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男装少女は言い出せない  作者: 和奏
男装少女は言い出せない
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眠れない夜 1


 ――眠れない……。


 夜、ベッドに潜り込んだシモンは、すっぽりと頭から布団を被る。

 しっかりと手に握っているのは魔除け。

 普段は布団に入ると、あっという間に寝付くのに、変な緊張から眠れなくなってしまった。

 原因は、ユアンから貰った奇妙なぬいぐるみのせいだ。

 中に何か入っているのか、変なものが閉じ込められでもしているのか。

 普段見えないものが見えるといっても、今まで知らなかった仕組みのわからないものは、少し怖い。

 部屋の中に置時計の秒針の音が耳に障り、妙に大きく響く。微かな音にも過敏になる。

 こうしている間にも机に置いたぬいぐるみが、かさかさと動き回るのではないか、声を発するのではないかと、シモンは気が気ではない。

 目をぎゅっと閉じていても眠れずに、シモンの神経は、冴えわたっていた。


 ぬいぐるみに変な声で話しかけられたことも衝撃だったが、ユアンの「捨てても戻ってくる」発言がとどめだった。

 きちんと話してみて、ユアンが悪い人でないのはわかった。

 けれど結局。シモンが戸惑っているうちにユアンは帰ってしまい、冗談なのか本当のことなのか訊かずじまいとなった。

 捨てても戻ってくるとは、一体どういうことなのか。

 あれさえ聞かなければ今夜もぐっすり眠れていたのに……と、シモンはもやもやした想いを抱える。


 ――シモンが私室に戻る少し前のこと。

 私室に置くのはちょっと気味が悪い……、そう考えたシモンは、ぬいぐるみをキッチンの窓辺に飾っておこうとした。

 だがしかし。

 実際に窓辺に置いてみると、ぬいぐるみの顔は恨めしそうに歪み、じっとりとした目付きでシモンに部屋へと連れていけと訴えてくる。……そんなふうに見えた。

 このままキッチンに置き去りにしたら。

 恨み言を唱えるぬいぐるみはシモンを探し、ぺたぺたと手足を床に這わせ、重たい頭を引き摺りながら夜中に部屋へと忍び込んでくる。あまつさえ、枕元に立って無感情な黒い目玉でシモンの顔を覗き込む……。

 そんな妄想に駆られて、ぬいぐるみを前にシモンは凍り付いた。

 夜中に変に動かれるよりは……と悩んだ末に、シモンはぬいぐるみを私室へと持ち込み、今に至る――。


 ぬいぐるみが床を這いまわる想像は尾を引いて、目を瞑ると瞼に浮かんでくる。


 どうしても寝付けないシモンは、掛布団の中で(うっす)らと目を開ける。

(ああ、もう……、これっぽっちも眠れる気がしない)

 このままでは明日の朝、寝坊してしまう。

 シェリーに一緒に寝て欲しいと頼んでも、きっと彼女は、つんとそっぽを向いて「お子様ね」と取り合わないだろう。

 それを見越して頼み込んでみるか、眠らずに朝まで過ごすのか。シモンは、ぐるぐると考えを巡らせる。自尊心と恐怖心を天秤にかけて「う~ん」と小さく唸り、布団の中で逡巡(しゅんじゅん)する。


 とにかく。

 気を紛らわせたいシモンは、シェリーと話がしたい。

 シモンは、シェリーに部屋に来てもらうにはどうしたらいいのか考え始めた。

 ふわふわのクッションと暖かな毛布を用意し、ホットミルクを作ったらどうか。

 シェリーが部屋でくつろぎ、ホットミルクを飲んでくれたらその間に眠れるかもしれない。

(……よし!)

 ブランデー入りホットミルクでお願いしてみようと、小さな決意を固めたシモンは、ベッドから上体を起こす。

 安眠を確保するために、シェリーを探しに行くことに決めた。


 ベッドから足をするりと滑らせて床に下りたシモンは、薄い寝衣一枚。

 私室を出ることから胸に薄布を巻こうか、少しの間迷う。

 そして。

(深夜だし……、少しの間だけだから大丈夫、だよね)

 迷いながらも、眠る時間惜しさから着替えることを諦めたシモンは、寒くないように掛布団を頭から被る。顔だけ出して、くるん、と掛布団を身体に巻き付けた。


 窓の外には月明りもなく、部屋の中は完全に真っ暗だ。

 シモンは、机上に置かれた手燭(しゅしょく)を見遣るが、布団を被っていることから炎を扱うことは躊躇われた。

 灯りがなくとも、私室からキッチンまでだったら壁伝いに行くことはできるだろう。

 真っ暗な部屋の中。シモンは早鐘を打つ胸を掛布団の上から押さえ、机上のぬいぐるみの方を意識しないよう、扉に向かってそろそろと歩を進める。

 注意深く、そうっと扉を半分ほど開けると――。


 ぎ、しぃいぃぃぃ……。


 ――微かに扉が軋む。

 扉の音が鳴りやんだ後、しばらく耳をそばだてたシモンは、そろり、と部屋を抜け出した。

 廊下の壁に手を這わせて、靴底の音を立てないように、ゆっくりと進む。

 少し進んで立ち止まった。

「……シェリー」

 出来る限り声を低く潜めて、ぽそっと呼ぶ。

 耳をそばだてて、音を探る。

 首を巡らせ、じっと目を凝らすシモンは、闇に浮かび上がる銀色の被毛を探す。

 セオバルドの部屋の前は、殊更に音を立てないよう注意して、静かに、静かに通り過ぎる。

 通り過ぎる際に立ち止まり、声というよりも空気の漏れるのにも似た微かな声で囁く。

「シェリー……」

 その場でしばらく耳を澄ますが、シェリーの声も涼やかな鈴の音も聞こえない。

 セオバルドの部屋には、いないのだろうか。

 それなら。

(キッチンかな?)

 火が消えても、暖炉の前はしばらく暖かい。

 もしかしたら、そのまま寝入ってしまったのかもしれない。


 シュル、シュルル……。

 掛布団を引き摺るシモンは、音を立てないようつま先を滑らせ、慎重にセオバルドの部屋の前から移動した。

 

 階段に差し掛かると、シモンは手すりに掴まりつま先で足許を探る。一段一段ゆっくりと体重を移動させ、靴底の音が最小限になるように注意を払う。

 踏み外さずに、最後の一段までを下りきった。

 キッチンの前に立ち、通れる分だけ薄く扉を開き、部屋の中へと身体を滑り込ませる。

 真っ暗なキッチンを手探りで暖炉の方へと進み、小声で呼んでみる。

「シェリー……?」

 炎の消えた暖炉の前は冷え切っていて、シェリーの為に用意したクッションの上に温もりはなく、もぬけの殻。

 当てが外れてがっかりするも、諦めきれないシモンは、ダイニングテーブルの下に頭を入れて覗いてみる。

 テーブルの下に身体を潜り込ませ、すべての椅子にそっと手を伸ばしてみるが、温かな妖精猫に触れることはなかった。

「家には、いないのかな……」

 シェリーは、夜の散歩に出掛けてしまったのかもしれない。

 ダイニングテーブルの下で肩を落としたシモンは、深い溜め息を漏らした。


「……こんな時間に、何をしている」

 低いながらもよく透る男性の声がシモンの背後から聞こえて。

 揺れ動くほのかな灯りが、キッチンの床をやわく照らした。


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