『体育館裏で待ってます』
僕が通うのはどこにでもある公立高校。偏差値もそれなりで、割と街の中にある事を除けばこれと言った特色は無い。
僕が通っていた中学校からそのままこの高校に通う人が多く、いつもつるむ顔ぶれはあまり変わらないでいた。
その最たるが卯月であるが、勿論、それ以外にも僕に友人はいる。
この3日で顔を合わせていない、或いは合わせているのだろうが僕が気づかず、随分と懐かしく感じた。
友人は深く狭くな僕にとって、割とダメージが大きいことは言うまでもないだろう。
尤も、今の僕の交友関係は猫の額よりも狭く、水溜りよりも浅いのだろうけど。
…駄目だ。折角妹との関係改善にいい風が吹いてきているのに、こう落ち込んでは縁起が悪い。
…よし、ひとまずは教室に向かおう。
気まずいとか、なんか顔合わせにくいとか、そんなのはお前のせいだ如月睦月。
自然体を粧え、気を使わせるな。
そう意気込んで、昇降口に足を踏み入れる。
今日は遅めの登校、靴箱には大体の靴が揃っていた。
視線は靴箱の上の方を向いていた。無意識にた行を見ている事に気がついて、誰も見ていないのに目を逸らす。
逸らしたけれど、『月影』の靴箱から学生らしい茶色のローファーが顔を覗かせていたのは、しっかりと目に映った。
喧嘩したわけじゃない。それに、気まずいと思っているのはきっと僕だけだ。
自意識過剰もほどほどにしなければ身を滅ぼす。
…さっきの意気込みはなんだったんだよ、如月睦月。
1つ溜息を漏らして、上履きを引く。代わりに今履いている靴を靴箱にしまおうとして、僕の上履きの下から何か落ちたのに気がついた。
「…ん?」
拾い上げてみると、どうやらそれは封筒で、僕の上履きの下敷きになっていたのだろう、少し埃がついている事を除けば綺麗な空色の封筒だった。
差出人は不明。と言うかそもそも、中に何が入っているのかは、うかがえない。
何だろうかと、表にしたり裏にしたりを繰り返していると、五分前の予鈴が鳴った。
「やばっ」
走り始める周りに合わせて、僕も自分の教室に駆け出した。
*****
結局あの封筒を開ける事なく、いつの間にか昼休憩なっていた。
クラスメイトが椅子を引く大きな音で気が付いたようだし、どうやら居眠りをしていたのだろう。
どうも、最近眠くていけない。
小さく欠伸を噛み殺して、朝のうちに買っておいたパンの袋を開ける。
卯月は他の大きな集団で食べているし、卯月以外この世界に来てからまともに話してさえいない。
教室の片隅で、1人寂しく昼ご飯を食べているのは寧ろ当然と言えた。
虚しさを振り払うようにパンに齧り付く。
何かしていないと虚しさが勢いを取り戻しそうで、パンを持っていない空いた手で鞄の中から朝の封筒を取り出した。
それにしても、結局これは何だろうか?
一昨日、僕が下校した後に配ったものだとは考えにくいし、まさか…ね。
封筒ごと、太陽にかざしてみる。
薄っすらと、文字が読めるところがあった。
『今日の放課後、体育館裏で待っています』
思わず封筒を落としそうになって、慌てて持ち直す。周囲に怪しまれないように封筒を机の中にしまった。
落ち着け、落ち着けよ如月睦月。取り敢えず、周囲に悟られないようにトイレにでも行け。
そして個室に篭ってからその封筒を開くのだ。
誰かに見られでもしてみろ。送り主と共に公開処刑だぞ?
いや、寧ろ送り主が分からない場合僕だけ無条件に晒し者にされる。
明後日の方向を見て、机の中から封筒を滑り出す。
周囲に悟られないようにポケットに封筒を忍ばせようと、手を伸ばした時である。
一瞬、教室の喧騒が治る。
ま、まさか気づかれた?…いや、そんな筈は無い。日頃から僕にクラスメイトが注目しているとは考えづらい。
他の誰かが原因である方がよほど現実的だ。
…が、何故かクラスメイト達の視線は僕…、或いは僕に近づいてくる人物に向けられていた。
「…い、いい天気だね睦月君」
「そ、そうだね?」
そう言って僕に笑いかける人物。
肩ほどに切り揃えられた黒髪が美しい少女、月影卯月。僕が一方的に気まずいと思っている幼馴染だった。
どうにも、やはり彼女とのタイミングは良く無いことが多いようだ。
「睦月君…今日、暇…かな?」
「…えっ…と…」
どうしよう。何が正解なのだろうか。
確かに暇ではある、がしかし、僕の手元にはあの封筒。
僕宛で無く、誰かと間違えられた可能性が随分と高いが、ほんの少しの希望が灯っている。
今年で彼女いない歴16年となった僕にとって、例え間違いであろうとも縋ってしまいたい灯だ。
人違いであったとしても、その事を伝えてるのが礼儀だろうし、本当の相手に理不尽な評価を受けさせるわけにはいかない。
その為には、この封筒は開かない方がいいのだろうけど。
「い、いや、ごめんね?無理にとは言わないんだけど、よかったら一瞬に帰りたいな…なんて」
僕としてはその提案に乗りたい。本来、僕の方から歩み寄らなければならないのに、寧ろ彼女の方から友好的に接してくれているのだ。
彼女の提案を無碍に扱うのは、男として、幼馴染として、親友として不義理過ぎる。
かと言って、この封筒を無視することができない僕は本当に救えない。
恋愛と友情を天秤に掛けている時点で既に駄目なのだろう。
だけどそれが如月睦月だと、開き直っている自分もいる。
「…ちょっと、放課後用事があるからさ…えっと、それが終わるまで、待ってもらってもいい?」
「…うんっ!勿論!」
結局、そうやって甘えているから前進しないのだろう。
卯月が元のグループに戻り、再び教室に喧騒が戻ってくる。
先程まで僕に注がれていた視線は、どうやら卯月に移っているようだった。
さしずめ僕は『クラスカーストAの美少女に、幼馴染だと言うだけで話しかけられ、喜んでいる悲しいぼっち』と言うところだろうか。
ちょうど、僕にはお似合いだ。
…何だか眠たくなってきた。
まだ次の授業までは時間があるし、少しだけ……。
*****
気が付けば午後の授業も居眠りで消えていた。
おそらくこんな世界だろうから先生も注意し辛いのだろう。僕の以前の性格が余計に注意をさせにくいのかもしれない。
いくら男性にとって学力がそれ程重要で無いとしても、僕の身分は学生。
学業に勤しまなければならないのに。
「それでは、気を付けて帰るように。そ、その、特に如月を含む男子は気を付けるようにっ!」
「…は、はい」
先生に名指しで忠告を受け、注目を浴びながら返事を返す。
欠伸を噛み殺しながら席を立った。
肩をトントンと叩き、前の席の人物に話しかける。
「…じゃあ、ちょっとここで待ってて、遅くなるようだったら先に帰ってもらっていいから」
「うん。待ってる」
「本当に、先に帰ってもいいから」
こんな僕に歩み寄ろうとしてくれている義理堅い幼馴染だ。
何だか、もし僕がこのまま帰れば明日まで待っていそうな気配すらして、念を押しておく。
まあ、そんな事ないのだろうけど。
卯月を教室に残し、1人体育館裏へ向かう。
ポケットにあの封筒が入っているのを確認して、体育館裏を覗いてみた。
僕の通っている高校は普通の公立高校。偏差値もそこそこで、これと言った特徴は無い。
が、体育館裏はビルの陰で薄暗く、人が寄り付かないある意味での『名所』であった。
周囲からも見え辛く、他人に見られたくない人達にとっては寧ろ絶好の場所と言える。
「…誰もいない」
僕の声が聞こえるだけで、後は遠くで車の音と、吹奏楽部の演奏が鳴っているだけだ。
…なるほど。僕はやはり愚かだった。
初めての経験に舞い上がって、悪戯の可能性を考慮していなかった。
つまり僕は悪戯に踊らされて、教室に幼馴染を待たせているどうしようもない奴、だと言う事だ。
…はぁ、よくもまあ卯月もこんな奴と友達でいようとしてくれたものだ。
もし僕ならば、速攻で縁を切っているかもしれない。
縁を切られる側が何言ってんだって話だけど。
こんなところを誰かに見られてしまっても風が悪いと、教室に戻ってしまおうとした時である。
がさり、と体育館裏の茂みが揺れて人影飛び出した。




