第101話:魔王、最適な睡眠を求める
全員のステータス確認が終わったあとも、会議室にはわずかなざわめきが残っていた。
天音は困ったように小首を傾げる。
「……やっぱり気になりますね」
「何がだ?」
クッションに埋もれたまま、ベルフェが気だるげに片目だけ開ける。
「魔王様のステータスです。種族のところにあった“仮”って表示、なんなんでしょう?」
「魔王として、まだ未完成ってことなんでしょうか……?」
そんな推測を口にしてみても、当然ながら確証はない。さらに深まった謎に、天音と蒼真は顔を見合わせ、そろって首をひねる。
『そもそもおぬしはどうやって生き返ったのだ?』
ここずっと謎だった部分をポメ様がふと聞いたことでほんの少しだけ、空気が静まった。
ベルフェはしばらく考え、面倒そうに息を吐く。
「……知らん」
「知らないんですか!?」
「俺に聞くな。神にでも聞け」
投げやりだった。
だが、続けて追及する気も起きない程度には、ベルフェの態度はいつも通りだった。
「……まあ、分からないものは仕方ありませんし、今日はもう戻りましょうか」
「そうですね」
それ以上考えても答えは出ない。
だからこそ、いつものように日常へ戻るしかなかった。
◇
ギルド本社の廊下を歩き、エントランスへ向かう途中——下の階から、ひときわ大きな歓声が突き上げるように響いてきた。
わあああああああっ!!
「……なんだ?」
ベルフェが足を止める。
吹き抜けの先を覗き込むと、ロビーの一角に人だかりができていた。簡易ステージまで組まれ、ハンターたちが何やら熱気を帯びて盛り上がっている。
「なにかイベントでもやってるんでしょうか?」
蒼真が言うと、アラームが身を乗り出した。
『ほう……腕相撲大会のようじゃの。人間というのは、つくづくこういう催しが好きじゃな』
くすくすと楽しそうに笑うアラームに対し、ベルフェはあっさり踵を返した。
「……帰る」
「ええっ、見ていかないんですか?」
「だるい」
実にいつも通りの反応だった。
そのまま通り過ぎようとしたベルフェの視線が、ふと景品一覧の立て看板に止まる。
優勝——高級ハンター装備一式。
準優勝——特別高反発マットレス。
「……ん?」
ベルフェが足を止めた。
天音が違和感に気づいて看板を見る。
「え、あれ?準優勝のほう、なんか生活感ありません?」
『おかしいのじゃ!!なぜ戦いの景品に寝具が混ざっておるのじゃ!?』
もっともなツッコミが立て続けに入る。
だが、ベルフェだけは真顔だった。
「……いや」
ぽつりと呟く。
「マットレスのほうが重要だろ」
「えっ」
「装備は消耗品だ。寝具は毎日使う」
あまりにも真面目な口調だった。
蒼真が思わず遠い目をする。
「言ってること自体は……まあ、分かるんですけど……」
ベルフェはじっと景品を見つめたまま、わずかに目を細めた。
「……高反発か」
低く落ちたその声には、妙な真剣味があった。
「沈みすぎないなら悪くない。長時間でも腰に来にくいはずだ」
「評価が細かい……!」
天音が目を丸くする中、ベルフェはごく自然に続けた。
「……ちょうどいいな。枕はもうある」
「え?」
「あとは下だけだ」
『寝具を揃えるために戦おうとするでないのじゃ!!』
アラームが全力で突っ込んだ、その瞬間だった。
ベルフェの視界に、赤い文字が走る。
【執念によって“怠惰の理”が抑制】
【存在律:静止 → 解放】
「……あれ?」
天音が目を瞬かせる。
『まさか寝具のためだけに怠惰の理を抑えたのじゃ……?』
アラームの声が引きつる。
だがベルフェ本人は、表示などまるで気にした様子もなく、一歩前へ出た。
その歩みを見た瞬間、天音は目を見開いた。
「……え?」
さっきまでクッションに沈み、だるそうに体重を預けていた男と同一人物とは思えなかった。
背筋は自然に伸び、重心は静かに整い、足取りに一切の無駄がない。ただ歩いているだけなのに、そこだけ空気の張りが変わった。
怠惰の魔王ベルフェゴールではなく、まるであの大英雄の久禮 尊そのものだった。
「……なんか急に、やたら格好よくないですか?」
「そうか」
ベルフェは短く返し、そのまま受付へ向かう。
ロビーのハンターたちが、ざわ、とどよめいた。
「え、あれって……怠惰の魔王!?」
「は!?魔王も参加すんのか!?」
「いやいやいや、腕相撲に!?」
完全に祭りだった。
◇
「それでは次の対戦——ベルフェ選手!」
司会の声に、歓声が上がる。
対戦相手は筋骨隆々の大柄なハンターだったが、席に着いた瞬間から顔が引きつっていた。
「よ、よろしくお願いします……!」
「……ああ」
ベルフェは淡々と肘をつく。
狙うのは優勝ではない、準優勝である。
つまり、どこかで自然に負けなければならない。
(……適当に手を抜くか)
開始の合図と同時に、ベルフェは軽く力を込めた。
ドゴンッ!!
「ぎゃああああああああっ!?」
次の瞬間、机が跳ね、相手のハンターごと椅子が吹き飛んだ。壁際に転がったその姿に、ロビーが静まり返る。
「……あ」
ベルフェが一言漏らす。
手加減したつもりだったが、強すぎたようだった。
『初手からやりすぎなのじゃ!!』
「机に叩きつけるどころじゃないですよね!?」
天音とアラームのツッコミが重なり、観客席からは「やっぱ魔王だ……」と震えた声が漏れた。
◇
二戦目。
今度の相手は着席した時点ですでに青ざめていた。
「お、俺……家族に手紙とか書いたほうがいいですか……?」
「大丈夫だ」
「ほ、本当ですか……?」
「手加減する」
「本当に信じていいんですね!?」
開始前から会場がざわつく。
ベルフェは真顔で考えていた。
(……今度は力入れないようにするか。いや、負けすぎると不自然か?拮抗して、最後に自然に押し切られる形がいいか……)
その思考だけは異様に真剣だった。
合図とともに試合開始。
ぎり、ぎりぎり……と、互いの腕が中央で止まる。
「おおっ!拮抗してる!」
「さすがに二戦目はいい勝負か!?」
観客が盛り上がる中、ベルフェは内心で首をひねっていた。
(……弱いな)
少しだけ押し込まれる演出をしようとした、その瞬間。
「ひいっ!?」
相手が勝手にびくっと肩を震わせ、力の入れ方を誤った。
バンッ!!
「あっ」
また勝った。完全に事故だった。
「勝者——ベルフェ選手!」
歓声が上がる。
ベルフェは心底面倒そうに天井を仰いだ。
「……負ける方が難しいな」
◇
その後も、ベルフェはどうにか“自然に負ける”方法を探り続けた。
しかし相手は怯み、観客は勝手に盛り上がる。
本人の意図とは裏腹に、試合は着実に進んでいった。
そして気づけば、決勝戦だった。
「……なんでこうなる」
『全部おぬしが勝つからじゃろうが!』
決勝の相手は、もはや半泣きだった。
結果として——ベルフェは優勝した。
見事に、望んでいないほうを勝ち取ったのである。
◇
「優勝おめでとうございます!」
満面の笑みで、優勝景品の高級ハンター装備一式が差し出される。
ベルフェはそれを見下ろし、数秒黙った。
「……」
「……あの、ベルフェさん?」
「……交換はできないのか」
受付の女性が固まる。
「え?」
「準優勝の景品とだ」
「え、ええっ!?い、いや、規定がありますので……!」
そのまま交渉に向かっていくベルフェの背中を見送りながら、天音とアラームはそっと手を合わせた。
「……優勝者に合掌ですね」
『うむ……』
蒼真も苦笑を浮かべる。
「すごくどうでもいいことで、本気出してましたね」
『しかも準優勝狙いだからややこしいな』
頭の上から、ポメ様がぼそりと呟いた。
ロビーの中央では今なお、真顔でマットレスへの交換可否を詰めている怠惰の魔王の姿があったのだった。
※ベルフェの枕については第19話です。着々と快適環境が整っております。




