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第102話:魔王、英雄を知る

 ギルド本社を出た帰り道。


 ロビーであれだけの騒ぎを起こしておきながら、当の本人はまだ戻ってきていなかった。


 腕相撲大会のあと、ベルフェはそのまま受付に居座り、真顔で景品交換交渉を続けていた。


「……交換、通るんでしょうか」


 蒼真がぽつりと呟く。


「どうでしょう……」


 天音も苦笑した。


「規定があるでしょうし、普通は難しいと思いますけど……」

『しかし、あやつは普通ではないからのう』


 アラームが尾をふるりと揺らす。


『妙なところだけ本気なのが、なおさらたちが悪いのじゃ』


 まったくその通りだった。

 そんな話をしながら歩いていると、前方からぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。


「あっ、お兄ちゃん!」


 聞き慣れた声に、蒼真が顔を上げた。


「明希?」


 制服姿の明希が、こちらへ向かって大きく手を振っていた。


 学校帰りらしく、肩には通学鞄。頬は少し赤く、息も弾んでいる。何より、その顔がやけにきらきらしていた。


「今帰りか?」

「うん!ちょうど今!」


 明希はそう言って笑うと、すぐさま口を開きかけ⸻そこで、はっと何かを堪えるように唇を閉じた。


「……?」


 蒼真が首を傾げる。


「どうした?」

「えっ、いや、その……」


 言いたい。でも、ここで全部話すには惜しい。

 そんな様子があまりにも分かりやすかった。


 天音がふっと口元を緩める。


「せっかくですし、うちでお茶でも飲みながら聞きませんか?」

「えっ、いいんですか!?」

「もちろんです。明希ちゃん、すごく話したそうですし」


「わ、分かります!?そうなの!めちゃくちゃ話したいの!」


 明希がぱっと顔を明るくする。

 蒼真はその様子を見て、思わず苦笑した。


「そこまで言うなら、聞くしかないな」

『茶会じゃのう』


 アラームが満足そうに頷いた。

 こうして一行は、そのままベルフェの住処へ向かうことになった。


 ◇


 高層マンションの一室に着くと、天音が手際よくお茶の支度を始めた。


 蒼真がカップを並べ、明希はソファに座ってもそわそわと落ち着かない。

 アラームはすでにテーブルの上を陣取っており、ポメ様は当然のように蒼真の頭の上でくつろいでいた。


「はい、どうぞ」


 天音が湯気の立つカップを置く。


「ありがとうございます!」


 明希は礼を言うのももどかしそうに身を乗り出した。


「それでね、今日の学校で聞いたんだけど!」


 来た。全員がそう思った。


「歴史の授業で、英雄のところが更新されたんだって!」

「更新ですか?」


 天音の目がきらりと光る。


「うん!世界にはいろんな英雄の伝承があるんだって。国ごとに有名な人がいたり、地方ごとに伝説になってる人がいたり」

「ええ、それはそうですね」


 天音がこくりと頷く。


「でも、その中でも日本で特に有名なのが“神に選ばれし五英雄”なんだって」

『ほう』


 アラームが興味深そうに尾を揺らした。

 明希は嬉しそうに続ける。


「でね、その五英雄の記録が最近更新されたらしいの!なんか、今まで曖昧だったところが、ちゃんと分かったんだって!」

「曖昧だったところ、ですか?」


「うん!榊原っていう専門の人が、英雄さん本人に細かく聞いたんだって!」

「榊原さんが……」


 蒼真が小さく呟く。


「あの人、そんなことまでしてるんですね」

「本人ってことは……玄聖さんですか?」


 天音が身を乗り出した。


「そう!蘆野玄聖さん!」


 明希は何度も頷く。


「その人に直接聞けたから、五英雄の名前がはっきりしたんだって!」


 ここで天音の目の輝きが一段増した。

 完全に“食いついた”顔である。


「明希ちゃん、よかったらその更新内容、教えてもらってもいいですか?」

「もちろん!」


 明希は待ってましたとばかりに、鞄から授業で使ったらしいノートを取り出した。


「前までは、こういう感じだったの」


 ノートを見ながら、指で順番に示していく。


 鍛治の英雄グレイソン

 導きの陰陽師・蘆野

 戦祈の聖女・清華

 最強の剣聖リュウエン

 宵闇の忍・夜鳴


「それが、今はちゃんとこうなったんだって!」


 明希の声が、少しだけ弾む。


 鍛治師にして英雄 久禮(くれい) (そん)

 陰陽師にして導き手 蘆野(あしの) 玄聖(げんせい)

 聖女にして戦乙女 白崎(しらさき) 清華(せいか)

 剣を極めし大剣士 龍田(たつた) 焔尾(えんび)

 闇を駆ける忍 夜凪よなぎ かい


 読み上げられた名前が、静かに部屋へ落ちていく。

 その中でも最後まで余韻を残したのは、やはり最初の名だった。


 久禮 尊。


 蒼真は無意識に、その名を胸の内で反芻する。

 天音もまた、しばらく黙っていた。


「……なるほど」


 やがて彼女はそっと息を吐く。


「実名で記録されるだけで、急に“伝説”から“歴史”になりますね」

「そうなんです!」


 明希がぱっと顔を輝かせた。


「私もそれ思った!なんか、すごい人たちなんだけど、本当に“いたんだ”って感じがするっていうか……」

「ちゃんと“人”だったんだなって思えますね」


 天音の言葉に、明希は大きく頷いた。


「うん!」


 それから明希は、ノートの端を指でなぞりながら続ける。


「久禮さんって、戦うだけの人じゃなくて、すごい鍛治師だったんだって。武器を作って、守って、戦って……」


 明希の声は、少しだけ弾んでいた。


「先生が言ってた。剣を振るうだけじゃなくて、最強の武具をたくさん作って、戦争を終わらせるのにすごく大きく関わった人なんだって」


 明希はそこで、少しだけ声の調子を落とした。


「……でも」


 ノートを持つ指先に、わずかに力が入る。

 明希の声が、さっきより少しだけ小さくなる。


「戦争が終わって、やっと平和になったのに……そのまま亡くなっちゃったんだって」


 部屋の空気が、ほんの少しだけ静まる。

 天音がそっと目を伏せた。


「……そうですか」


 蒼真もまた、すぐには言葉を返せなかった。

 英雄譚として語られるには、あまりにも静かで、あまりにも重い終わり方だった。


 代わりに、アラームがぽつりと口を開く。


『……その英雄』


 一拍。


『さっき寝具のために本気出しとったがな』

「……え?」


 明希が目を瞬かせる。

 天音と蒼真は視線を逸らした。


「……あー……うん」


 否定はしない。否定できないともいう。


『しかも準優勝狙いじゃったからのう。余計にややこしいのじゃ』


 アラームが尾をゆらゆらさせながら付け加える。

 ポメ様まで頭の上からしみじみ呟いた。


『神話とは案外そんなものかもしれぬな』


 明希の目がさらに丸くなる。


「英雄って、もっとこう……厳かっていうか、神々しい感じじゃないの?」

「普段はだいぶ違いますね……」


 天音が遠い目で答えた、そのときだった。


 がちゃり、と玄関の扉が開く。


「……戻った」


 何事もなかったかのように、ベルフェが部屋へ入ってくる。


 そしてその腕には、あのでかいマットレスが抱えられていた。


 一瞬、部屋の空気が止まる。


「……持って帰ってきたんですか?」

『本当に自分で運んできおったのじゃ……』


 アラームが半ば呆れ、半ば感心したように呟く。

 ベルフェは全員の視線をものともせず、当然のように答えた。


「交換できた」

「できたんですか!?」


「準優勝のやつが装備を欲しがってた」


 それだけの話だ、とでも言うような口調だった。

 ベルフェはマットレスを壁際に立てかけ、軽く手で叩く。


「……悪くない」


 どう見ても、ほんの少しだけ機嫌がいい。

 その空気のまま、マットレスを抱え直し、そのまま奥の部屋へ向かっていった。


 残された空気に、明希がぽつりと呟いた。


「……なんか、思ってた英雄と違う」

「ええ……かなり」


 天音も苦笑する。

 けれど、明希は少し考えたあと、ふっと笑った。


「でもさ、ちゃんと世界を守ってくれたなら……それでよくない?」


 あっけらかんとしたその言葉に、蒼真は思わず目を細める。


「……まあ、そうだな」

『うむ。余計な飾りを削ぎ落とせば、案外そんなものかもしれぬ』


 ポメ様がのんびりと頷く。


 天音は湯気の立つカップをそっと包み込み、静かに微笑んだ。


「英雄も、歴史も、人が語るものですからね」


 その頃、奥の部屋では、早速新しいマットレスを試しているらしい物音がしていた。

 どうやら伝説の英雄は、今日も今日とて、自分なりの最重要案件に全力らしい。


 ⸻それもまた、確かに“本物”なのだろう。

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