53 魔王と勇者、ひっそりと決戦す③
もうじき陽が暮れると焦ったが、教えられた森まであっいう間の距離だった。
魔狼の脚で5分と掛からなかった。
その場所の名は、【ベーゼの森】。
サキノキの街の裏手、東側にあって、街の水源となる川が幾筋も通る大きな森だった。
今は秋だが、なんともう雪がちらついている。
体感的には市街地よりも温度が5度以上は低い気がする。
人間の立ち入りを拒む、神の聖域のようだ。
「――さて。博士がこの森の何処にいるか、だな」
頼みの魔導アイテムではピンポイント探索は難しい。
しかしその悩みも直ぐに解消した。
森に入る直前、ツェツィーリアが一本の細いすじ煙を見つけたからである。
明らかに人が立ち昇らせたものだった。
後は魔狼の方向感覚と嗅覚を頼りにして探り当てられた。
煙の主はやはり、ヤーン博士だった。
川沿いの、木々が拓けた空間で博士は独りで焚火に当たっていた。
どうやって捕まえたのか、串刺しの川魚が何本か焙られていた。
「ヤーン博士! ご無事ですか?!」
ツェツィーリアの問い掛けに、博士は顔も上げずに「おかげさまでの」と答えた。
心配をかけた謝意のつもりか、博士は僕らに焼けたばかりの魚を配り、残りの一本を自分で食べ始めた。
「博士! ……その、サシャは?」
受けとりながら、ツェツィーリアが恐る恐る尋ねる。
真に訊きたかったのはそのことに違いない。それほど彼女の表情は切迫していた。
「アヤツは人質になった。人質をとったのは勇者一行の若い兄ちゃんじゃ」
ツェツィーリアは心配している。なのに博士はどことなく投げやりだ。
「説明してくださいよ、詳しい状況を」
「コレエダ・アンコ。儂はその娘に会いに行った。娘はやはり転生しておった」
「……ああ。勇者一味になってましたね」
「彼女は前世、エルフ族じゃった。つまりは儂と同じ亜人。あの子は人間族などでは無かった。けれども今は人間族……」
「何が言いたいんですか?」
「儂との記憶が無くなっていたのか、娘は儂を見ても怯えておった。不審者を見る目つきに思えた。儂は……儂にはかつての娘のまま、何ら変わりない娘であったものが、あやつには儂がただの怪しいジイさんにしか見えんかったんじゃ。……儂の独り暴走だったというわけじゃ」
熱された枝木のひとつが派手に爆ぜた。
火の粉が舞ったがヤーン博士はそれを浴びても動じなかった。
博士の服に付着した火種がくすぶり出し、ツェツィーリアが慌ててそれを払う。
「博士! ちゃんとその人と会話をしたんですか? その、コレエダ・アンコさんは、はっきりと博士を覚えてないって言ったんですか?」
「そんなのは相手の目を見ればわかる。アヤツは儂の事など、ちいーっとも憶えとらん」
「それは博士の勝手な思い込みです。しっかり、ちゃんと、相手の気持ちを訊いてあげてみてください。言ってくれなきゃ、気持ちなんて解からないです!」
年端も行かない娘が年寄りにうったえる。とても親身で熱っぽかった。
年寄りは、「それはそうじゃな」と弱々しく首をうなだれた。
「――で、サシャはどうしたんですか?」
「だからサシャは……人質になってくれておる。儂が勇者に決闘を申し込んだんじゃ」
「決闘……」
「儂が勝てばコレエダアンコを解放してあげてくれと。そういう条件での」
「その条件……勇者は受けたんですか?」
当初あの建物を訪ね、コレエダアンコを連れ出そうとしたとき、若者は問答無用で斬りかかって来たそうである。
だがもう一人の女が話し合いを勧め、場所を変えようとなって、この森に誘導されたそうだ。
「着いた途端、若造は『逃げるなよ』と言い残し、儂を置いて立ち去った。儂の気が変わって逃げぬようにだろうが、サシャが連れて行かれた」
「それって……ゼンゼン話し合いになってないよね……」
「――それで? 結局決闘とやらはしなかったんですか? どうして勇者は立ち去ったんでしょうかね?」
「若造が言うには『決闘して欲しかったら、ここで待て。逃げたら話は無かった事にして小娘を殺す』って話じゃった」
「――で、途方に暮れてこんな辺鄙なトコロでボンヤリと佇んでたんですか?」
そういや、その若造とやらには出くわさなかったな。
「途方に暮れては余計じゃ。……ま、そう言うことじゃが」
それまでずっと、影のように黙りこくっていたギース将軍が口を差しはさんだ。
「勇者側に何らかの意図があるのは明白。このまま受け身でいて良いのか疑問です」
「アイツらがなにか企んでると?」
「……ええ」
状況からしてそうだろうな。
アイツらは明確に、ひとつの目的をもってヤーン博士をここに釘付けにしている。
「でも博士。博士はコレエダアンコさんをまだ想ってるんですね」
「……儂がか?」
「そうでなきゃ、解放なんて条件を出してまで決闘なんて言い出さないもの。フツー」
「……ふむ。そーかな。……しかし、な」
しんみりする博士。
よし、僕も。
「博士。これは僕の経験を踏まえた話ですが、幾ら念願の再会を果たしたとしても、案外自分の思ってるほど感動的な対面は出来ないもんなんですよ? ちなみに博士、あなたはコレエダアンコに会ったとき、どんな態度をとったんですか? 感動に打ち震えて泣いたり飛びついたりとかって感動を演出したんですか?」
「……は? なんじゃ、そら?」
「前に話したかもしれませんが、僕も、コレエダアンコとは過去に出会っていたんです。――そして今日、カノジョと再会を果たした。――そのとき僕はね、コレエダアンコにそりゃもう冷たい態度をとりましたよ。恐らく彼女はこう思ったでしょう。『もうわたしのコトは忘れちゃったんだわ』。これは裏返しの感情です。少なくとも僕は、彼女のとる、どことなくよそよそしい態度にそんな気持ちを抱きましたから。つまりですね、お互いに早とちりしてるかも? って事ですよ」
「やかましいのう、耳元でぎゃーぎゃー吼えるな」
「なんだ、このジーサン」
せっかくの渾身の励ましを返しやがれ。
ゆっくりとヤーン博士が立ち上がり、巨大オノをかかげた。
「うわっ僕をやる気ですか。ナマイキな小僧を成敗するとでも?」
「違いますよ。勇者一行が放つ殺気に相対してます」
ギース将軍がとりなし否定。
でも真顔なので不安、てか不愉快。
「殺気? 勇者一行がいるの?」
「まーったく精進が足りんのう、小僧。元の魔導人形に戻してやろうか?」
と博士。ヤな老人め。
「魔導人形は御免蒙ります」
真正面に男があらわれた。
特別な防具も着用せず、抜刀もしないまま、悠々とこちらに近付いてくる。
以前酒場で会った、あのチャラ男さんだ。
「儂の見たところ、勇者はあの若造の戦士じゃ」
もう一人。
正面右方向に女性が姿を見せた。
こちらはさっき再会したメガネずらし美人だ。
首から下げた水晶玉が妖しく明滅している。
「わたしの見立てでは、あの女が勇者と存じます」
ギースが言う。
さらに、左からも人があらわれた。
少女だ。
杏子と会話していた八重歯のバーサーカー少女だ。
肩がけのポシェットから短剣を取り出している。
無論、向かう先はまっすぐこちらである。
「僕はあの子が勇者だと思う」
だって一番好戦的な目付きをしているし。
「なんで見解がバラバラなのッ?!」
ツェツィーリアが、呆れたような怯えたような叫びを上げた。
魔狼の巨大な顔面が彼女の側面にピッタリ張り付く。盾になるつもりのようだ。
それに呼応したかのように、若造が叫んだ。
「エフェソス帝国の代表方! ひとつ確認しておく! オレらは複数人からあるウワサを聞いた! その真偽を確かめたい!」
ここは僕が代表して応えるべきか?
皆黙ってるし。
「なんだよ?! 言ってみろ!」
「エフェソス帝国、初代皇帝、魔炎王タルゲリアはすでに死んだと聞いたが本当か?!」
「――!」
僕ら同時に顔を見合わせた。
のっけから、なんて質問だ。
そんなの答えられるかい!
「――答えねぇってコトは本当なんだな?」
「そ、それはだなぁ!」
仕方なくハッタリをかまそうとすると、今度はメガネ女がこう叫んだ。
「そこにいる女の子、現在の事実上の魔王城当主、パルマコシ・ノノとお見受けするわ! 不憫だけど、わたしらはあなたの命を戴くわ! エフェソス帝国はここで終焉を迎えるのよ!」
「――なッ?!」
アイツらは一体何を勘違いしている?
ツェツィーリアを指して、ノノだと言ってんのか?
で? ノノが実質的な帝国の長だとぉ?
はああ?!
「パルマコシ・ノノ! 予定が早まったけど、ここであなたを討ち取るわ! 人類のため、エウロプリア全土の平和と安寧のために!」
「なぁエロイーズ、いいのか? こんなところでエフェソスを倒しちゃったら、オレたちはお払い箱になっちゃうぜ? もう少し勿体をつける作戦じゃなかったのか?」
「んー? まーそーだよねえ。新都のヤツら、チュテたちのことなんてスグに忘れちゃうし? そんなのはヤダなあ」
「バカなの? なら最初からこの森に誘い出す作戦に賛成しなきゃ良かったじゃない! ノリノリで魔物退治だってはしゃいでたのはどこのどいつよ」
モメだしやがった。
なんだコイツら、僕たちは眼中にないカンジだぞ?
「ギース将軍。とにかくアイツらがゴチャゴチャしてるうちに何とかしよう。僕はあのポシェットを奪うのが先決だと思うんだが?」
「ポシェット? いえ、奪うのは水晶玉でしょう?」
ヤーン博士が咳払い。
「お前ら。ターゲットはあの若造だと言っとるだろ、3人がかりで討ち取るぞ!」
「討ち取るなんてダメ!」
怒るツェツィーリア。
……モメてるのは相手方だけじゃ無かったな!
「ツェツィーリア! とにかくキミは後方に下がれ!」
「どうしても戦う気なの?!」
「いや。あくまで平和的解決を望む。戦うのは最終手段だ。いいな? ギース将軍」
「――は」
「ツェツィーリアが危なくなったら、そんな悠長な事は言っとられんぞ?」
「了解です、ヤーン博士」
僕は代表して彼らにゆっくりと近づいた。
両手を高く挙げながら。
もちろん警戒は怠らず、握っては無いが武器は携帯している。
「勇者ご一行! 僕はキミらと和解したい。――僕はエフェソス帝国2代目皇帝、パルマコシ・ゴウトだ。またの名は魔炎王タルゲリア2世という」
いつ2代目を襲名したのか、というカオはヤメテ欲しいぞギース将軍、それとヤーン博士。
ツェツィーリアとアンナさんの言質はとってるんだからさ。
「……アレえ、この人。魔王だってゆってるよお?」
「いつぞやの兄ちゃん。フザけてたら、そっ首がバスッと跳ぶぞ?」
「はい自称。自称ね? さっさとパルマコシ・ノノを引き渡してちょうだい。そしたらあなたたち下男の命は助けてアゲルわ」
下男。死語か。
オメーらなあ。シバき倒すぞ、こんにゃろ!
ナメるのもいーかげんにせいっ。
「自称じゃない! 僕はれっきとした後継者だ! 魔王さまだ!」
「ってことは初代が死んだのは認めるってコト? いいのそれ? 公言しちゃって?」
「あ。――えーと……」
エロイーズ嬢スルドイ! 冴えとりますなあ、僕絶句しちゃったよ。
そのとき斬撃一閃。
僕の目の前で、斧と剣の鍔迫り合いが展開した。
「ほえ?」
あまりに素早すぎて攻撃も防戦も目に留まらなかった。
襲われたのは僕。
明らかに僕。
それを防いでくれたのは――。
「や、ヤーン博士!」
「パルマコシ・ゴウト。……いいや、魔王陛下。ボーッとしてたら命が百個あっても足りんぞ?」
「は、はいッ」
チャラ男戦士と僕とのキョリ、20~30メートルはあったぞ……?!
「まるでマンガの世界だ……でたらめすぎだぞ」
腰の剣を抜いて構えた。
が、その間にも戦士とドワーフの激烈な攻防が始まっていた。
耳が千切れそうな金属音とザクザク跳ね上がる土草の乱舞が両者に降りかかる。
いかにも激しい戦闘を物語っていた。
とてもじゃないが割って入る状況じゃなかった。
「わんわーん、タチケテエ!」
バーサーカー少女が叫ぶ。同時に「ヌッ」と魔物があらわれた。
人間と契約した、二頭三尾の魔犬だった。
彼女は召喚士だ!
ソイツはわき目もふらず、まっすぐツェツィーリアを狙って来た。
間に入った僕は剣を振り下ろす。
切っ先が当たったら殺しちゃうかも、なんて躊躇ってるユトリは無かった。
そしてそれは杞憂だった。
難なくへなちょこ剣をかいくぐった魔犬は、尖った歯を剥き出してツェツィーリアに迫った。
「ツェツィーリア!」
――が、彼女に一歩届かず。
魔狼の前足に踏みつけられた挙句、胴から真っ二つに噛み千切られた。
ポシェットを掲げた少女が喉を震わす。
「――タチケテえ。ビッグ・ベアあ!」
ドンッ!
という書き文字とともに、今度は超巨大グマが出現した!
想像のはるか上を行く大きさだった。
我が魔狼と互角の大きさだ。
さすがの魔狼も一瞬ひるんだ。そこへビッグ・ベアの鋭い爪が先制する。
俊敏さでは魔狼が数段勝った。
爪の斬撃をかわし、返す刀でビッグ・ベアの腕に噛みついた。
腕を振るって魔狼を引き剥がしたビッグ・ベア、がっつり魔狼の肩を掴み押し合いになる。
怪獣同士の戦いを見るようだ。
「この森の中なら、魔王だか悪魔だかがどうなろうと誰も気付かないわ! とりあえずさっさと鬱陶しい連中を殲滅しましょう!」
エロイーズが仲間たちを指導。
応とバーサーカー少女とチャラ男戦士が気勢を上げた。
やっぱりか?!
勇者ら、端から話し合いなんてする気は無かったんだ!
そのとき。
別方向から金切り声が飛んだ。
日本語だ。




