52 魔王と勇者、ひっそりと決戦す②
杏子の案内で中に入る。
ツェツィーリアとギース将軍は外で待っているという。
そりゃそうだよな。
ツェツィーリアが挨拶したが、杏子はひたすら困惑し挨拶を返せなかった。
どうやら杏子は日本語しか話せない。
つまり、こちらの世界の人間と会話できないということだ。
ふたりがいても交渉どころか意思疎通さえ取れない。
となると不安だけが募り、互いに警戒し合う結果になるだけだろう。
「悪いけど待ってて」
外観は木造4階建ての一軒家。
だが中は広かった。
1階はエントランスで両左右の壁沿いに2階へ続く階段があった。
エントランスの中央あたりに大きな衝立が立てられ、その奥にテーブルやソファが置かれ、くつろぎの空間になっていた。そこに誘導された。
「そんなに珍しい?」
「いや。何となく日本家屋に似てるなぁと」
「それなら良かった。ヘンな目付きするもんだから、どことなく怪しんでるのかなって思っちゃった」
「そんなバカな。考えすぎだ」
……ごめん。
ホントはその通り。図星だよ。
僕は、やたらと入り口の方を気にする杏子に気付いていた。
外で待つツェツィーリアとギース将軍の動向を注視しているんだろう。
要するには彼女もまた、僕を怪しんでる。
「再会できて本当に嬉しかった」
「……うん。わたしも」
杏子がイスにかけたのを見計らって、僕は大事な用件を切り出す。立ったままで。
こういう話は躊躇わず、短く端的に、事務的に相手に伝えるべき。
ここに来る前にバンクさんがアドバイスしてくれた言葉だ。
お察しの通り、バンクさんは死んでなどいなかった。
死のうとしたが死にきれなかった。
正確には死ぬ真似事をしようとしたが、ビビリが入り気絶した――が正しい。
とにかくここは、そんな彼だが誠実で人生経験のある彼の助言を採用することにした。
居ずまいを正し、杏子に向き合う。
そして用意していた口上を述べた。
「今日僕は、魔王城の代表としてここに来たんだ。勇者――光の加護者に伝えてほしい。魔炎王タルゲリアは魔王城から退去する。――だから魔王城を攻めるのは止めて欲しい。魔王からの伝言だ」
けれども杏子は首をかしげた。
「勇者に? 伝えるの?」
「う、うん。そう……だね」
お、おやぁ?
日本語が通じなかった……というわけじゃないだろうが。
誠意が足りなかったのか?
仕切り直すぞ。
「魔王城を攻めるのは勘弁してくれって。杏子から勇者にそう頼んで欲しい」
今度は深々としたお辞儀をつけ足した。
杏子は――困ったカオをしてから、テーブルに目線を落とす。
本当にゴメン。
久しぶりに再会できたってのに、のっけにこんなお願いをして。
不快になるのは当然だよな。
でもこっちも必死なんだ。
思い余った僕は、土下座をしようと床に膝をつきかけた。
「オイ。そこの魔族ってばよう」
声のした方を睨む。
僕らの遣り取りを遮ったのは日本語じゃない。
異世界の言葉だ。
無論、想定はしていた。勇者はパーティを組んでいる。
杏子以外の光の加護メンバーが登場するのは自然だ。
向かって右側の階段を降りてきたのは年端も行かない娘。
杏子よりもずっと年下っぽかった。
ソイツを認識したとき、僕の背筋がゾクリとした。凍りついたと表現してもいい。
この娘。
この娘だ!
肩掛けした幼児チックなポシェットとチラつく八重歯が特徴の、サイコなチビッコ娘。
――僕の目の前で短剣を振り回し、仲間のゴブリンたちを殺しまくってた張本人。
――コイツだ。
きっとコイツが勇者なんだ!
「返事。あいさつ。そんなのも出来ないんだー、ダメ男だなあ」
さすが勇者さま。
ほぼ初対面の年上に対してもナマイキだ。
ついムカついた。
「……挨拶だったらキミもしてないだろ。お互いさまだ」
「あ、そっか。こんにちは」
「うえ? い、いや、こんにちは」
な、なんだこの娘?!
素直なのか、天然なのか。クソッ調子狂うな。
「杏子を困らせて楽しんでるの? そんなコトして楽しいの?」
「別にそんなつもりはない。僕は――」
杏子をチラ見する。やっぱりポカンとしていた。
僕らの会話が解らないから仕方ない。
「あ。いや。僕はキミに用があって来たんだ。――ズバリ、魔王城の魔物たちに、これ以上危害を加えないでほしい。それをお願いするためにここに来た」
「魔物たちを?」
「そうだ。魔王は城から退去するし、なんなら城自体、明け渡す。だからゴブリン兵たちを見逃してくれ」
「えー、それはムリだよお。……だって――」
「――?!」
娘が、短剣を僕の首根に突き付けた。
素早すぎて為すがままになった。
杏子が怒鳴ってくれたが娘は無視を決め込んでいる。
僕はと言えば、あと半歩押し込まれたら血の噴水ショーを披露できるな。などと妙に自分を俯瞰視していた。
別に度胸があるからじゃないぞ、他人事にならんとオシッコをちびりそうだからだよ。そんなの最悪に屈辱的だろ。
「だって……なんだよ?」
「だってさ。光の加護は魔物退治してナンボだもん。この短剣さんにいーっぱい魔物の血を吸わせてあげなきゃ、ねえ?」
結論。
勇者はアタマがフレている。相当に。
「ーーひとつ聞きたいんだが」
「なーに?」
「僕の前に別の人間がここに訪ねてきたと思うんだが?」
「あー。ドワーフのオジイとォ、メスのホビット? アレならジュドーが広場で公開処刑してるよう?」
「決闘?!」
大声を上げて詰め寄る僕に、杏子がびっくりして立ち上がった。
僕が娘に何かすると思ったのか。
逆なんだがな。
現に僕いま、剣を突き付けられてるでしょ?
「ああ、ごめん。この子に危害を加えるつもりはないから」
「もしかして、チュテレールが何か豪人に酷い事を言ったの?」
「違うよう。さっき来たオジイサンの事を訊かれて、それに答えただけだよ」
そうなの? ……と杏子が引き下がる。
引き下がるな。剣をおさめろと諫めて欲しいな。
「あのさ、ヤーンさんとジュドーは『外で話してくる』って出て行ったんだよね? 間違いないよね?」
「そうよ。ジュドーは魔族と大事な話し合いをするために連れ立って出て行ったのよ」
答えたのは、左側の階段から降りてきた別の人物。
コイツは……?!
クレドブワの酒場で僕に絡んできた水晶玉の美人おねーさんだ。
相変わらず、ズラしたメガネが蠱惑的である。
「あなたも日本語が話せるんですか?」
「日本語……、よく分からないわ。アンコとコミュニケーションが取れる。ただそれだけのことよ」
「ねぇエロイーズ! ジュドーは本当に話し合いのために出掛けたんだよね? ヘンな気を起こしてないよね?」
興奮した杏子の頭を優しくなでる女……エロイーズさんって言ったか。
僕に鋭い目を向けて、異世界の方の言葉で刺すように告げた。
「あのジーサンはアンコを連れ去ろうとしたのよ。だからそれをジュドーが止めた。当然口論になって、決闘を口にしたのはジーサンの方よ。公開処刑はウソだけど、街外れのベーゼの森で落ち合おうとしてるわ」
「――どうして僕にそんな事を教えてくれるんですか?」
「さっきまでの会話を聞いてたからよ。あなた実は魔王城からの使者なんでしょ? 両者間にいざこざが起ったら具合が悪いんじゃないの?」
微妙な言い方をするな。
そのジュドーってチャラ男が勇者だって言いたいのか?
それとも、ひょっとしたらこの人が勇者なのか?
「杏子。僕、ヤーンさんの様子を見に行くよ。また戻るから」
「豪人! それならわたしもついてく」
「……まぁ、待ってて」
左右から勇者容疑の女ふたりにガードされてんじゃん。ムリでしょ。
僕の背に向かい、バーサーカー少女が悪態をつく。
「あのオジイ、明らかにアンコを誘拐しようとしてたよ? 異常だったよ? 魔物たちはやっぱ、地上から失くさないとダメなんだよ?」
「あーはいはい」
とにかくだ。
直接勇者と交渉したいが、まずはヤーン博士をどうにかしないとダメだ。
外に出るとストーン! と魔狼が降って来た。
ツェツィーリアとギース将軍を乗せて待ち構えていたのだ。
恐ろしくデカイ体なのに俊敏かつ軽快。なので、道行く人々が騒ぎ出す前に、僕は彼の背に乗って素早く立ち去れた。
ヤキモキ顔のツェツィーリャに迫られる。
「勇者と話せたの? サシャはいた?」
「いや……。まずは街外れのベーゼの森に向かう」
背後に勇者一行の気配を感じたが無視して駆けさせた。




