精霊の種 4
「……どうしたら、こんなことになるんだ」
花の咲き進む様子に目を奪われていたシモンが、セオバルドの声に、はっと我に返った。
「先生」
灯りの点るカンテラを翳したセオバルドは、蔓に絡まったシモンと、家の屋根よりも高く伸びたエメラルドグリーンの太い茎を交互に見比べて、難しい顔をしている。
セオバルドの後ろから現れたシェリーは、ととと、と植物とシモンの脇をすり抜けて、先程の木に登り直す。
高いところにある細枝にちょこんと腰を下ろし、梟のように丸くなると、高みの見物を決め込んだ。
「どうして絡まったんだ……?」
「ちょうど、種が育つときに手で掴んでしまって」
伸びた蔓が絡まってしまいました。と、ばつが悪い顔をしたシモンは、もごもごと歯切れ悪く答える。
「今、蔓を解くから」
渋い顔をしたセオバルドは、シモンの身体が急に落ちないよう片手で支えながら、手首や腕にくるくると巻き付いている蔓を指で丁寧に解く。解きながらシモンの足を見て目を瞠り、表情を固まらせる。
「どうして……、裸足でいるんだ?」
「あ……、それはちょっと。木に登っていたので」
靴はほら、あそこに。とシモンはすぐ隣に生えている木の根元を見遣る。
「木に、登っていた……?」
シモンの視線を追い、靴を見つけたセオバルドは、そのまま木の根元からシェリーのいる枝まで視線を這わせる。
理解できない。セオバルドはそんな面持ちで口を開く。
「木の上で発芽したのか?」
「え?」
どうだったろうか。
発芽したのが木の上だったのか、空中だったのか。いまいちよく覚えていない。
「ええ、まぁ……、多分」
そんなに大差はないはずだと、シモンは曖昧に答えた。
視線を戻したセオバルドは、シモンの頭上に咲く満開の花を見据えて、首を傾げた。
「いろいろと、大きさがおかしい……」
独りごちて、考え込むように眉をひそめる。
解いてもらって自由になった片手の人差し指を顎に当てたシモンは、「んー」と小さく唸り、一つの心当たりを口にする。
「鍋で……、茹でちゃったからでしょうか?」
「……茹でた?」
蔦に絡まりぶら下がっているシモンは、長身のセオバルドと目の高さが合った。
間近で深い海を思わせる青い瞳を大きく見開き、想像以上に驚いた顔をするセオバルドに、シモンは慌てて付け加える。
「ちょっとだけ……、なんですけど」
セオバルドが緩く首を横に振った。
「それは、関係ないだろう。元々が魔石――、鉱石なのだから、多少茹でたくらいで変質するとは考えられない」
きっぱりと否定したセオバルドは、シモンに絡まる蔓を解く指に目を落とし、考えを巡らせているようだった。
「そう、ですか」
理に適った説明に、納得してシモンは頷く。
木の上のシェリーは、どこ吹く風といった顔で知らん振りをしている。
驚くでもないシェリーはきっと、精霊の種が鍋で茹でたくらいでは変質しないことをわかっていたのだろう。精霊の種を咥えて逃げながらも、完全にシモンを撒いてしまわずに一定の距離を保っていたことといい、揶揄っていたのだ。
けれど、木から落ちる寸前に「危ない」と掛けられた声は、シモンの身を案じるものだった。
悪意を持たれているわけでも、嫌われているのでもない。
少しは同志として受け入れてもらえただろうかと、嬉しくなったシモンは、はにかんで微笑む。
それに、結果的に精霊の種が外で育って、本当に良かった。
もしもあのまま、室内で精霊の種が育ち始めていたら、今頃キッチンの屋根はなかったはずだから。
身体に巻き付いていた蔓から解放されて足が地に着くと、シモンは振り返り、大きく育ったエメラルドグリーンのうねる茎を、根元から眺めた。
夜空には、銀の砂粒を散りばめたように星が瞬き、細い糸を思わせる月が懸かっている。
月明りは乏しいが、太いエメラルドグリーンの茎は柔らかな翠に発光して、暗闇の中で存在を主張する。
シモンは、地表に這う根の代わりとなる、蔦のようなものに足を掛けて乗り、白くほのかな灯りを湛える大輪の白花にそっと手を触れた。
「……このまま実になる」
セオバルドの言葉通り。
満開に咲き誇っていた白花は、シモンの前で、はらはらと花弁を落とし始めた。
花弁の落ちた萼に、ぷっくりと丸い白く小さな実が覗く。
小さな白い実は、空気を注ぎ込まれたかのように、するすると楕円に膨らみ大きくなる。
丁度、シモンが両手を回して抱えられるほどの大きさになると、実は、ぴたりと成長を止めた。
実の大きさが定まると、淡い翠の光を放っていた太く捻じれた茎や蔓、勢いよく茂っていた枝葉は発光を止めて艶を失う。冬を迎える草のように、みるみるうちに茶色く枯れ始めた。
茎を支えていた蔦が、柔らかな腐葉土となったことに気づいたシモンが、一旦セオバルドの許へと戻る。
かさ……、と上の方から色褪せた茎がゆっくりと崩れ落ちてきた。
捻じれて絡んだ茎をほどきながら、くるくると円を描くようにして、地表にまるく囲いを作る。
色褪せて乾いた葉が、崩れた茎に被さる。
それはまるで。
(……大きな鳥の巣みたい)
ふかふかに出来上がった丸い鳥の巣らしい物の中心に、唯一白い光を湛えた実が最後にぽとり、と落ちた。
枯草色の枝や葉に受け止められた楕円形の白い実は、丸い巣に産み落とされた卵のよう。
もはや卵にしか見えないそれに近寄り、屈んだシモンは興味津々に眺め下ろした。
「触ってみてもいいですか?」
振り返り、背後に立つセオバルドが頷くのを確認したシモンは、そろそろと手を伸ばして実に手を添えてみる。
「……硬い」
撫でてみると、つるりとした卵の殻のような感触だった。
殻の内側には自分の精霊がいて、これから生まれてくるのだと思うと、シモンは期待に弾む心を抑えきれない。
「先生、精霊はどんな形で、いつ孵るんですか?」
そわそわとして落ち着かないシモンに、セオバルドは頬を緩める。
「術者の性質を映す精霊の姿は、虫から動物まで様々だ。その状態になったら、もうすぐ孵るよ」
セオバルドが言い終えないうちに。
白い光を湛えていた実が、淡い金の光を放ち始めた。
確かに硬い手触りだった外殻が、小さな光の粒となって浮かび上がり、煌めいては宙にほどけて消えていく。
外殻のすべてが光の粒となって消えると、そこには卵型の白い半不透明な薄い皮膜が残されていて、内側で何かがふわふわと動いて揺れている。
ほわほわと内側から動かされ、柔らかに波打つ薄い被膜が、ぴりっと小さく破けた。
破れた被膜の内から、光沢のある深い碧の翅が覗き――。
「え? わぁ……!」
――次々と碧い蝶が宙に飛び出し、ひらめいた。
「……碧い、蝶」
隣に立つセオバルドが、溜め息にも似た重い声音で囁くのが聞こえた。
「凄い、……沢山」
幾頭もの碧い蝶が辺りを飛び回る様子に、目が奪われる。
魔力によって形作られ、ほのかに発光する碧い蝶たちは、お互いの柔らかな光を碧い翅に映し、羽ばたく度に碧とも翠ともいえない煌めきを弾き返す。
「孵る精霊は、一つだと思っていました」
「ああ……」
ひらひらと舞う蝶から視線を落とし、黙考していたセオバルドが、シモンの声に小さく頷く。
近くに寄って来た一頭の蝶を、セオバルドはそっと指で捕らえる。
捕らえた蝶を掌に乗せ丁寧に魔力を探ると、蝶は細かな光の粒に変わり、さらり……と形を崩す。
蝶の代わりに掌に取り残された光の粒は、ふわりと宙に漂い、闇の中にとけて消えた。
セオバルドは、黙ったまま。
「……どうですか?」
精霊が孵る時とは違い、期待よりも不安を滲ませた表情で、シモンは結果を尋ねた。




