紛れ込んだ物 14
孤児院を後にして、セオバルドの後ろを少女姿のシェリーと並んで歩くシモンは、対価について彼に尋ねたく、周囲に視線を配る。
じきに村の出口だ。
まばらだった人影も途切れ、人の目がないことを確認したシモンは、一歩前へ出てセオバルドの隣に並んだ。
「あの……」
「待ってください……!」
遠くから呼び止める声がして、シモンは足を止めて振り返った。すぐに「先生!」と、セオバルドを呼び止める。
息を切らせて追いかけてきたのは、オスカーだ。
追いついたオスカーは、呼吸を整えながら姿勢を正す。そして、セオバルドに訝る視線を向けた。
「あの、対価としてお支払いした物が……、すべてそのまま、部屋に残されているようなのですが」
「えっ?」
シモンは驚いて、声を漏らす。
請け負った仕事の対価は必ず得るのだと、セオバルドは信条のように語っていた。
提示した金額に見合う何かを持ち帰ったのだと、そう思っていたシモンは理解できずに目を瞬かせる。
「それに、留め具の壊れた談話室の扉と、割れた窓硝子なんですが――」
セオバルドの返事を待たずに、早口に捲し立てたオスカーは、手に握っていた拳ほどの革袋を差し出した。
口紐をきつく締められた革袋は、膨らんで丸みを帯び、見るからにずっしりとしている。
動かされたことで革袋の中身が崩れたらしく、カチ……、と微かな金属音がした。
革袋に怪訝な視線を落としたシモンの頭上を、信じられないといったオスカーの声が飛び越えていく。
「――直っているんです……! ですから、修理代だと置いていかれたこちらは、お返ししなければと思って」
「えぇっ!?」
間髪入れずに悲鳴のような声を上げたシモンは、両手で口許を押さえ、目を丸くする。弾かれる勢いでセオバルドを振り返った。
ふたりに凝視されても、セオバルドは何食わぬ顔をして淡々と説明する。
「ええ、ですがあくまでも一時的な応急処置のようなもの。できるだけ早く新しいものと交換してください。机の上にその旨を記した手紙が置いてあります」
「手紙……? この革袋の下に修理代と書かれた封書が置いてありましたが、でも……? いえ、わかりました。戻ったら手紙を確認します」
オスカーは不思議そうな顔をするも、手紙の内容までは確認せずに追いかけてきたらしく、疑問を呑み込む。
両手で口を押えたままのシモンは、「どうして教会の礼拝堂は直さないんですか」と、疑問が咽まで出かかるが、そこはオスカーの手前。
……辛うじて呑み込む。
そして、思い直す。
オスカーに修理代を払い、一時的な応急処置だというからには――。
直ったふうに見えて、壊れた扉や割れた窓は、まったくの元通りというわけではないのでは、と。
やはり、礼拝堂を直すにはお金がいるのだろう、と。
オスカーは部屋に残されていた対価について、改めて尋ねた。
「では、対価はなぜ?」
同様の疑問を持つシモンも、黙って首を傾げる。
シモンが荷物をまとめに部屋へと戻った時。机上にはオスカーの私物が積まれていて、セオバルドは真剣な眼差しでそれら一つ一つを丁寧に手に取り、まるで価値を測るかのように眺めていた。
帰り支度を済ませてしまっても、セオバルドの方はまだ時間がかかりそうだったので、シモンは子供たちと過ごすために一足先に部屋を引き上げていた。
――腑に落ちない。
そんなオスカーとシモンの様子を気に留めることなく、セオバルドは悠然と構える。
「手紙に記したことと重複しますが……、残してきたものはもう必要なくなったのです。机の上にあった物の中から、きちんと対価を頂いたので」
オスカーは眉を寄せ、顎に片手を当てる。
「しかし、どれを……?」
対価がすべて残っていたと言った彼は、無くなっているものがないか一通り確認してきたのだろう。すっきりしないといった顔で、首を傾げた。
瞼を伏せることで頷き、セオバルドはシモンに視線を滑らせた。
「……シモン、頂いたものを鞄から出してごらん」
「えっ?」
オスカーの私財に触れた覚えはない。
驚きのあまり、シモンは飛び上がりそうになった。
戸惑いを隠せずに、ぽかんと口を開けてシモンはセオバルドを見上げる。――だが。
セオバルドは表情一つ変えずに、静かに見つめ返してくる。
オスカーからの視線も感じ、知らないものは何も入っていないはず……と、どきどきしながらシモンは鞄を地面におろして開けた。
「それを……」
セオバルドが指し示すのは、折り畳まれた一枚の白い紙だ。
でも、これは……。
何か勘違いをしているのだろうかと、困惑するシモンはこっそりとセオバルドの顔を窺うが、彼はわかっているとばかりに小さく頷いた。
なるべく折れないようにと、丁寧にしまってあった一枚の紙。
ふたりに手許を注視されて、シモンは緊張気味に、それを鞄から取り出した。
広げてみて、自分の思い違いでなかったと安堵したシモンは、ほっと吐息を洩らす。
シモンの手の中にあるのは、昨日アニーから貰い、机上に飾ってあった絵だった。
「連れが、対価となり得る物を先に頂いていたようです」
失念しており申し訳なかったと、セオバルドはオスカーに頭を下げた。
シモンの鞄から出てきた絵を覗き込んだオスカーが、当惑の表情を浮かべた。
「お渡しした物の中から、この一枚の絵を……、ですか?」
「ええ。交渉の際に、私の提示した金額と同等の物を頂くと申し上げました。対価としてお預かりしたすべての物の中から、彼がこの絵に提示した金額と同等の価値を見出し、選んだので……」
セオバルドはオスカーに身体を向けたまま、シモンに先の答えを委ねるように視線を寄越す。
はっとして、シモンはセオバルドの意図を察する。
アニーの描いた絵をそっと胸に抱きしめ、まっすぐにオスカーに向き直り、顔を上げた。
セオバルドの言葉の先を、引き取る――。
「はい……、確かに。こちらの絵を、対価として頂きました」




