36 春馬越兄妹、浮遊大陸でドワ博士と邂逅⑥
「――で? いったい博士は僕に何を求めてるんですか?
するとヤーン博士は急に真面目な表情になった。
「儂な。明日、敵対しとる魔導人形たちの砦に行って来る」
「――え?」
「じゃが、懐かしいのう。こうしてベンとせっまい部屋で話をするのは」
「ちょっと、待ってください。明日、敵のもとに行くって?!」
「儂はのう。待っておったのよ。儂の留守を託せる者をな。ようやくその者が現れた」
相変わらずのマイペースで話す老人に、僕はだんだんキレ気味になってきた。
じーさん、いい加減にしろ、付き合いきれないぞ? と。
それでも尋ねずにはいられなかった。
「ノノは?! 妹はそのことを承知してるんですか?!」
「ノノ、のう。アヤツは優秀じゃなあ。しかも目が輝いておる。若い頃のベンとソックリじゃあ」
「はぐらかさないでください! 敵対勢力のもとに行ってただじゃ済まないでしょう?!」
はた、と老人が質問した。
「で? オマエさんたちはなんでこの浮遊大陸に来たんじゃ?」
「は?」
「用も無しに来んじゃろ?」
「あ、まぁ……そりゃ……」
「ずばり、浮遊大陸をふたたびエフェソス帝国の所有物にしようとしている」
グレープフルーⅡくんが先んじた。
口には出せなかったが、それは図星だった。
「心配するな。儂は帝国の傘下に置くことには賛成じゃ。このグレープフルーⅡも同じ考えじゃ」
「……はぁ。それは」
助かりますと言いかけて自重した。
「このままほっとけば、お前さんらは魔導人形たちを制圧する。敵対している連中など、一蹴じゃろう」
「さ、さぁ……それは」
むろんジャマ立てする者は打倒するつもりで臨んでいる。
だけど平和的に解決できるならそうしたいとは思ってるし。
「ここに来る前にある程度の覚悟はして来ました。エフェソス帝国と魔導人形との確執も認識してます。万事しゃんしゃんと事が運ぶとも思ってません。でも願わくば、戦いはしたくないです」
「うむ。甘い! 大甘ちゃんだ! ダメダメリーダーだ、お前さんは」
……ウルセーよ。自分が一番よく分かってるよ。
「わざわざ言われんでも分かってますよ。それでも僕は戦いたくない。……ムシが良すぎますか?」
「いいや。そんな事はねぇ」
下がった目尻がどこか遠くの世界を見ている。そんな横顔を見るとは無しに眺める。
僕には見えない何かを見ている、何となくだが、そう思えた。
昔日を懐かしむ。
そんな単純なもののようにも思えたし、届かない夢を追いたくて仕方ないようにも思えた。
そして僕は、突如感じた。
この、年老いた大柄の男が、旧知の仲であるかのような。
オマエは自分が造った魔導人形だ。
この老人にそう刷り込まれたから?
違うな。
強いて言えば、ベン、すなわち魔王さまのタマシイが降りてきたとしか説明しようがない。
久しぶりにヤーンと話がしたいんだよ。そう訴えているからだとしか思えない。
まったくの気のせいなんだが、それでも。
「その言葉、願ったりじゃ。どうか攻撃する前にチャンスをくれ」
「……ち、チャンス、ですか?」
「儂は、意固地になっている魔導人形たちを説得したい。それはとても難しいことかも知れん。じゃが、しっかり話しをして解かってもらいたいと思っとる。儂の想いを、儂が造った子供たちに伝えたい、聞いてもらいたいんじゃ」
熱弁だが老人の口調はしみじみしたものだった。
それは切なる決意表明だった。
意思疎通が出来なくなった不良息子に、体当たりでぶつかっていこうとする親のように見えた。
「明朝、ノノが起きる前に儂はここを出る」
「なら僕もついて行きますよ」
「そりゃダメだ、春馬越豪人。キミと、このグレープフルーⅡには重大な任務がある」
「……なんですか?」
「もし。儂が戻らなかったら、儂の不良息子たちを根絶やしにして欲しい」
「は?」
「儂こそ弱く、甘々に甘い男なんじゃよ。自分の子供に自分の手で引導を渡してやることも出来んかったのよ。情けないったらない」
「……」
「やっぱり、可愛くて可愛くて仕方が無いんじゃよ。人が何と言おうとムリだったんじゃよ。だから、どうか頼む」
この老人の話だと、僕はこの老人に造られた魔導人形なんだから、滅ぼす相手は僕にとっても兄弟だろ。親の不始末を、兄弟の僕が尻拭いするってのか?
まったく勝手で無責任な話だ。
僕は老人の真意を、決意を。見定めようと、まっすぐ突き刺して来る眼を睨んだ。
いつぞや、魔王さまの執務室で見た、人物念画のドワーフがそこにいた。
――それは、魔王さまと肩を組む、若きドワーフだ。
あのドワーフはまごうことなくヤーン博士だ。
面影が残っているなんてレベルじゃなく、そのころのまんまの容貌をしたドワーフだ。
魔王さまは死んだ。死んでしまった。
だがここにドワーフは生きている。堂々と意志を通して生きている。格好良く生きている。
決して情けなくなんて無い。
きっと僕はこの人の味方になり、援けにならなければならないのだろう。
それは魔王さまを演じる僕の義務でもあり、責任でもあり、目標でもあるんだから。
それが魔王さまの遺志を継ぐ……ということではないだろうか。
そう思い始めた。
思い切ると、感情が一方方向に雪崩れた。
言う気の無かったセリフが、ポロリと口から出た。
「……分かりました、ヤーン博士。……あなたがもし戻らなかった場合、僕が、僕とこのグレープフルーⅡくんで、帝国軍を率いてその者らを根絶やしにします。約束します」
老人は笑いもしゃべりもせず、静かに頷いて、僕の背中をゆっくりとさすった。




