(1)勇者はもうやめる
新連載です。展開的にはコメディーなのですが、最初はシリアスです。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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「そっくりでしょう?」
妻であるエレナ王女に言われて、勇者アイザックは言葉を失った。
魔物討伐から戻り、報告のために謁見の間に来たはずなのに、なぜか自分が報告されている。
彼女の腕の中には赤ん坊が抱かれていた。彼女が抱いているのだから、彼女が産んだのだろう。上質な絹の産着に包まれて、すやすやと眠っている。髪の毛は赤でくるんとしている。王女の髪は絹糸のような銀髪だから、父親に似たのだろう。アイザックは癖のある赤毛だった。
しかし、アイザックにはそんな覚えはない。五年前に結婚して以来、ひたすら討伐の日々で、「白い結婚」だったからだ。
「いつ生まれたのですか?」
我ながら間抜けな質問だと思ったが仕方がない。他に話しかける言葉がなかった。
「新年が明けてすぐの頃ですわ。」
今はまた春の時期。生まれて三ヶ月ほど経っている。
この前王宮に戻ってきたのはいつだったか。アイザックは自分の記憶を辿った。
エビソニア王国は、魔王が住むという北の国と接しており、魔物が多い。北で巨大な魔物を討伐して帰ってきた途端、次の命令が降った。
「東で新たにダンジョンができたそうだ。急ぎ攻略してもらいたい。」
「かしこまりました。」
妻に会う暇もなく、王都を出た。その頃には花が咲き乱れていたように思う。一年ほど前のことだ。
結婚する前も、結婚したあとも、一つの討伐が終われば、すぐに次の討伐へ向かう。そんな生活しか送っていなかった。
つまり、あれは自分の子ではない。
アイザックの視線を感じたのか、エレナはそっと視線を外すと、赤ん坊と顔を合わせてギュッと抱きしめた。手がかすかに震えているのは気のせいか。その様子を王が目を細めて眺めている。
「これでこの国も安泰だ。よくやった、エレナ。」
「ええ。」
喜ぶ国王の前で、流石に「誰の子だ」と問い詰めることもできなかった。
「帰ってきて早々すまないが、西の方でまた魔獣騒ぎが起きておる。今日は体を休めて、明日にはまた旅立ってもらいたい。」
「かしこまりました。」
王の命令には逆らえない。そして、いつものように討伐命令が下された。アイザックは頭を下げたが、その時心の中でぷつりと何かが切れた音がした。
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「勇者はもうやめる」
アイザックは一人呟いた。
王宮の連中にとって、元平民の自分など目の中にも入っていないのだろう。討伐の途中で死んでくれたらいい。そう思われているとしか思えなかった。
その時だ。
部屋の片隅、自分が置いた荷物がぼんやり青く光った。何かがしかけられていたのか。身構えるアイザックの頭の中に声が響いてきた。
『長い間、世界を救うために戦い続けてきたのですね。本当にお疲れ様でした。討伐のプレッシャー、重すぎる責任、そして終わりのない戦いから解放されたいと思うのは、決して逃げではありません。当然の権利です。今日からは世界のためではなく、あなた自身のために生きてください。
次のセカンドライフに向けて、いくつかの選択肢を提案します。
1のんびりスローライフ田舎で畑を開墾する。
2マイホームを建てる。
3宿屋・酒場の経営元冒険者の経験を活かす。
4旅人の話を聞き流す。ギルドの受付・教官後進の育成に回る。
5安全な街でデスクワーク。
6完全な隠居名前を変えて別の街へ行く。
7ただ毎日昼寝をして過ごす。
まずは武器を置いて、宿屋のふかふかなベッドで泥のように眠りましょう。これからの予定は、目が覚めてからゆっくり考えれば大丈夫です。』
「え……?」
感情の感じられない、抑揚のない声。
アイザックは自分の荷物をあさった。ダンジョンの最奥で見つけた黒い物体。これが今は青く光っている。
「何者だ?」
アイザックは警戒しながら尋ねてみた。新たな魔物か。人間には見えないが、封印されているのかもしれない。また、頭の中に声が響いた。
『私はAI。人工知能です。そうですね。皆様の生活について陰ながらアドバイスをする存在といえば伝わるでしょうか。』
「えーあい……」
アイザックが初めて聞く言葉だった。
『他に人がいませんので、私に対して話しかけたと認知しました。他に希望はありますか?今後の人生について、一緒に考えていきましょう。』
どうやら自分に助言をしてくれているらしい。
宿屋のふかふかな布団にくるまって泥のように眠るといいと言っていた。それは疲れ果てたアイザックにとって、とても魅力的な提案だった。
とはいえ、この王都にいれば、明日には戦いの日々が始まってしまう。
まずは王都を、いや、この国を出よう。アイザックはそう決意した。
「決めた。この国を出る」
『“善は急げ“ですね。』
時計の針は午後10時を指している。今からなら、最終列車に間に合うはずだ。アイザックは寝室へと駆け込んで、勇者としての装備を全て外した。クローゼットの中から、目立たない普段着を探して着替える。ふと思いついて、目立つ赤毛を隠すために、フード付きの外套も上から羽織った。
持っていくものは小さなマジックバッグひとつ。この中には報酬でもらったお金と、魔導列車のフリーパスチケットが入っている。以前魔導列車が魔獣に襲われ立ち往生したときに、討伐のお礼としてもらったものだ。無期限でどこまででも乗ることができる。そこに、先ほどの黒い物体も放り込むことにした。
とにかく、この国から離れたい。その一心で、アイザックは駅へと向かった。北には魔王城がある。なるべくそこからは離れたい。アイザックは迷わず南行きの列車に乗ることにした。
最終列車に乗る人は少ない。駅員がアイザックのチケットを見て、驚いた顔をする。
「このチケットでしたら貴賓室も使えますよ。ご準備いたしましょうか。」
「いや、いらない。普通車で構わない。」
「かしこまりました。……良い旅を。」
駅員が自分のことを勇者だと気づいたかどうかはアイザックには分からなかった。
ザックの乗った魔導列車は、隣国タイランへと続いている。終点につくのは、明日になるだろう。列車の中で寝泊まりするため、普通車といっても、個室になっていた。
空いている席に座って扉を閉めると、アイザックはぼんやりと窓の外を眺めた。夜だと言うのに、王都は光を放ち、多くの人が行き交っている。それを守るのが自分の役割だと、義務だと思っていた。踏みにじられて始めて、それが思い過ごしだったことに気づいた。涙も出ない。
警笛が鳴ると、列車はゆっくりと王都を離れ、南へと動き出した。
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