ep.1 私は何者?
何かが変だと思っていた。
私は城の外に出ることを許されていない。
城の美しい庭園に足を踏み入れることすら禁じられていた。
美しく装飾された窓辺に立ち、外への憧れを滲ませたまま、暗い空と景色を見つめるだけ。遠くに広がる景色へ渇望を向けても、その場所へ辿り着くことは決してできなかった。
きっと、私には隠されている秘密がある。
私が城から出なければ、城の悪魔以外は誰も私を知らない。あとは城の者たちが口を閉ざしてしまえば、それで終わりだ。
彼らにとって、私について語らないほうが都合がいい。忠誠ではない。利益のために、彼らは沈黙を選ぶ。
そう考えた瞬間、背筋を冷たいものが撫でた。
◇◇◇
「お兄ちゃん! 政務お疲れ様!」
私は母の部屋を飛び出し、廊下に立つ兄へ勢いよく抱きついた。
さっきまで母の膝の上で本を読んでいたのだが、「兄たちの政務が終わったわよ」と教えられた途端、居ても立ってもいられなくなったのだ。
扉の向こうには、長男で国王のゼアキと、次男のセヤキが並んで立っていた。
「カヤ」
ゼアキは柔らかく笑うと、私を抱き上げて抱き締める。大きな手が頭を優しく撫でた。
「ようやく終わったよ。疲れていたけど、お前の顔を見たら吹き飛んだ」
「ほんと?」
「ああ。お前は可愛いからな」
「ありがとう!」
隣ではセヤキが穏やかに微笑み、部屋の中では母がソファに腰掛けたまま優しく私たちを見守っていた。
私はカヤ=サイリン。サイリン国の王家の末娘だ。
サイリン王家は兄が十人、姉が一人の十二人兄妹。父と母と、離宮で暮らす祖父母まで合わせれば、とても賑やかな家族だった。
部屋へ戻ると、私は当然のようにゼアキの膝へ座る。
「ねぇ、お兄ちゃん。前から気になってたことがあるの」
「なんだ?」
「どうしてサイリンの王族って、みんな銀髪と灰色の目なの?」
私は自分の肩まで伸びた銀髪を指先でつまんだ。
ゼアキもセヤキも、腰まで届く美しい銀髪を持っている。
「簡単だよ。サイリン王家は血族同士で結婚するからだ」
「……血族?」
「兄妹同士で結婚するってことさ」
あまりにも当然の口調に、私は思わず目を丸くする。
「人間界の高貴な王族にも珍しくはないだろう? 悪魔は人間と違って近親婚で子どもに悪影響は出ない。それどころか、より強い子が生まれる」
私はゼアキと母とセヤキを見比べた。
誰一人として驚いていない。まるで空の色を説明するような自然さだった。
恐る恐る尋ねる。
「……じゃあ、私も?」
「そうだ」
ゼアキは優しく微笑んだ。
「お前は将来、俺の王妃になる」
「えっ……」
一瞬だけ言葉が詰まる。
けれど、兄のことは昔から大好きだ。ゼアキの嬉しそうな顔を見ていると、「嫌だ」とは言えない。
「……お兄ちゃん、格好いいし……嬉しい、かも」
「ははっ」
ゼアキは心から嬉しそうに笑い、私は笑顔を作って抱きついた。でも胸の奥では、小さな声が響いていた。
――やだな。兄妹で結婚なんて、なんか気持ち悪い。
しかし、顔には出さなかった。兄たちの機嫌も、母の機嫌も損ねたくなかったから、わざと喜んでいる演技をした。
「ところで、お姉ちゃんはどのお兄ちゃんと結婚するの?」
ふと、私が不思議に思って尋ねると、さっきまで笑っていた三人の表情が、まるで示し合わせたように静まり返った。
部屋の空気が、一瞬で冷えた気がした。
私が息を呑むと、母が静かに口を開く。
「姉のハガはね、生まれつき子どもを産めない体なのよ」
思わず母を見つめる。母はいつもの穏やかな笑みを浮かべると、続けた。
「でも心配はいらないわ。ハガは一族の中でも指折りの力を持つ悪魔ですもの。それで十分なの」
「……そう、なんだ」
それで十分。その一言に含みを感じた。どこか別の意味が隠れているような気がする。
私はそれ以上聞くのが怖くなって、慌てて話題を変えた。
「そ、そういえば、お母さんはどうして銀髪でも灰色の目でもないの? もちろん、ピンクのショートヘアも茶色い瞳も素敵だけどね」
私の賛辞に、母は垂れ目がちな目元を緩めると、おっとりと微笑んだ。
「まあ、ありがとう。私はね、サイリンの血族じゃないのよ」
「えっ? でもサイリンは血族同士で結婚するんじゃ……」
「普段はそうよ。でも、お父様だけは王家史上初の一人っ子だったの。だから他国の姫だった私と結婚したの。お見合いだったけれど、お父様は私に惚れたのよ」
母は嬉しそうに笑う。幸せそうに笑う母を見て、自然と私まで頬が緩む。
「ところで、そろそろ家庭教師の授業の時間だな。今日は星と数学の授業だったか」
幸せな気分から一転、ゼアキの一言により、私の中に恐怖が湧き上がってきた。つい、引きつった笑みを浮かべてしまう。
「やだな。私、勉強苦手。数字苦手なんだよね……」
私とは対照的に、三人はクスクス楽しそうに笑い出す。
「頑張って勉強してきなさい。そしたら、お父さんとの馴れ初めを聞かせてあげるわ」
「ほんと!? 気になる!」
思わず瞳が輝いた。
サイリンの王族は皆、切れ長の目をしているが、私の目は母譲りの垂れ目だ。
「ところでカヤは今日は、私の部屋で寝るの? それとも兄たちの部屋で寝るのかしら?」
「もちろん今日はお母さんの部屋だよ! 恋話が気になるよ!」
「そう。分かったわ」
サイリンの王城に、私の私室はない。私以外の王族は皆、私室があるにも関わらず。だから私は毎日、兄の部屋で遊んだり、母の部屋や父の部屋で寝ていた。
――このときは、私がそれを不思議に思うことはなかった。
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