9. 佐々木圭子の日記(2)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆ [ 明日のわたしへ ] ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この日記を見た貴女は、何も考えずに [ 明日のわたしへ ] を翌日分の頁上部に転記してください。
その後に、前日分の頁を隅々まで読み込んでください。疑問に思うかもしれませんが貴女には絶対に必要な事です。
それから、貴女の置かれている状況を簡単に纏めています。下記も必ず読んでください。
読み進める中で、動揺することが書かれていると思いますが、必ず冷静になってください。
困った事があれば悟さんが助けてくれるので安心してください。彼を信じてください、大丈夫です。
・私の名前は佐々木圭子。結婚しており、夫は悟さんです。子供は居ません。
・私の病気はトレスニッチサクラ症候群と言います。余命一ヶ月の不治の病です。運動機能障害と記憶障害を引き起こす病気だそうです。症例の少ない難病のため、病気の進行速度は誰にも分かりません。でも不安にならないでください。貴女には悟さんが側にいますから。
・もしも、目が覚めて身体に不調を感じたら、真っ先に悟さんを頼ってください。貴女にとって一番信用できる存在は彼なのですから。
・もしも、目が覚めて記憶の欠落を感じたら、過去の日記を読んで記憶を取り戻してください。記憶の欠落を絶対に悟さんにだけは気づかれない様に隠してください、絶対にですよ。
・日記には出来事だけではなく、何を感じたのかという感情も書くようにしてください。後で読み返した時に、貴女の心まで理解できるように詳しく書いてください。
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ようやく心の整理がついたので、今日の分の頁を書くことにしました。
上手に書くことが出来るのか、少し不安です。
今日、職場で倒れました。
子供たちに絵本の読み聞かせをしている時でした。急に激しい頭痛に襲われたのです。気が付いた時には病室のベッドの上でした。
あの頭痛は、病気の進行を知らせるものだったのでしょうか。お医者様に尋ねたのですが、原因は分からないそうです。
それから、この日記に書かなければならない事が、あと二つ残っています。
一つ目は私の身体に関する事です。
頭痛の後、私の下半身は動かなくなりました。お医者様によると病気の症状の一つで、今後歩けるようになることはないそうです。
そのため、明日からの私は車椅子での生活が待っています。覚えておいてください。
でも、安心してください。今の私はそれほど悲観的ではありません。その気になれば外へ出歩く事も可能です。悟さんと約束したお出かけも、ちゃんと出来るはずです。だから、私は大丈夫なはずです。
二つ目は私の記憶に関する事です。正直に言うと、一つ目よりもこちらの方がショックでした。
昨日の記憶が断片的に残っていません。お医者様によると、短期記憶の方が忘却しやすいそうです。そのせいなのかも知れません。
ただ、昨日の出来事を全て忘れているわけではありませんし、断片的な記憶も完全に無くなったわけではないようです。日記を読めばちゃんと思い出しました。その後、しばらくすればまた忘れてしまうのでしょうけれど。少しだけ忘れっぽくなっただけかも知れません。そうだといいなあ。
だから、今後は常に日記を持ち歩こうと思います。何が起こってもすぐに思い出せるように。[明日のわたしへ]にも追記するようにしますね。だから、必ず思い出してください。これで安心できますね。
......嘘です。
本当はすごく怖いです。
私が忘れているのは、本当に昨日の記憶だけなのでしょうか?
気が付いていないだけで、もっと多くの記憶を忘れているのではないでしょうか?
そう考えてしまい、とても不安です。
病院の帰り道、記憶のことで頭がいっぱいで、悟さんに上手く微笑むことができませんでした。不自然だったでしょうか。記憶を失いつつあることを、彼に悟られていないでしょうか。心配です。
なので、暇があれば日記を読み返してしまいます。自分の記憶と日記の記載を照らし合わせて、忘れている記憶が無いかを確認するのです。
怖いです。悟さんとの記憶を失くしたくない。それ以上に、失った姿を彼に見せたくない。
どうしてこんな事になってしまったのでしょう?
何かの罰なのでしょうか?
神さま、どうしてですか......?