38 豪人、浮遊大陸を平定する②
―春馬越ノノ視点―
午後になってエフェソス側から新たな転移者が参着した。
転移者と表現したけど要はテストで、点転移装置の技術を応用した人員輸送実験だった。
「ノノ、豪人。お待たせですっ」
完全武装のツェツィーリアがそこにいた。
蒼青の髪にややブカブカな兜を被っている。……可愛いけど。
実験の被験者になる王族なんて聞いた事無い。
「なんで?」
「何でってそれは……」
リヴィも横に控えている。
こっちは如何にも戦い慣れした雰囲気の、動きやすさ重視の軽装防具を着用している。
――で無くって! どうして止めなかったのよ、あなた!
「おふた方の力になりたいと、その」
あたしが発するピリピリを微妙に感じているようだけど。
「スキスキ、豪人ダイスキー……でしょ?」
空気も読まずにちゃちゃ入れするのは、元第4夫人カーラさん。
彼女も同行していた。
ああ。
なお元夫人と称しているのはオニイが関係を整理したいと宣言したからだ。
表向きはともかく、奥向きには魔王陛下がおこなった婚姻契約はいったん解消している。
「なあっ? カーラさん、おふざけにならないでくださいっ」
「んー? だって真実だもの。そういうボクだって、豪人を狙ってるし!」
「ええええっ?! ね、狙ってるって!」
「狙ってるって言っても狙撃じゃないわよ? 恋のアタックよ?」
眼を剥いたツェツィーリアとふたり漫才が始まった。
カーラさんは最近劇的に変わった。
以前のような貴婦人っぽい恰好やメイクを一切しなくなり、それと共にしゃべり方も変えた。(いや元々あまり話すタイプじゃなかったけども)
本当の自分を表現していると言えばそれまでだが、自分の思った事や考えている事により正直になったように思う。
もう前のような取り繕った夫人のうちの一人じゃなくなった。
しっかりと自我をもって行動しようとしている。
これがオニイの影響だとは思いたくもない……のだけども。
ちなみに今日の服装はフード付きのピンクのスウェットパーカーに、ミニのフレアスカート。
地味目だった彼女にしては明るい系のカラー。
変わりすぎですよ!
「豪人のヨメの座はボクのものだから、ツェツィーリアは指をくわえてお預けしてなさい」
「ヤですっ。豪人とあなたの婚姻カンケイはもう消滅してますっ。それにわたしとの母娘の関係も無くなりました! エラそうに上から目線で言わないでくださいっ!」
「ツェツィーリアは永遠にボクの娘。そんなつれないこと言っちゃダメ」
小人族のカーラさんとツェツィーリアは確かに母娘というより、まるで姉妹。
じゃなくって!
お願いだからもうこれ以上、現場を混乱させないで。
ふたりをなだめすかしたあたしは、難し気な表情で腕を組んでいるオニイを睨んだ。
「オニイ」
「ああ、ちょっと風に当たって来る」
なっ。
逃げた?
コンノォ格好つけてぇ。
さては裏でこっそりとヘンタイ笑いをしてくる気だな?
許すまじ!
追い掛けて殴っちゃる。
……ふたりにはナイショで。
転移装置の前でオニイを見つけた。
操作盤を指でなぞってる。
「この部屋の何処に風が吹いてるのよ」
「あー」
あーじゃないわよ。イヤミよ、イヤミ。
さて。どう取り繕うのよ。
ところが見込み違いのセリフを吐かれた。
「ヤーン博士はカン違いしてるんだ」
「……は?」
肩を掴んでグイッと引き寄せられる!
耳元で息!
声を上げる間もなく囁かれた。
「博士はこう言った。『大軍を呼び寄せたら敵対者なんて訳もなく倒せる』って。だけど装置はまだ未完成だろ? 大軍なんてまだ呼べない」
昨晩、博士にいったい何を吹き込まれたってのか。
あたしは「わーッ」と騒いでオニイの横顔を押しのけた。
「ヤーン博士だって当然認識してたはずだ」
「……何が言いたいの?」
「いや。別に深いイミは無いよ」
何だか気が削がれた。
グレープフルーⅡクンが覗き見している。
「何を話してたですか?」
「ああ。出来れば話し合いで済まないかなぁってね。ノノに頼んでたんだ」
「ヤーン博士の説得が失敗すると?」
「信じてはいる。でも色んな状況を想定しなきゃ。……だろ?」
グレープフルーⅡクンは、オニイの意見にカクカクと首肯した。
そこへ、ラットマン将軍が一報をもたらせた。
「ヤーン博士の使者を名乗る魔導人形が陛下にお目通りを願っています」
「使者? スグ会おう」
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「あの者の言、どう思いますか?」
使者を返した後、ラットマン将軍が問うた。
「良かったな、豪人! 外交交渉を成功させるとは! さすがボクの旦那さまだ」
「カーラさんの旦那さまじゃないもんっ! 豪人はわたしの優秀な生徒だもんっ」
食堂の一角を占拠しているあたしたちは、衆目を気にすべきだとリヴィにゼスチャーした。
素な話し合いの内容を、何処で誰が聞いてるのか知れない。
「ツェツィーリアさま、カーラさま。どうかご自重を。……ちなみにわたしは喜ばしい事だと思います。早速相手を訪ね、和平協議に入るべきだと勘考します」
ひそひそとリヴィ。ふわふわした羽根がオニイの視線の端っこに触れている。
ヘンタイを刺激するなっての。
だけどオニイは変わらなかった。ただ一言、
「ダメだ。もうしばらく待つ」
と告げた。
一同が驚く。あたしもそのうちの一人だった。
「早く迎えに行かなきゃ、相手の気が変わっちゃうよ?!」
ツェツィーリアの叫びは悲痛。そうだそうだ、あたしも同感だ。
あたしたちの視線がオニイに集まる。
「――もう少し、待つ」
オニイはそう言い切った。
普段に無い態度だ。
あたしたちは抗弁の機を挫かれ、黙ってしまった。
しばらくすると、今度は第2将軍のコウゼンが乗り込んできた。
気概に欠けるオニイの前に出て、頭ごなしに罵倒する。
「あれ? 来てたの?」
「来てたの、じゃないッ! たかが魔導人形にいかほど時間をかけているのだ! さっとと話をまとめて帰城しろッ」
ブスッとするオニイ。
実はコウゼン将軍、早々とオーク国との外交交渉に失敗し、魔王城に帰還していた。
汚名を濯ぐため、独断でオニイの後を追ったのだ。
抗命行為スレスレなんだけど、彼なりに意気込んでいる。
オニイの態度がヘタレと感じたんだろう。
「僕は魔炎王タルゲリアの後継者なんだぞ。もう少し思いやるってーか、敬えよ」
「敬って欲しいなら、それっぽくリーダーの役割を果たせよ! とっとと出るぞ!」
「だからダメだって! もう少し、待て!」
「あのなぁ、……じゃあせめてその理由を説明しろよ。俺たちを納得させろ!」
「理由? だからさ、僕はヤーン博士を信じてんだ。それだけだ。とにかく今は動くな!」
言い切ったが、言い切った割にはやっぱりヘタレ顔。一同、白けムードが漂った。
そこへ次の使者が来訪した。
「和解する気は無いと判断し、ヤーン氏を拘束しました。解放して欲しくば直ちにそれ相応の誠意をお見せください」
「オニイ!」
「豪人!」
「パルマコシ!」
――しかしオニイは首を縦に振らなかった。
そして半日後には、「ヤーン博士を人質にした。解放の条件は、帝国軍関係者全員の撤退だ」との声明が届いた。
「マメだな」
「アンタ、そんな感想しか出ないの?! 博士の身に何か起こったら、オニイのせいだからね!」
この頃にはもう、オニイは居直りの境地に達していた。
ツェツィーリアでさえ、幾ら訴えても耳すら貸そうとしなかった。
「パルマコシさん、そろそろ夕方です。お食事はいかがされますか?」
グレープフルーⅡクンが周囲に気遣ってそっと尋ねた。
チラ……と目を遣るオニイ。疲れた目だった。
「なあグレープフルーⅡ。キミは魔導人形たちのリーダーなんだろ? キミ自身はどう行動したい? やっぱり博士が心配だろ?」
「わたしはとにかく話し合いでの解決を望んでいます。そして博士の言う事は絶対です。だからパルマコシさんの判断を指示します」
「そうか……」
そこへ、コウゼン将軍が駆けこんできた。
眉間に皺を寄せている。
「パルマコシ! 敵軍が迫ってるぞ! 先頭にドワーフのオッサンがいるが、あれ、ヤーン博士じゃねえのか?!」
「な、なにいッ?!」
オニイが今日一番の動きを見せて、作戦室になっていた部屋を飛び出した。
あたしは胸騒ぎで苦しくなりながらその後を追い掛けた。




