エピソード・侯爵はお爺様
ハルが、初めての子供を出産した時のことだ。
その日、ラナンクル侯爵=デュラント・シルバ・ラナンクルは、必要以上にそわそわし、孫娘の世話を焼いていた。
ここは、ラナンクル侯爵邸。
ハルは里帰り出産の為、祖父の元に戻って来ていた。
「侯爵様…そろそろ陣痛が始まっているので出て行って下さい!」
傍にいるステラや産婆と控える医師に注意を受けて、侯爵であるデュラントは、半ば無理矢理部屋の外へ連れ出された。
その間際に、自分が辛いのにも拘わらず、孫娘は彼に声を掛けた。
そういうところも、ハルは妻によく似ている…。
侯爵は余計に顔を歪ませて彼女を見る。
「お爺様…私なら大丈夫です。安心して、外で待っていて下さい。次に顔を見る時には、あなたの曾孫を抱いていますからね…。」
「ハル…ハル…どうか無事でいて。」
侯爵は孫娘の優しい言葉に感動したが、依然心配は冷めやらず、部屋の外でも行ったり来たりを繰り返しながら、時折涙を溜める。
初めてのお産だからとはいえ、侯爵は、男だというのに、少々、心配が過ぎる。
見れば、小刻みに震えているのだ。
侯爵・デュラントの若い頃を知らない者は、情けないと思うかもしれない。
領地に、丁度視察に出ているハルの夫・フォルテナ伯爵でさえ、そこまで緊迫しないのではないだろうか?
当然、今は視察先の領地から、伯爵もこちらに向かっているとの情報を得たが、侯爵の取り乱しようは尋常ではなかった。
それはその筈。
ハルは、唯一の侯爵に近い身内であり、孫娘だ。
侯爵である、デュラントには、彼女を失ってしまうと誰もいなくなってしまう。
彼がハルの出産に、必要以上に怯えるのにも、わけがあった。
精神的に不安定もなっているその事情は、過去にさかのぼって、妻・ディアナの出産にある…。
侯爵の今は亡き妻、ディアナは体が弱かった。
とある事情で妻は御霊に傷を持っており、若い頃から女神として無理の利かない体だったのだ。
娘であるラズベルの出産は、彼女が『どうしてもデュランの子供を産みたい』という願いから、強引に生むことを決意した…彼女のたった一つのワガママだった。
だから、侯爵と妻は仲睦まじかった割には、ラズベル以外の子供を作らなかったのである。
それ以上はディアナの体が耐えられなかったからだ。
当然、ディアナがラズベルを生むことは命がけだった。
妻には言えなかったが…デュラントにとって、彼女の出産の日のことは、トラウマになるほどだったのである…。
誕生したラズベルのことは感動して、この上なく可愛がったが、もう二度と妻に子を産んでほしいとは思わなかった。
(勿論、本人の前では決して言えなかったが…。)
そして、その時の不安な気持ちがハルの出産で甦ったのだ!
元から、デュラントはハルを心配していたわけではない。
当初は、ハルに子供をたくさん作ってもらい、そのうちの一人に侯爵家を継いでもらいたいと思っていたので、バンバン生んでほしいとさえ考えていた。
しかし、この期に及んで、いざ、出産となると…。
なぜか、急に過去の妻の出産時の記憶が頭をかすめだす。
ハルはディアナによく似ていたことと、初めての出産であるために、侯爵は酷く心配になったのだ。
妻と孫娘が重なって、ハルが健康であることは知っているのに、どうしても『何かあったらどうしよう』と居ても立っても居られなくなってしまう!
結局、妻のディアナは、しばらく寝付いたものの、出産で命を失うことはなかったが、彼女は侯爵よりずっと若いにも拘らず、その後、数百年の幸せな時を過ごして、デュラントを置いて先立ってしまったのだ。
結婚した当初から、ディアナの体が弱いことは知っていたが、神力の高さゆえ寿命が長い自分の方が、既にかなりの年上だったこともあり、デュラントは当然、自分の方が先に冥界神の任務を終えて、神々の休憩地点に旅立つと思っていた。
周りの者だって、そう思っていた筈だ。
見た目にはわからないが、デュラントはディアナの父親よりも年上で…お爺ちゃんと言われていもいいほどの年齢だったのだから。
だから、うんと若いディアナをもらった時、彼女の体が弱いことを知っても、残っている自分の寿命を考えれば、丁度いいと思っていたのである。
さすがに寿命の短いディアナでも、神生のほとんどを過ごしてしまったデュラントよりは寿命があるのだと…いや、ある筈だったのだ。
そして、自分を含めた誰しもが、デュラントがディアナに看取ってもらう立場だと考えていた。
それが蓋を開けてみれば…。
ディアナの方が、自分より早く召されてしまったのだ!
デュラントは自分がディアナに看取ってもらうと信じていたのに…。
デュラントは妻を心から愛していたために…存在するすべての世界の中で…一人ぼっちになってしまったように感じた。
そして、ラズベルや家令を含む使用人達…親しい者の声、当然、長い付き合いだった冥王の声すら聞こえなくなった…。
彼女を失ってからも、なお残っている自分の長すぎる寿命が憎らしかった。
冥王の次をしのぐ公爵達と互角にやりあえるだけの大きすぎる神力持ちのせいで、デュラントは数年に渡り苦しんだ…そんな中…一人娘のラズベルが現人神の男と恋に落ちたのだ。
娘が、現人神と恋に落ちたのは、自分に落ち度があったからだ。
精神状態の落ち込みから、まともじゃなかった自分は、ラズベルに目がいかなかったのである。
自分が眼を離した隙に、娘は人間界に出かけていた…。
今となっては、ラズベルに懸想する冥界の男が、侯爵の目の届かぬ地上へラズベルをうまく誘い出したのだということがわかったが、結果、その冥界男も現人神と娘が恋に落ちるなど予想していなかったのだろう。
どちらにしろ、自分に非があったにも拘らず、デュラントは娘を家から追い出してしまったのだ。
そして、シャンディル・ビーノスに命じて、ラズベルと相手の現人神の男にできるだけの嫌がらせをした。
デュラントは、二人がすぐに尻尾を巻くと考えたが、二人の愛は強かった。
当然だ。
神々はお互いに一途だし、地上の神は純粋で、冥界の女神ラズベルは自分に似て、相手を思ったら粘着質なのだ…手放すわけがない。
そんな当たり前のことが、わからなくなっていたデュラントは、簡単に二人の仲を裂こうと考えた。
だが、すぐに後悔した。
ラズベルが自分達から、完全にゆくえをくらましてしまったのだ…。
当初意地を張っていたが、娘の姿が消えてから何年も経てば、焦りも感じた。
来る日も来る日もラズベルからの連絡を待った…。
やがて、失ったものの大きさに、打ちひしがれながら、自分の過ちに気付く事も無く、デュラントは死を待つようになった。
ある日、娘の気配が…消えさり…存在自体が世界から消えたのだ…。
不運な事に、娘は妻より遠い所に行ってしまった。
妻とはいずれ会えるが(それでも束の間の別れが辛くて打ちひしがれいたくらいなのに)…娘とは、永遠に会うことが叶わなくなってしまったのである。
全てが自分のせいだと思うと、今更、妻に合わせる顔も無い…。
大切な娘を…彼女が命懸けで産んでくれたラズベルを…自分のせいでグレートソウルの一部へと…消し去ってしまったに等しいのだ!
デュラントはこのことで、既に御座なりだった領地運営さえ、まともに行う気も起きず、冥王に爵位の返上を求められるのを待った。
ついに枯れるように、眠る日が続いて…すっかり寝台から離れられなくなっていたある日。
展開される筈の無い魔法陣が、ラナンクル領の空一面に広がって鮮やかに浮かべ上がるのを窓の外に見止め、驚きに目を凝らす。
それはラナンクル侯爵の直系の者にしか描けない魔法陣であり、この冥界で自分とラズベルしか知らなかったものだ。
「どういうことだ?」
デュラントは、ゆるゆると体を起こした。
それから数刻。
魔法陣の謎が解けることになる…。
侯爵邸に久しぶりに冥王の命で訪れた客がやって来たと家令から報告を受けたのだ。
家令は、自分に変わって、客人をもてなして良いか聞きにデュラントの部屋に訪れたのだった。
デュラントは、首を縦に振るが、客人たちが着いたであろう瞬間から屋敷の様子が部屋の外からでもわかるくらい、明るく活気に満ちていたのを感じ、気になっていた。
久々に客が来たので、使用人達も張り切っているのだろうと思ったが、不意に感じる微かな客人の出す神気がどこか懐かしく、自分に心地よいものを感じ、しばらくして、そっと家令が部屋を訪れると…驚くべきことを耳にする。
先程の魔法陣を展開したのが、客人のうちの一人だということと、その客人の正体が、驚きの事実に結び付いたというのである。
家令のシャンディル・ビーノスは涙を浮かべて言ったのだ…。
ラズベルに娘がいたのだと!!
刹那、空に展開された魔法陣に合点が行く。
けれど…自分はその後、再び、過ちを犯してしまった…。
過去にも自分の過ちに気付く事無く、寝付いていたせいで…たった一人の娘の忘れ形見に、酷い言葉を浴びせてしまうのだ…。
彼女が屋敷を出て行った後で、慌ててやって来る家令に目を覚まされ…ようやくそこで、デュラントは、ゆっくり本来の意識を取り戻して行った。
自分に孫娘がいた…。
それから、デュラントは戸惑いながらも、ラズベルの娘が気になっていた。
思い出されるのは、たった一度だけ見た孫娘の姿だ。
自分が知らない間に、既に成長してしまっていた孫娘は愛らしく、妻によく似ていたのだ。
そして、自分の瞳の色を受け継いでいた…。
それは紛れもない冥界での神力の強さを物語っている色だ…。
同時に自分と会った後に、窓から覗く悲しさに沈む孫娘の後姿が、屋敷の門をくぐり抜けて出て行く瞬間が…頭にチラついて、デュラントは強く胸を押し潰されたような気持ちに陥った。
仕事のできる家令の報告によると、娘はフォルテナ伯爵家で世話になっていて、いずれ人間界に帰る予定なのだという。
それから、数日して、悶々とする中…ビーノスの勧めで、デュラントは家宝の鏡を使い、孫娘の過去やラズベルの人間界での生活ぶりを映して見ることにした。
そして…。
ようやくそこで…再び犯してしまった自分の過ちに気付いたのだ。
数百年越しとも言える己の最大の過ちに…。
一つには孫娘の生き様により、自分の甘えた行動を恥じて、妻の死後の過ちに気付く。
そう、ディアナを失った後…デュラントは立ち直って残った者のために寿命の続く限り、己の職務を全うするために生きなければいけなかったのだ!
それなのに、周りが何も見えなくなった…。
二つ目に、ラズベルについて。
ラズベルは幸せであったことと、自分が彼女の意志を反対すべきでなかったこと。
三つめは、自分の孫娘への態度。
己の姿を見て、デュラントは羞恥でいっぱいになった…。
そして、やっと…目を覚ましたのだ。
本来の自分を取り戻して…。
今度こそは失敗しない…まだ間に合う。
最後のチャンスを孫娘が自分に与えてくれたような気がした。
思った通り、その後は今に至り…孫娘はもう一度、侯爵が侯爵らしくあるために、デュラントを幸せにしてくれたのである。
その孫娘が…初めての出産で。
デュラントは今、ディアナを重ね、震えているのだ。
臆病なことだが…もしここで、ハルリンドに何かあればどうしようと…。
そんな可能性はないに等しいのだが…そう思っていたのに、過去、デュラントは妻に先立たれた。
振り返るとデュラントの過去は、思いも寄らぬことばかりで、妻も娘も失った。
孫娘だって…あり得ないようなことで…失うかもしれない。
そう思えば、落ち着いてなどいられないのだ。
侯爵は完全に、大切な者を失うことに対する恐怖で、強迫観念に駆られていた。
いらぬ心配だと自分に言い聞かせながらも、デュラントはその後も部屋の前で手に汗を握り、目を瞑って、用意させた椅子に座り続けている。
小さな震えも止まらない…。
しばらくして、連絡を受けたフォルテナ伯爵が侯爵家に訪れ、デュラントの前に姿を現した。
「デュラン…ハルの様子はどうですか?」
「アスター君か…正直怖いよ…ハルは大丈夫だと言ったが、僕は追い出された切り、もう何時間も音沙汰がない…彼女に何かあったら僕はどうしたらいいんだ…。」
「何、弱気な事言っているんですか?あなたらしくもない…お爺様。ソレは私のセリフです。」
「どさくさに紛れて…お爺様って言うなよ。君みたいな繊細さの欠片もなさそうな男が、僕のように気を病むわけないだろう?何が、『私のセリフ』なものか…。」
「はぁ⁈何言ってんですか!私だって妻のことなんだから、心配に決まっているでしょう?あなたより何倍もハルの心配をしているんです!!ついでに、まだ見ぬ我が子のこともです!」
大声を張り上げるフォルテナ伯爵・アスターに、顔を上げたデュラントは、眉を顰め『ケッ』と悪態をついて立ち上がった。
「知った風な口を利くなよ。若造が!一度も大事な物を失った事もないクセに!!」
「とんでもない!!私は母を失った時、天地がひっくり返るほど泣きましたよ!アンタこそ、人(神)を見た目で判断しないで下さい。母は本当に失われるべき方ではなかったのだ…正直、父はどうでも良かったんですが…。」
「なんだそりゃ⁈マザコンめ…というか、父はどうでもいいって…君、やっぱり、どんだけ薄情者なんだよ。父上に同情する…。」
「失礼な!デュランこそ、周りに依存しすぎですよ。いい加減に、もはや先祖って言える歳なんだから、自立して下さいよ…侯爵閣下は、ハルよりも自立ができていませんよね。」
「何を言っているんだ…君は。」
「だって、ハルがいなくちゃどうしようって…子供のセリフですよね?大人の男ならば、何かあっても自分がいるから大丈夫だという所を見せるべきではないですか?周りには心配ないと…。」
「っつ⁈」
デュラントは、アスターの言葉に殴られたような感覚を受けた。
アスターは続いて義祖父に言った。
「私の父はそういう男でした。いえ、代々フォルテナ伯家では、そう教えられています。ですから、私は仮にハルを失って辛くとも、いつまでも泣きません。本当は泣きたくても、彼女の分、彼女が大切にしたものを守って行かねばならんのです。」
「…そうか、そうだな。」
「それに今は、彼女を勇気づけなければなりません。デュランがそんな弱気では、ハルだって不安になってしまいますよ。お爺様、どうぞ、気をしっかり持って下さい。私も付いていますんで…。」
そういうと、アスターは血は繋がらなくとも、『もう家族でしょう?』とムサイ大男とは思えないような爽やかな笑顔をデュラントに向けた。
こういう所は天使系の母親の血なのだろう。
一瞬、冥界の武骨騎士が…天界の生き物にすら錯覚してしまい、デュラントはゴシゴシと自分の眼を擦った。
気付くと、デュラントの手の震えは止まっていた…。
それから、しばらくして。
「オギャアアアァァァッ!」
という声が、屋敷に響き渡り、赤子の誕生が知らされた。
出て来た医師が、嬉しそうにデュラントとアスターに『男の子ですよ!』告げる。
「男の子⁉ヤッタ!!曾孫か。」
(デュラント)
「息子⁈よし、後継ぎだな!」
(アスター)
そういって、小さく叫び声を上げる二人に産婆が声を掛けると、二人は先を争うように促された部屋に入って行った。
「ハル…よく頑張ったな!ありがとう!!」
アスターの声に、重大な仕事を終えたハルが寝台の上で弱々しく微笑んだ。
やはり初めての経験は、かなりの神力を費やしたこともあり、疲労しているのが見て取れる。
しかし、ハルの横で寝入る小さな赤子を抱く手は優しく、彼女はとても喜びに輝いていた。
「ハル…不甲斐ないお爺様を許してくれ。取り乱してしまって済まなかった。それと、無事に生まれて本当に良かった。」
「お爺様…心配してくれてありがとうございます。私をこんなに心配してくれるのは、お爺様しかいないわ…嬉しかったです。」
「ハル…!!」
その言葉に感無量といった顔をして涙を滲ませる侯爵閣下の横で、アスターは持っていたハンカチに、悔しさを滲ませたように噛みついている…。
そんな姿に眉を下げたハルは、伯爵である夫にも声を掛けた。
「アスター様も…領地から急いで駆けつけて下さったのでしょう?この子も私も、幸せ者ですわ。あなたがいるから、私もいつも不安を感じずに頑張れるのです。」
ハルの声に、噛みついていたハンカチを離し、夫はオイオイと泣き出した。
「ハル、そう言ってくれて…ありがとう!デュランには偉そうなことを言ったが、私だって不安だったのだ…。駆けつけている間に、君に何かあったらどうしようかと思ったりして…。」
「アスター様…。」
「だが、男たる者…そんな姿を見せてはいけないと父に言われて育った。私は常に、頼られるべき存在でなければならぬのだと…やせ我慢していたが…本当はずっと怖かったのだ。君と子供がともに無事で、本当に良かった!」
アスターは言いながら、今度はデュラントと逆に震えていた…。
何とも似た者同士の婿、舅である…。
「ありがとうございます。アスター様…いつも強くて逞しいあなたでいてくれて…。でも今は…私の前では泣き言だって、言っても構わないんですよ?」
ハルが優しく声を掛けると、アスターは妻と赤ん坊を抱きしめるように覆い、『わんわん』と男泣きをした…。
医者は部屋の外に出て見ぬフリをしたが、室内では産婆とステラが呆れて顔を見合わせている。
ハルは、にこやかに…そして、幸せそうに微笑んだ。
それからデュラントは、吹き出しそうになるのを堪えながら、アスターに声を掛けた。
「そう泣くな…アスター君。子供もめでたく無事に生まれたんだ。ハルの言葉に甘え過ぎだろ。これでは大人の男どころか、子供のようだぞ?仕方ないな…今日からは、君もお爺様と呼んでくれていい。」
侯爵閣下の耳を疑う言葉に、今まで泣いていたアスターは、泣くのをピタリと止めて、訝し気にデュラントを見やる。
「君は良い年の大人の男のクセに…子供のようだから、ここにいるお爺様が色々と面倒を看てやると言っているのだ。」
侯爵の言葉にアスターはハンカチを片手に顔を拭きながら言った。
「どうしたのですか…お爺様。気持ち悪いですよ…あなたがそんな…お爺様。どういった風の吹き回しで…?お爺様。」
「呼んでも良いと言ったが…言いすぎだ。アスター君…曾孫の誕生で、僕らも本当に家族らしくなったと感じただけだ。深くものを考えるな。さて、僕は少し外に出るよ?夫婦、水入らずで感動シーンを再現すると良いよ。邪魔者は消えよう…。」
デュラントはひらひらと手を振りながら、ハルに『後でまた様子を見に来るから!』と言い残して、部屋を後にした。
何時間も部屋の外で孫娘の無事を祈り続けたにしては、颯爽と去って行った侯爵に、アスターは狐につままれたような顔をして首を捻っていた。
「ハル…デュランは、お迎えが近いということはないよな…?」
そう口にするアスターの太腿をハルが片手で『ビタン!』とぶった。
「そういうことを言わないで下さい!!」
妻に叱られる大男がその後、室内でへコヘコする姿を…ステラと産婆は横目で見ながら、母子の世話のために動き始めていた。
その頃、室内を出た侯爵・デュラントは、赤ん坊誕生の報告を受けて、挨拶に来た家令のシャンディル・ビーノスに『クスリ』と笑み零して呟いた。
「若造に…教えられてしまった。年ばっかり取ったが…僕は、まだまだだな。自分の寿命が長い理由がわかったような気がしたよ…。」
「ええ、まあ…いつまでもお若いのですから…あなたの場合は良いのでは?」
「どういう意味だね…?」
「いえ、さて、しばらくは屋敷も大賑わいですね!活気があって結構…さて、ハルリンド様に私もご挨拶してこようかな…?」
「逃げるな!ビーノス。」
次の侯爵の言葉が口から出ないうちに、ハルのいる部屋に逃げ込む家令の背中に、デュラントは言葉を投げつける。
「まだまだ、僕は現役だからな!お前も、引退できるとは思うなよ?」
シャンディル・ビーノスはその背中をビクリと震わせた。
その様子を黒く笑いながら、デュラントは踵を返す。
「さて、いつかディアナに会った時に…彼女に褒めてもらえるようにしないとね…?」
デュラントは、鼻歌を口ずさんで、ゆっくりと妻と娘の愛した庭を眺めながら歩き出した。
「大きなのっぽの古だぬき~、おじいさんはたぬき~♪…あれ、歌詞、どうだったっけ?ラズベルに歌ったのが昔すぎて、忘れちゃったなぁ~まあ、いいやぁ~♪曾孫が大きくなったら歌ってやろう♫」
チクタクチクタク…。
シルヴァスのお話を『別連載』で書かせて頂いています。
→春の嵐に恋の風(現人神さんたちが主役の世界)
相変わらず誤字脱字等、ご迷惑をお掛けすると思いますが、こちらもアクセス頂ければ幸いです。
すみません…宣伝でした。
※誤字報告して下さった方、ありがとうございました。(感謝です!)
また、完結後にも誤字報告いただいた方々、重ねて本当にありがとうございます。




