カブリネ洞窟 2
翌日、ジャッカルに起こされ目を覚ます。ベッドの中で眠っていた時とは違い、体の節々の痛みがマルを襲う。持ち運びが出来る、軽くて簡易的な布団が作れないだろうかと考えを巡らせる中、腹の虫が鳴った。
考えることを後回しにし、干し肉をかじりながら今日の予定を改めて話し合う。
「カブリネ洞窟は3つのエリアに分けられている。初心者向けの浅いエリアが俺達がいる所だ。歩き進むと途中に看板が立てられていて、そこからゴブリンエリア、もう1つ先がスケルトンエリアになっている。カブリネ洞窟で1番強いのはそのスケルトンだ」
駆け出しの冒険者が安易に奥に行かないようとの、冒険者ギルドの気遣いである。至れり尽くせりとはこのことだろう。ただこれは冒険者ギルド側にとって重要な仕事の1つ。駆け出しや、慣れてきた冒険者が一番警戒心が疎かになってしまうのは仕方のないことで、一番死亡率が高い。
その為、少しでも救済措置をとダンジョンや洞窟などのモンスターが出やすい場所には看板立ってられていることが多いのだ。
「ゴブリンは知ってます。絵本で出てきたことがあったので。スケルトンってどんなモンスターなんですか?」
「一言で言うなら骨だ」
「骨?」
真顔で骨と言われ困惑するマル。骨のモンスターとはどのようなものなのか。犬がかじっている骨や、骨付き肉しか思い浮かばない。そんなモンスターが、この洞窟の中で一番強いとは思えなかった。
この時、ジャッカルが骸骨と言えばすぐに想像出来ただろう。マルがスケルトンと対峙した時、恐怖の絶叫を上げるのはもう少し先の話である。
「あれ、これ……『白鉱石』?」
朝食を食べ終え探索を開始したマル達は、順調良く進んでいた。モンスターは出るものの、ジャッカルが全て倒してくれるので安心して採掘していると、銅とは別の鉱石を見つける。
銅のようにくすんだ土色ではなく真っ白な鉱石。鉱石について素人のマルは、最初は見た目ではそれが鉱石とはわからなかった。ただの白い石が洞窟の壁に紛れていると思ったのだ。
しかし銅を探す為に鑑定虫眼鏡で覗いてみれば、はっきりとその白い石に『白鉱石』との文字が書かれていた。
■白鉱石【並み】
ランクF
真っ白な鉱石であるからにして白鉱石と名付けられた。加工しやすい分、脆くなりやすく壊れやすい。
手に入りやすい為値段もお手頃で、女性が身に付ける装飾品によく使われている。
「ほう。この辺りで白鉱石が手に入るのは珍しいな。運がいい」
「そうなんですか? ラッキーです嬉しいです。銅だけじゃなく白鉱石まで採掘出来るなんて、此処に来て本当によかったです」
ホクホク顔で白鉱石を手にするマルを微笑ましげに見ていたジャッカルが、モンスターの気配を感じ振り替える。しかし見つめた先には誰も居らず、洞窟の先は暗闇。視界にはなにも映らないが、確かに感じるモンスターの気配が一気に緊張感を上げる。
自分を守ろうと、背後に隠すように壁となるジャッカルに気付き、マルもモンスターが来るのだとわかった。今までとは違う緊張感。自然と喉が鳴る。
その時、
「伏せろ!」
マルを抱き抱えるように頭を下げさせ、その頭上に1本の矢が過ぎ去る。一瞬でも頭を下げるのが遅れていれば怪我を負っていただろう。当のマルはなにが起きたのかわかっていない様子だが。
「ゴブリンアーチャーか」
弓を握りしめた緑色の肌をした小鬼、ゴブリンと呼ばれるモンスター。強さは下位の中段ぐらいなのだが、集団で群れることが多く駆け出しの冒険者にとって油断してはならない。
「キィィーッ!」
「っ、ちぃっ!」
ゴブリンアーチャーに集中していたジャッカルの頭上に、牙を向けるビット。すかさず身を交わし剣を凪ぎ払うも、スルリと飛んで交わされる。
そして、洞窟の奥からもう1つの影が。
「今度はゴブリンモンクか。血の臭いに釣られて出てきたようだな」
ゴブリンアーチャーと同じ色の肌をしているが、武器はなにも持っていない。代わりに二の腕が一回り大きく、血管が向き出ている。
ゴブリンは様々な武器を持つことにより、その強さは変わり名称も変わる。弓を持てばゴブリンアーチャー、何も持っていなければゴブリンモンク。他にゴブリンナイトやゴブリンメイジなど、その種類は様々だ。
「……あっ」
初めて見るゴブリンに、マルの脚が小刻みに揺れる。リグズリーより強いであろうそのモンスターの気迫に圧され、今にも腰が抜けそうだ。
「下がっていろ」
そんなマルを庇うように盾となり、剣を握り締めるジャッカル。誰が見ても部が悪いこの状況。ジャッカルはまだ駆け出し中の冒険者。その実力はこのカブリネ洞窟の中枢部で、ギリギリ戦える程度なのだ。それもパーティーでの戦闘の話で。
ゴブリン2体とビットが1体。今にも弓を引こうと、狙いを定めるゴブリンアーチャーを睨み付ける。
最悪の想定も考えなければならない。自分が囮となりマルだけでも此処から逃げ出させなければ。マルを守れるのは自分だけなのだからと。
「ジャッカルさん……」
守られているだけでなにも出来ない自分が、どうしようもなく悲しかった。せめて回復の役立てばと、持ってきていた傷薬を取り出す。
「あ、これ」
他の傷薬と同じ瓶に入っているが、瓶に大きく×印が書かれている。間違って持ってきてしまったのであろう、失敗作の傷薬。
なんでこんな物を、と打ち沈むマルの背後に影が迫る。
「卵っ! 逃げろ!」
「え?」
振り返ればゴブリンモンク。ゴブリンアーチャーで足止めされ、ビットに噛み付かれた隙にマルを食おうと考えたゴブリン。
「ギッ、ギィッ!」
「いやぁああっ!」
太い二の腕が振り落とされようとした時、マルは咄嗟に持っていた物を投げ付けた。