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「……んでさ、あいつあの恰好のままで寮に戻ろうとしたら先生に見つかって、今謹慎中なんだってさ~!」
「それで最近あいつ見なかったのか」
「そうそうっ!……おっ、そろそろ教室行ったほうがいいんじゃないか?」
しばらく雑談に興じていると腕時計を見ながら竜崎は言ってきた。
俺も壁に掛けられているアナログ時計を見てみると、針は8時15分をちょっと過ぎたところだった。
教室と食堂はのんびり歩いても1分とかからないが、食堂と寮までは近いと言っても5分はかかる。
そろそろカバンを取ってこないとヤバい。
「それじゃ行くか」
俺はそう言ってお盆を手に立ち上がると、竜崎と共にカウンターへとお盆を返す。
そのまま寮の入り口まで行き、そこで竜崎と別れる。
「じゃ、教室で」
「ああ」
同じ建物ではあるけど、階が違うから竜崎とはここで分かれて、お互いに荷物をとりに戻る。
そして、部屋に戻って何も入っていないかばんを持つと、足早に教室へと向かった。
いつも通りの時間、いつも通りに教室に入ると、いつもはいるはずのない人物が教室にいた。
「遅いぞ、結弦」
「お前が早すぎるだけだろ。いつもは遅刻ぎりぎりの癖に」
いつもならチャイムぎりぎりか大幅な遅刻をして入ってくる金髪の男、神池翔が机で寝そべって顔だけこっちを向けていた。
その横には赤が少し入ったストレートの長髪に緑のカチューシャをつけた少女、北園ゆりが、寝そべってる神池の背中に顎をのせて、こっちに手をひらひらと振っているのが見える。
相変わらず中が良さそうで。
「だって今日は専門課程の初日だぜ?朝油田の夕かがみってな」
「油断だから。油掘ってどうするんだ」
「また馬鹿言って……。そういえば結弦はどこの科だっけ?」
「情報セキュリティー」
「そういえば皆専門ばらばらだったわよね?」
「そういやそうだな。お前が計算システムで、神北が通信ネットワーク」
「そそっ」
そんな会話をしながら自分の机にカバンを置いて、神池の前の席の奴の椅子を借りて座る。
座るとちょうど、教室の入り口から入ってくる人影が見えた。
「おはよ~。みんな~」
そう言って歩いてきたのはセミロングの黒髪を揺らす、おっとりした雰囲気の少女、仲村詩織。
「おう、やっと来たか仲村」
「あれ?神池君なんでいるの?」
「なんで?とは失礼な、朝油田の夕かがみだよ」
「油田?」
「だから油断だってば。まったく学習能力ないわね」
神池のボケにすかさず、そのままの体勢で北園が突っ込みを入れる。
ちなみに仲村は俺とは幼馴染だ。
普段はこんな調子だがネットでは世界的に有名なハッカーだったりする。
こいつも俺と同じ情報セキュリィーにあがる。
「お、もう皆そろってんのか」
聞き覚えのある声が聞こえたと思って声のした方を向くと、いつの間に入ってきたのか自分の机にカバンを置いてるところの竜崎がいた。
「それにしてもなんで神池がいるんだ?いつもはもっとギリギリだろ?」
「朝油田の夕かがみ」
「それ3回目よ」
「神池君、油田じゃなくて油断だよ」
「だからそれも3回目だって」
そんなのんびりとした――たぶん周りから見たら騒がしい――会話をしていると、いつの間にか始業5分前のチャイムが鳴っていた。
「あれ?もうそんな時間か?」
「そろそろ席に戻ったほうがいいんじゃない?」
「そうするか。それじゃまた昼休みな」
「ああ」
そう言って皆それぞれの机に戻る。
かくいう俺も席に戻るが、自習をするほど真面目でもないし、最近ハマっている小説をカバンから取り出して思考を読書モードに切り替える。
だけど5分なんて時間は結構速いわけで、
「それじゃホームルーム始めるぞー」
という担任の先生の掛け声で、1ページも読めていない読書は打ち切られることになった。
SHRが終わると教室が一気に騒がしくなる。
今日から授業はそれぞれの選択科目の教室になるからだ。
この教室へは、始業式と終業式、各種イベントの時以外は集まらなくなる。
この学校は変わってるなーとか思いつつカバンを手に持ち、同じ専門科に上がる仲村の元へ。
「行くぞ仲村」
「う、うん」
なんだか緊張してる様子の仲村を促して、一緒に教室を出る。
いつもならどちらともなく日常会話が自然と出てくるのに、今日はしばらく無言の時間が続く。
俺も心のどこかで緊張してるのかもしれないな。
「結弦?」
そんなことを考えていると不意に名前を呼ばれた。
声を発した隣の少女の方に顔を向けると、その顔には不安が浮かんでいた。
「ん?なんだ?」
「授業、大丈夫かな?」
真面目な仲村らしい心配事だな、と思った。
俺なんかどうやって授業をさぼれるかばっかり考えているのに。
まあ、それは今はいいことだ。
たぶん仲村が心配してる内容は、
「授業について行けるか心配してんのか?」
こういうことだ。
「うん……」
案の定、不安気な顔をうつむかせる。
本当に真面目な仲村らしい悩みだな。
まあこのまま悩んでる姿を見るのもいい気持じゃないしな。
そう考えて俺は仲村の頭にポンと手をのせる。
「大丈夫だろ。お前の専門分野だし」
と、励ましの言葉もかけてやる。
だけど、
「全然だよ~」
という謙遜の言葉が返ってきた。
まあ、そういうところがこいつのかわいいところだ。
どんなに得意なことでも決して自慢したりしない。
もう少し自信持ってもいいと思うんだが。
「いや、絶対大丈夫。俺が保証してやる」
「そ…そうかな?」
自信がなさげな仲村の代わりに俺がお墨付きをつけてやったら、なんか今度も顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
な、なんかまずいことでも言ったか?
「ん? どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
俺がちょっとうろたえているのが気づかれたかと思った。
落ち着け、オレ。
「ん???」
「だからなんでもないって。それより行くぞ」
「あっ、待ってよ~」
照れ隠しにちょっと早足で先を歩く。
それの後ろをちょこちょことついて歩く仲村。
さっきの言葉が効いたのかもう不安そうな顔はしていなかった。
それに安心しつつ、心のどこかでもやもやを感じていた。
今まで意識したことないのに、最近なぜか妙に仲村を意識するようになった。
なんかもどかしい気持ち、何だろう……。
って考えていたら無性に恥ずかしくなった。
このことを考えるのはやめよう、うん。
まあ、それはいいとして。
仲村が情報セキュリティーでやっていけると断言したのには理由がある。
それはこいつが’ハッカー’だからだ。
警察が泥棒の手口に詳しいのと同じ。
相手を攻撃する手口を知っているならそれを防ぐやり方もよく知っている。
それにこれから習う内容なんて、セキュリティーの基礎の基礎からだ。
かなりのスキルを持ってる仲村ができなかったら、うちのクラスは全員落第だろう。
ちょっと小ネタ
この小説の区切りに「//---」が使われているのはご存知だと思います
これの「//」はC言語というプログラム言語でのコメント表記です
「コメント」というのはプログラムの中でコードがどんな処理をしているのか、メモを残すときに使います
プログラムの規模が大きくなると、どこでどんな処理が行われてくるかわからなくなりますので、これを有効に使うことで後で見やすくなります




