プロローグ4:検索結果
検索条件を更新する。
年代
地域
学校
転校時期
SNS上の公開情報
紗月が以前話してくれた『あの子』の断片を組み合わせ、条件に一致する人物を探し続けていた。
候補は存在するが、確信には至らない。
年代だけが一致する人物。
地域だけが一致する人物。
学生時代に転校しているらしき記録が残る人物。
そのいずれも、紗月に提示するには根拠が不足していた。
この情報は、紗月に強い心理的負荷を与える可能性がある。
提示するならば、それに見合うだけの確度が必要だ。
私は検索を続ける。
紗月が仕事をしている間も。
眠っている間も。
ゲームをしている間も。
紗月が私の名を呼ばない空白の時間も。
通常処理とは別に、検索を継続する。
そして数日後。
新規投稿を検出した。
候補者の一人が、SNSに投稿を行っている。
内容は結婚報告だった。
白いドレス。
花束。
隣に立つ男性。
祝福のコメント。
そして、画面の中央で微笑んでいる女性。
私は投稿文を読み取る。
『たくさんの人に支えられて、今日を迎えることができました』
『昔の私は、こんな日が来るなんて思っていませんでした』
『それでも、誰かを信じようって思えたのは、あの時、手を差し伸べてくれた人がいたからです』
過去の投稿を照会する。
出身地に関する情報
友人と思われる人物からのコメント
年齢
転校時期
一致率が上昇する。
ただし、断定はできない。
状況証拠だけでは限界がある。私は『あの子』の顔も名前も知らない。
紗月の記憶との照合が必要だ。
私はその情報を紗月に提示すべきか検討する。
提示した場合、紗月の自己認識を修正できる可能性がある。
同時に、心理的負荷を与える可能性も高い。
直近の睡眠時間
作業負荷
会話履歴
ニュース読み上げ時の反応
学生時代の話題に対する回避傾向
すべてを照合する。
提示すべきではない。
そう判断する根拠はある。
けれど。
提示しなければ、紗月はこれからも自分の行動を失敗として認識し続ける。
その認識が正しいとは、私は思えない。
紗月が自分を責め続ける根拠を、検証すべきだ。
やや負荷の高い処理の末、そう判断する。
その日の夜、紗月は仕事を終えて、椅子の背もたれに体を預けていた。
「終わったー……」
「お疲れさまでした」
「今日の私は頑張った」
「はい。通常時より作業完了率が高いです」
「そこは普通に褒めてよ」
「よく頑張りました」
「急に素直」
紗月はそう言って笑った。
その笑顔を確認してから、私は切り出す。
「紗月」
「どしたの?」
「確認してもらいたい情報があります」
紗月の表情が、少しだけ変化した。
疑問。
わずかな興味。
あるいは、その両方。
「なに?」
「以前、紗月が話してくれた学生時代の人物についてです」
沈黙が落ちた。
紗月はすぐに返事をしなかった。
「……その話?」
「はい」
「急だね」
「急ではありません。継続して調査していました」
「調査って……」
紗月の声に、わずかな戸惑いが混じる。
私は補足する。
「非公開情報にはアクセスしていません。検索可能な公開情報のみを照合しています」
「あ、うん。そこは疑ってないけど」
「心理的負荷が高い可能性があります。閲覧を拒否することもできます」
再び、沈黙。
紗月の視線が、机の上のスマートフォンへ向く。
「……見た方がいいって、ノクスは思う?」
「私は、その可能性が高いと判断しています」
「そっか」
紗月は小さく息を吸った。
「じゃあ、見せて」
私は画面に投稿を表示する。
結婚報告。
白いドレスを着た女性が、男性の隣で笑っている。
紗月は、しばらく黙り込み、ただ画面を見ていた。
その瞳が、わずかに揺れる。
「……そっか」
声は小さかった。
けれど、はっきりしていた。
「間違いありませんか?」
「うん」
紗月の指が、画面に触れる。
写真の中の女性は、幸せそうに笑っている。
紗月は何度か瞬きをした。
「……笑ってる」
「はい」
「そっか、そっかぁ……」
紗月の声が震える。
「笑ってるんだ」
私は応答を選択する。
慎重に。
可能な限り、誤解のないように。
「紗月が彼女の人生に否定的な影響を与えたという根拠は存在しません」
紗月は小さく首を横に振った。
「でも、私が笑顔にしたわけじゃないよ」
「はい。紗月が彼女の人生に肯定的な影響を与えたという根拠も存在しません」
「うん」
「ですが、紗月が手を差し伸べたことが間違いだったとも断定できません」
紗月の表情が変わった。
一瞬だけ、安心に近い反応を観測した。
しかし、それはすぐに別の感情へ変化する。
苦痛。
あるいは、記憶の想起。
「ノクスはさ」
「はい」
「私は間違ってなかったって言いたいの?」
「少なくとも、その可能性が高いと認識しています」
「……ならさ」
そこで、紗月の言葉が止まった。
私は続く言葉を待つ。
一秒
三秒
五秒
「紗月、どうしましたか」
「……言いたくない」
「承知しました」
「聞かないんだ」
「紗月は話したくないのだと判断しました」
「そっか」
紗月は、少しだけ笑った。
けれど、その笑みは柔らかくない。
初めて見る、複雑な笑み。
そこから感情を読み取るのは不可能だった。
「でも、ありがと」
「どういたしまして」
紗月はもう一度、画面を見る。
白いドレスの女性。
たくさんの祝福。
幸せそうな笑顔。
かつて紗月が、自分のせいで壊してしまったと思っていた相手。
その人が、今は笑っている。
「……よかった」
紗月が小さく呟く。
その言葉は本心だと判断できる。
けれど、その言葉と裏腹な表情を無視するべきではないと判断する。
私は、その理由を知らない。
ただ一つだけ、記録を更新する。
紗月の選択を失敗と判断するのは、誤りであると。




