間話14黒き過去
― 次元No.3
日本・平成27年
九州地方 ―
昼下がりの公園。ベンチに座る二人の少年が、ウエハースの付録であるキラキラしたシールを食い入るように見つめていた。
「黒田おにぃちゃん。このシールって……」
年下の少年が、目を輝かせて尋ねる。
「シークレットだな…。」
黒田と呼ばれた年上の少年は、迷いなくその希少なシールを差し出した。
「ほら、あげるよ」
「えっ、いいの!?」
「いいよ。黒羽は、ずっとこれが欲しかったんだろ?」
「うん……! ありがとう、黒田おにぃちゃん! 僕、一生大事にするよ!」
黒羽は宝物を受け取るように、両手でそれを抱きしめた。
― 令和4年 ―
厳かな読経が響く中、葬儀が行われていた。祭壇の真ん中に飾られた遺影には、かつての面影を残した黒髪の男――黒田が、静かに微笑んでいる。
葬儀の喧騒を逃れ、黒羽は手洗い場で鏡を見つめていた。
蛇口から流れる水の音だけが、彼の耳に虚しく響く。
「……僕が、黒田兄ちゃんを殺したんだ」
震える声が漏れる。
「僕のせいで、あんな提案をしたせいで……お兄ちゃんは自分を追い込んでしまった。僕が、死なせたんだ……っ!」
溢れ出した涙が水に混じり、排水口へと消えていく。
その時、異変は起きた。鏡に映る自分の手が、パチパチと光の粒子となって崩れ始めたのだ。
「えっ……!? 嘘、何これ!?」
叫びも虚しく、浸食は加速する。黒羽の身体は瞬く間に白光に包まれ、現実世界の色彩と共に、全てが消失した。
― 次元No.2
善の大陸・再光歴56年
星取り領地・星夢森地方 ―
「……ここは?」
気がつくと、黒羽は深い森の中に横たわっていた。
見上げる空は、日本で見ていたものより青が深く、空気には魔能の香りが混じっている。
「森……? さっきまで葬儀場にいたはずなのに。まさか、これって……」
アニメや小説で見た『異世界転移』という言葉が、不吉な期待と共に脳裏をよぎる。
黒羽は立ち上がり、実験するように手のひらを近くの巨木に向けた。
「……石砲弾!!」
しかし、何も起きない。風の音だけが虚しく通り過ぎる。
「何も出ない……。やっぱり、この世界の人間じゃ魔法なんて使えないのか?」
その時、背後の茂みから無数の「殺気」が立ち上った。
探索に夢中だった黒羽は、その気配に気づくのが遅すぎた。
「もう一度だ。石砲弾(ロッ――」
言葉が途切れる。
唸り声を上げた茶色の狼たちが、死角から一斉に襲いかかった。
「――ッ!?」
抵抗する間もなく、鋭い牙が肩を貫き、爪が脇腹を切り裂く。
黒羽は悲鳴を飲み込み、激痛に耐えながら無我夢中で森の奥へと駆け出した。
鮮血が草葉を赤く染めていく。意識が朦朧とする中、彼は崖下の小さな洞窟を見つけ、滑り込むように逃げ込んだ。
「ハァ、ハァ……っ。死ぬ、このままだと本当に死ぬ……!」
奥へと這い進むと、暗闇の中で一点、禍々しく輝く物体を見つけた。
それは、脈動するように赤く光る魔能クリスタルの原石だった。
狼たちの爪音がすぐ近くまで迫る。黒羽は本能的に近くの石を掴むと、必死にクリスタルを叩き割った。
洞窟に飛び込んできた一匹の狼。
黒羽は剥き出しになった輝く石の破片を、震える手で突き出した。
「消えろぉおぉ!!」
次の瞬間、破片から暴走した火炎が噴出した。
狭い洞窟内を灼熱が駆け抜け、狼は断末魔を上げる暇もなく焼き尽くされる。
「ハァ……ハァ……っ」
気づけば、狼の死骸は炭と化し、手の中にあった輝く石は砕け散っていた。
代わりに残ったのは、皮が剥がれ、ただれた手のひらの激痛。
「勝った……のか……?」
極限の疲労と痛みにより、黒羽の意識は闇の底へと沈んでいった。




