力を得たんだろう。
「ならいっそ、今のうちに……ウソじゃ、ウソ」
杏子に覚られ、にらまれて非人道発言を撤回する博士。
「杏子。チュテ。――キミらを捕虜として魔王城に連行する」
「ジュドーとエロイーズさんを見捨てて行くつもり?!」
「いいや。街の宿まで送り届けるよ」
その後のふたりの行動は関知しない。
たぶん魔王城を攻め立てに来るだろうけど構やしない。
攻めて来ようとどうしようと、僕の判断は変わらない。
「あのね豪人」
「ん?」
「光の加護の真の勇者はね、――わたしなんだよ?」
杏子がポロリと重要発言をこぼした。
あんぐり口を開いた僕だったが、それでも構わんッ。
「何でもいい! 僕は久しぶりに杏子とノノを会わせてあげたいだけだし」
「ノノちゃん?」
「ああ。ナマイキな妹の、春馬越ノノだ」
翻訳しろ! とツェツィーリャとサシャがわめきだした。




