39 豪人、浮遊大陸を平定する③
―春馬越ノノ視点―
厳重に防護柵を敷いた研究所の外周に、数隊の魔導人形軍が張り付いた。
夕日を浴びるその姿は死神のお告げを伝える使者群のように思えた。
思いの外、距離が近い。
のっぺらぼうに見える彼らと、最前列で戸板に縛りつけられているヤーン博士の豪壮なカオが強い対比で強く胸を衝いた。
「ヤーン博士ッ!」
思わず叫ぶとわずかに首を動かし「おう」と返事したので安心した。
「危険ですので、あまりお近づきにならぬよう」
コウゼン将軍に護られつつ、博士と会話する。
「あの機械、ちゃんと動きそうですよ! 博士のメンテのおかげです!」
「おー。お前さんはダレだっけかなあ」
この期に及んでそれか。しばいたろか。
「あたしに黙って、独りで行くなんて! 見下げた思い上がりですね!」
「思い出した! お前さんはベンの愛人だ」
「このバカ上司! とっととシケイになっちゃえ!」
ハアハア息切れするよ、ったく!
で? ヘンタイ兄貴は何処行った?! 背中を追ったはずだけど?
――いた。
カオ隠して見つからないように震えてる。
なんなのよ! アンタまで、ったく!
「ベーンッ! 儂はもう終わりじゃーいッ! あとはお前の好きなように、あの別嬪のオンナとくっつきやがれーッ! 死んでもとことん恨んで呪い殺してやるゾーイ!」
ベン?
オニイに話し掛けてるの?
なにをこんなときに。
まったくイライラするわね!
「ノノ殿。突撃しますぞ?」
盾になってくれているコウゼン将軍が頼もしい。
「……いいわ、あたしも覚悟決めた。博士を助けたらいったん直ぐに引くわよ?」
「承知」
数瞬で以上をやり取りし身構えた。あたしはまともに戦った経験が無いけど、魔導人形に対しては昔撲殺された恨みは無いことも無い。自分なりに根性出せるはずだ。
今まさに開門しようとしたところに、オニイの、いかにも間の抜けた声が届いた。
「――別嬪のオンナとくっつきやがれ? なんのこっちゃ。誰の事だよ」
「はあぁ? オニイぃ?」
怒りで我を忘れたドス声を出しつつ振り返ったあたしは、目が点になった。
さっき兄貴だと思った人物はなんと、あろうことか、ツェツィーリア……だった!
深々と被っていたフードを取り、噴き出た汗を飛ばしていた。
「え? オニイじゃないッ?」
オニイの声は何処か別のところから発している。
「ヤーン博士―ッ! もうカタはつきましたよーッ!」
ツェツィーリアが外部に向かって大げさに手を振る。
戸板にくっついていた博士は周囲の魔導人形らに縄切りされて自由になり、「やれやれ」と身体を動かした。
側面に陣取っていた幾つかの魔導人形の部隊から怒号が上がり、ドタバタと不揃いな突進が起った。
ヤーン博士のいた真正面の部隊と交戦になる。
「コウゼン将軍、出撃だッ! ヤーン博士の部隊を支援しろッ!」
「ぱ、パルマコシ――?!」
「オニイ?!」
コウゼン将軍とともに焦って指令者の方を振り見ると、そこにオニイの姿。
グレープフルーⅡクンら十数人の魔導人形の手足を落としてダルマにして台車で運んでいた。
その傍らには完全武装のラットマン将軍が(ドヤ顔)で立っていた。
「早く行け―ッ、博士を救えッ!」
「は、ははッ。と、突進んんーッ!」
門が開け放たれ、将軍と十数人のゴブリン兵およびに魔導人形たちが駆け出す。
向かう先は真正面の部隊でなく、側面部隊。
魔導人形とゴブリン兵らの乱戦が繰り広げられた。
その間にヤーン博士は――。
博士もいつの間にか手にした大振りの斧で暴れ回っていた。
オニイに走り寄る。
「……アンタ、どうして」
オニイとグレープフルーⅡクンを見比べる。
地面に転がるグレープフルーⅡクンが、感情は伝わらないけども、ボソリと漏らした。
「博士にやられた。春馬越豪人にやられた。完敗した」
「グレープフルーⅡは、博士と転移装置を狙ってたんだよ。彼こそが敵対する魔導人形のリーダーだったんだ」
それにオニイが気付いてたっての?
気付いてて、決断を鈍らせてたの?
「ツェツィーリアとカーラさんが、グレープフルーⅡの動きを見張ってくれてたんだ」
「それは。豪人が報せてくれたからだよ?」
オニイの恰好をしたツェツィーリア。額に渾身の汗まで流して、めっちゃ嬉しそう。
「どう? ボク、役に立てたー?」
魔導人形に変装していたカーラさんがオニイの腕に絡む。
ツェツィーリアと睨み合いになる。
「ノノ。黙っててごめんな。でもお前さ。いっつも人の話聞かんし、勝手な行動するからさ」
なぁニィィ?
それはあたしが無能の役立たずって言ってんのかなぁ?
「へー。――で、姫さまたちを危険に晒して秘密作戦を決行したってワケ?」
「そのトゲのある言い方止めろ。僕はただ単に考えが旨く行くことだけを願って」
「あたしを仲間から外したって?」
「いや、だから。ノノは暴走魔だし、頭に血が上りやすいし……うがごっ?!」
もうしゃべんな、不快の2文字しか聞こえないし。
ところで。
「ラットマン将軍。転移装置は無事なの?」
「博士の不在中に破壊する計画だったようです。陛下が留守番を続けるので業を煮やしたんでしょう。我々はあらかじめ襲撃を予測していて、装置部屋で武装待機しておりました。現在はリヴィ殿が警護しております」
リヴィも、ね。
あっそ。そりゃ良かった。
「コウゼン将軍は? それを知ってたの?」
「いんや。あのお方は武闘派一辺倒でございますから」
うまい言葉で誤魔化すなあ。
「あれ、ほら。塀を越えてポロポロと魔導人形が敷地内に侵入してるわよ?」
「あッ!」
オニイとラットマン将軍の異口同音。
ふたりして兵を連れて駆けてった。
せいぜい頑張って。
前方でヤーン博士がイキイキと暴力沙汰に明け暮れている。
斧だけじゃなく、棍棒みたいな足蹴りも披露してる。
博士じゃなくて、あれは冒険者だな。
オニイも頼りないけど魔王さましてるな。
「――ツェツィーリア。カーラさん。研究所を警固するわよ!」
「はいッ! 百華隊々長の名にかけて、必ず防衛します」
「あいあいさー。ゲームマスターにお任せあれ」
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この日、戦闘で肢体を機能停止させた魔導人形は15体。
全員、後日完全修復された。
ただ、敵対もしくは敵視を続けていた魔導人形は魔王城にて監視下に置かれることになった。
(グレープフルーⅡクンもその一人だ)
浮遊大陸に生きる魔導人形の拠点は、大部分がヤーン博士の呼び掛けに応じて開放。幾十年ぶりに地上の民に胸襟を開いた。
魔導人形のリーダーたちは話し合いに応じ、幾度かの折衝を重ねて帝国と和解の文書を交わした。
仲立ちを任されたのは、ヤーン博士だった。
「グレープフルーⅡがの。昨日ようやく口を開いてくれよったよ」
「へえ。それは良かったですね」
「豪人クンのおかげじゃよ。魔軍の前でこう宣言したそうじゃないか。『魔導人形の人権と身の安全、暮らしの保障を約束する。魔導人形を害する者は何人だろうと許さぬ』とな」
ま、イイカッコウしいのヘンタイですからね。
博士同様、真に受けたらガッカリしますよ。
「そんなカオするな。彼は絶対に人を裏切らんて」
「ソウデスネ。ヤーン博士もね」
「ガーハッハッハ。信じあう兄妹同士、美しいではないか! いっそ結婚したらどうじゃ?」
通じないー。渾身のイヤミがゼンゼン通じないー。
なおかつ常識ないー。
「ヤーン博士。あたし、採血によるエネルギー源摂取の方法を確立します。神に誓います。協力してくださいね?」
「無論じゃ!」
「ホントですよ? 嘘ついたら針千本飲ませてからボディーブロー千発かましますよ?」
「ノノ。そのホンキの眼、やめい」
――これにより、あたしたちエフェソス帝国は、浮遊大陸一斉転移の足掛かりを得ることが出来た。




