赤髪の青年 5
できることなら、ユアンが帰るまで波風立てることなくやり過ごしたい。
切実に願うシモンは、ふたりの青年をそっと見比べる。
ふたりとも歳は同じくらいだろうか。背格好もそんなに違わない。
落ち着いた雰囲気を纏うセオバルドに比べると、ユアンは目許がぱっちりとして表情がころころと変わり、快活な印象だ。
セオバルドに接するユアンの態度や口調には、親しい間柄を窺わせる気安さがあった。機嫌良く明るい顔をするユアンに対して、セオバルドは――。
カップに目を落としたまま、愛想笑い一つしない。嬉しそうにも楽しそうにも見えずに、まったくの無表情だ。
セオバルドが寡黙なのはいつものこと。普段と変わりないといえばそれまでなのだが、ユアンの来訪を歓迎しているようには到底見えない。
温度差のあるふたりの間に挟まれ、シモンは妙に居心地が悪い。
ただ黙って座っているのも気まずくなり、おずおずと話しかける。
「先生、……こちらの方は?」
刹那、シモンと視線を合わせたセオバルドは、持ち上げたカップの中をじっと見据える。
「ああ、ユアンは――」
紹介されるのを待つユアンと、シモンに注視されるセオバルドは、カップに口を付けてゆっくりと紅茶を口に含み、嚥下する。
小さく一息をついて、簡潔に答えた。
「――幼馴染だ」
セオバルドの簡単な紹介に、ユアンは肩透かしを食らったような顔をする。次いで、不満を噴出させた。
「はぁ? それだけ? 集約しすぎだろっ! そこはお前、物心ついた頃からの無二の親友であるとか、同じ師を師事して苦楽を共にした相弟子だとか、頼りになる優秀な道具師だとか、もっと言いようがあるだろう」
「……」
ユアンは少し声を大きくして捲し立てるが、セオバルドは顔色一つ変えず、歯牙にもかけない。
ふたりの温度差が、甚だしい。
(い、痛々しい……)
胸の内でこっそりと呟いたシモンは、そっと目を逸らして伏せる。
ユアンの自己紹介が事実だとしても。本人が自ら口にすると、一方的で空虚な響きを帯びて聞こえるから不思議だ。
一抹のやるせなさを覚えたシモンは、次の話題を探す。
「あの、相弟子って……?」
道具師を名乗るユアンは、元々セオバルドと同じ牧師だったのだろうか。
それとも、セオバルドが牧師になる前に道具師だったのか。
「ああ、俺は道具師に転向したんだよ」
ふくれっ面をしたユアンはテーブルに頬杖を付き、じとっとした目付きでセオバルドを軽く睨む。
「一年くらい前にふらっといなくなって、ずっと連絡一つ寄越さないでさ。どうしているかと思ったら急にやって来て、助手を取ったからあれこれ用意しろっていうじゃないか。しかも、注文が細かい。で、肝心の助手って奴について聞いてもはぐらかすしな。だから、一度見に来た」
溜め息を一つ零したユアンは、部屋の中をぐるりと見回す。
セオバルドの暮らしぶりや、助手となったシモンを見に来たというユアンの口振りは、確かに友人を案じるものだった。
手許のカップに目を落としたまま、セオバルドは静かに口を開いた。
「……面識のない個人の内情なんて、本人のいない所で話すべきじゃないだろう」
「浅いところでいいんだよ! 名前、性別、年齢、話せることなんていくらだってあるだろう。……ほんっとに融通が利かない。それなら、どうしてこの間一緒に連れて来なかったんだ? こっちだって、こいつの為に道具を用意する手前、どんな奴なのか知っておきたい」
セオバルドを軽く睨めつけるユアンは、至極当然だろうと言い捨て、持ち上げたカップを口許に寄せる。
反論されたセオバルドは眉をひそめて、微かに苦い顔をユアンに向けた。
「……知らないと、仕上がりに不安を覚えるような腕の道具師だったのか」
「使い手のことを知って作った方が、断然良い物ができる。知らなかったら上級品、知って作れば極上品ってな」
ふふん、と鼻で笑うユアンは得意げな顔をする。ちくりと刺すセオバルドの言葉をさらりと躱して、シモンに視線を流した。
「で、どうだ? セオバルドの所にいるのは慣れたか?」
「はい……」
話しかけられて落ち着かないシモンは、まだ口を付けていない温かなカップを両手で包み込む。警戒が解けずに俯きがちになりながら、目だけをユアンに向けた。
「そうか。精霊の種は役に立ったか? ……っと、結果は言わなくていいぞ」
ユアンは、シモンからセオバルドに視線を転じて、にぃっと笑う。
――精霊の種?
「え? あ、はい」
声音を高く変え、シモンはぱっと顔を上げた。
ユアンの言い回しから、精霊の種を用意した道具師が、彼だと知った。
シモンが関心を示すと、ユアンの声は楽しげに弾む。
「セオバルドと俺も、育てたことがあるんだ。……えぇと、あの時。俺もお前も、歳は六つくらいだったか?」
記憶が曖昧なのか。言い淀んだユアンは天井を仰ぎ、確認するようにセオバルドに話を振る。
「……ああ」
セオバルドが相槌を打つと、頷いて応えたユアンは、唐突に閃いた顔をする。
「そうだ。シモン、俺の精霊が何だったか当ててみろよ」
思いつきで謎かけをする、軽口めいた口調で言った。
ユアンに期待と好奇の入り混じる眼差しで見つめられ、シモンは若干引き気味に目を瞬かせる。
「えぇ?」
精霊の種は育てる人間の性質、どこか似通った部分を映して形を得るという。しかし、さっき会ったばかりの人のことなど、わかるわけがない。
困惑するシモンは断ろうと薄く口を開くのだが、ユアンが声を発する方がわずかに早い。
「ただの娯楽だ。それに難しい生き物じゃない。割と身近にいるやつだ」
「いや、あの……」
「ほら、早く」
当たるかもしれないから言ってみろと急かすユアンは、口をつぐむと待ちの姿勢をとる。
娯楽だと言い切り、ほのかに笑みを浮かべて待つユアンは、答えを外したからといって機嫌を悪くすることはなさそうだ。
それなら、とシモンは軽く握った掌を顎に当てて、小首を捻る。
出会った時の印象を、知っている生き物に当てはめてみる。
シモンが蝶であったのだから、昆虫もあり得る。
――蜂、てんとう虫。
だが、昆虫の性質に詳しくないから、ユアンと重ね合わせることができない。
魚……っぽくない。
爬虫類かもしれない。
――蜥蜴。
ちらりとユアンの顔を見遣り、しっくりこなくて眉尻を下げる。
鳥は、どうだろうか。
小鳥ではなくて、もっと大きな烏や、梟……。
「うぅん……?」
シモンが眉をひそめて考え込むと、ユアンは可笑しそうに、くっくと笑った。真剣に考えているのに笑われたシモンは、なんだか面白くない。
当てて吃驚させたい。
密かに決意し、テーブルの下で、ぎゅっと拳を握った。




