松任谷由実 / 日本のシンガーソングライター
松任谷 由実(まつとうや ゆみ、1954年〈昭和29年〉1月19日 - )は、日本のシンガーソングライター。本名同じ。所属レコード会社はユニバーサルミュージック(旧:EMIミュージック・ジャパン)。夫はアレンジャーの松任谷正隆で、自身の音楽プロデューサーも務める。出典:Wikipedia
さし歯が綺麗な人ね~ 松任谷由実
私も売れない時はタスマニアビーフのサーロインステーキばかり食べてたのよ 松任谷由実
大昔に坂本君がターボーとつきあってる頃、うちに2人で遊びにきたことあったよね。あ、これまずかった? 松任谷由実
あなただんだん松本清張に似てきたわね 松任谷由実
印税返すから曲返せ! 松任谷由実
ここをこう作れば人は感動するだろう、とかいうのは大っっ嫌いなのよね 松任谷由実
CD売り上げチャートって当てにならないわよね。全部の売り上げをレコード会社から正確に調査するわけじゃないし、売り上げ専門誌にお金を払えば良いだけの価値しかないチャートにこだわるつもりはないけど、金で取ったくせに1位だってデシャバルのはどうかと思うわ 松任谷由実
売れてないほうが格好良いってそもそもおかしいじゃない? 松任谷由実
芸術志向のアーティストって大嫌い 松任谷由実
女性アーティストって子供生んじゃうと、子供が最高傑作になってしまうのよね 松任谷由実
私のライブ会場のおトイレは知る人ぞ知る「発展場」ですから 松任谷由実
私、恋愛経験が少ないから分からない、心霊体験の方が多いかも、アハハハハハ 松任谷由実
コスプレですよね。ピンクレディの三年先を行ってた 松任谷由実
舞台で歌うこと自体が恥ずかしくてしょうがなかったから、もう見世物にしちゃえと思って。ヴォーカルもごまかせるし(笑)。青年館のコンサー トでは自転車に乗ってステージに出て来たんだけど、色気を出して客席に愛想を振りまいたものだから走るルートを間違えてギタリストが並べているエ フェクター(音色を 変える装置)を全部踏んじゃって、つなぎ直している間の三曲くらいはギターの音が全然出なかった(笑) 松任谷由実
雑誌よりライブ感あるよね。仙台で見るファッションと、広島や博多は違う 松任谷由実
人は変わり続けるからこそ、変わらずにいられるのだ 松任谷由実
人生のある一時期、目標のために自分を律するという経験を持てた人は素晴らしい 松任谷由実
何もいわずに、何もきかずにうけとめてくれてありがとう 松任谷由実
選ばなかったから失うのだ 松任谷由実
「シャンソン」という曲は高校生の頃にかじった純粋詩の世界を後から思い出しました。ジャック・プレヴェールの「夜のパリ」っていう詩が、そこに描かれてない物語を一瞬にして自分に運んできたんです。今まで接してきたものが、しかるべき時に出てくるんですね 松任谷由実
心のスイッチを入れるだけなの。本当に気の持ちようひとつで、周りの風景なんてどうにでもなってしまう。たとえばジョギングしているときに、走っていることさえ忘れてしまうような一瞬がありますよね?そういうときは木々の緑がいつもと全然、違って見える 松任谷由実
"行きたい!"と思い始めたとき、突き動かされたときが、旅の始まりなんです。いたずらに刺激が欲しいわけじゃない。別に、メロディや詞の材料が欲しくて行くわけでもないんです。ただ、旅に行った後の私は確実に、行く前の私とは変わっている。何かが私の中に蓄積されていく 松任谷由実
今思うとお恥ずかしい話なんですけど、当時、"街に指紋を残さない女"と呼ばれていました。触ったものはすべて買ってしまうから、指紋が残らないって(笑) 松任谷由実
見たり聞いたりするだけなら、絵葉書とかテレビで間に合うわけでしょ?そうじゃなくて五感を総動員してその土地を感じたいんです 松任谷由実
前作の『天国のドア』は、"外宇宙"を目ざした作品だったけれど、今回(『DAWN PURPLE』)は"内宇宙"という、さらに精神的な方向に深く進んだ感じ。それもよくいわれる"ある、ある"現象ではなく、聞き手が歌の中に入ってシミュレーションしていかれるような 松任谷由実
「ダイアモンドダストが消えぬまに」は作ったときにすごく達成感がありました。特に、詞がね。まさにバブルが消えぬまにって、言ってるわけだから。アルバムのテーマも、このときは明確でした。"もののあはれ"という言葉が、最初から頭にあった 松任谷由実
波はいつか、必ず引く。だから引いた後も安定姿勢で、自分の足で立ち続けようって、そんな覚悟はありました 松任谷由実
スタンダードを強く意識するようになったのは、『春よ、来い』のあたりからだったと思う。ヒットするとかしないとか、そんなものとは別の次元で、既成のホイールから抜け出せる出口はそこだと思った。曲を創り出したのは、熱に浮かされたようにそれを創らずにはいられなかったから 松任谷由実
(FACESで)選んだのが松本さんが作詞した聖子ちゃんや薬師丸さんの曲だったりするから周りは「大丈夫ですか?」って心配したけど、私が積極的に選んでいる。勿論聖子ちゃんの曲でも大丈夫じゃないのはあるんだけど「瞳はダイアモンド」なら大丈夫ってわかってたから 松任谷由実
Corvettの、五四年型じゃないんだけど、プレミアムついてるのを環八で友達に見せてもらってね。免許をとろうかと思ったのよ。シートが赤くてボディが銀色でね。この曲(Corvett 1954)はそのとき書いたの。こういう車でエスケープしたらいいなっていう感じ 松任谷由実
天才って、時代がつくるのよね。個人のバイブレーションと時代のバイブレーションがバッチリ合ったときにいい作品が生まれんるんだと思うのよね 松任谷由実
40代、すごくつらかったんです。ホルモンバランスが不安定だったのか、すごく調子が悪かった。作品やパフォーマンスに影響することはなかったけどね。更年期は大人の思春期、なんですかね。竹の節のように、そこに滞らないと先に伸びないんだろうね 松任谷由実
表現するとっかかりをつかむまでは、本当に苦しい。だけどいったん入り込むと、ずーっと、これから人に聴かせるべき歌とかそんなことも意識せず、カオスの中を自由に旅してる。そのうちに、あ、こんなの出ました、って 松任谷由実
時代が流れる速さを感じながら、自分も同じようにちょっとずつ、でも確実に動いているから、結果的にあまり変わらないように見えるんじゃないのかな 松任谷由実
(上質なシャンパンは)宝石みたいでめちゃくちゃきれいなんですよ。それを見てダイアモンドダストが立ってますね、と誰かがいった言葉がすごく印象に残ってね。アルバム制作に入って4曲目ぐらい書いたときに、作っている歌の世界とその言葉が重なってきたんです 松任谷由実
音楽って送り手があって、聞き手がいるという一方通行のメディアに思われがちだけれど、こちらの発想としては"ユーミンというセンサーを聞き手がガシャッとはめてくれると、その歌の世界に聞き手が入り込んでくれてストーリーを展開させていく"というものを目指しているんです 松任谷由実
当時の日本のショービズの現場には、演歌で使うような赤と緑のライトくらいしか存在しなかった。だからあの時期、すごく怒っていたような気がする。自分がやらないと何も伝わらないし、何も動かなかったから。やりたいことを実現するには、怒らないと何も始まらなかったから 松任谷由実
初めての街を歩くのも、面白いです。その土地を嗅いだり、色を見たりすると、その街のことがよくわかるから。途中、その街で一番センスが良い若い子たちがいそうなエリアを嗅ぎつけて、カフェでぼうっとしてたりね。今までもツアーの途中で、ずいぶんあちこち歩きました 松任谷由実
(友達から良いと教えてもらったセネガルのテランガというホテルについて)翌朝、窓を開けると、すぐ目の前から大西洋がだーっと広がっていて、そばを通る船の櫓の音と投網の音がして、それがすごくいいの。最高だった 松任谷由実
『COBALT HOUR』あたりでリゾートいう概念を打ち出したつもり。アルバム名を『ホリデー・イン・ミュージック』というのにしようとしていたくらいだし。その時点では「リゾートってなぁに?」っていうくらいその言葉自体を知らない人が大半だった 松任谷由実
お洒落でリッチな人間はもっと精神的な所に行くと思いますね。物を持ってるだけで自分のステータスを示せるような幻想からはとっくに離れてる。お金やものに限度があるけどイマジネーションに限度はないから自分の中でバランスのとれたゴージャスというのをやっていきたい 松任谷由実
ファッションに関しては"着たがり"だし、服は経験、だと思っているので、とりあえずエッジィなものでも袖を通してみようと思いますね。たとえ失敗しても、恥をかいても、それもまた経験になるから。無駄にならないから 松任谷由実
暮れかかる都会の空を 想い出はさすらってゆくの 「あの日にかえりたい」発売から40年です 松任谷由実
もしもそういう増幅回路みたいなものがあるとしたら、それが感受性だと思っているの。映画を観てて、あっと思ったら涙がこぼれてたり、ケガをして血がでたら、あっ血がでてる、ってびっくりしたりすることがあるでしょう。そういうこと、大切にしたい 松任谷由実
音楽が時代に果たす役割?私にはわからない。今を生きぬくことで見えて来るもの、感じることそれを私は音楽にしてゆくだけ。14歳の時の想いを変わらず持ち続けるため、変化を恐れず、私は歌をうたってゆくだけ 松任谷由実
(バブルについて)これはずうっとは続かないって、一目瞭然、わかった。でもね、別に否定するつもりはないの。バブル時代はすごく良い体験ができた時期だったし、楽しくもあったし。でも、もってあと4,5年だろうという感じも、わかってしまったんです 松任谷由実
逗子と言うと『エスター・ウィリアムズ』をイメージしているところがあって。水中から出た時にキラキラ~!って光る演出はやろうとした。もう一つイメージするのは『エルテ』の絵ですね。アールデコな感じが好きだから 松任谷由実
どうして、そんなにお金かけるの?と、同業者からよく聞かれます。ワンステージごと、自ら本気で楽しみながら自分の中で、白星にしていく事が、来てくださった方々へわたしからの最大の感謝の意です 松任谷由実
一回目は前売り券もなく、ステージもないところに台を置いて、客席には座布団。ゲレンデ側の大きなガラス窓をホリゾントにして、ある曲で開けると灯りで染まった雪が見えるようにしていたら、事情を知らないおじさんというか、“おっさん”がガラス越しにのぞいていたことがあった 松任谷由実
私自身がひとつのジャンルなんですよね。だから、追われる気分もなければ、そういう領域にないのね。自分で基礎工事して作った広いトラックを自分が走っているようなものだから、追うとか追われるとかの話じゃないのね 松任谷由実
そのとき初めて感じることができるかも知れない。私がある時代を懸命に生きたことを。そして、私の音楽が誰かの人生とともにあったのだということを 松任谷由実
「日本の恋と、ユーミンと。」作者からすると少し面映いこのタイトルの奥にあるのは、「私の曲の主人公はいつもあなた自身なのです。」という気持ちです 松任谷由実
(3年ほど着物ばかり着ていた時期について)体がキモノに慣れておけば、いざというとき、正々堂々と自分を主張できるはずだと思ったの。ですからそんな、すごい着物を着ていたわけじゃなくてね。銘仙とか紬とか。それを毎日、着てました 松任谷由実
いつの日か、見知らぬ場所で、私を知らない人たちがわたしの歌をうたっている光景をみてみたい。たとえそれが遥かな空の上からだとしても 松任谷由実
体のほうも、それまでの疲れなのか、ちょっと胃にきたしね。今だから、今になったから、言えるけど(笑)。あの、肉体は強靭なんだけど、精神も強いと思うけど、神経が弱いのかもしれない(笑) 松任谷由実
(作曲を)やめると、世の中が色を失うと思うの、自分にとって、世界が。そういう脳で世界を見て、人に会ってものに触れて生きてきたから。曲を作るという回路を切っちゃったら、私自身が止まっちゃうかもしれない。だからきっとこの先も、作り続けると思います 松任谷由実
(風景の)質感って無限にありますから、歌も、メロディとコードと、アレンジ、リズム、歌唱、声の出し方とか、そこで万華鏡のように立体的になるから。愛してるっていう言葉でも、そのメロディのそのタイミングで出てくることで、無限に質感はあるんです 松任谷由実
(松任谷流究極のアンチ・エイジングについて)創作していることです。苦しくても曲を作っていると、自分の中から分泌される何かが、乳液になってるような気がする 松任谷由実
私達と帯電して下さい。二時間程のステージが終わって外に出ても、もう砂鉄には戻らないくらい、私達と帯電して下さい 松任谷由実
苗場に来ると必ずメンバーやスタッフ・・・大勢でワイワイ食べたり飲んだり。ステージに必要なパワーもそれでチャージしている感じ 松任谷由実
歩いていると土地のパワーを感じる。あっちこっち行ってみて、そういうのが動物的にわかるようになった。遠くに行かなくても、家の近所でも、偶然出かけた先でも、感じるようになったんです 松任谷由実
TEARS AND REASONS タイトルが決まった。どうしても「涙」という言葉を使いたかった。お父さんも同じことを考えていた。一緒にアルバムをつくっていると、必ず、こういうことが何度かおきる 松任谷由実
砂漠に行くと、地球は天体だってことが感覚でわかるようになるんです。巨大なクレーターにいるような感覚も味わったし、見たことのない自然現象が、まるで宇宙体験のように思えた。距離や時間の感覚が一気に覆されてしまった 松任谷由実
(88年逗子)巨大な橋の両側をクレーンを使い同時に持ち上げていくと片方のクレーンの動きが悪かったのか上がるにつれて橋自体が傾いていっちゃったんですよ!台風も近づいていて風も強くて、もう本当に死ぬかと思った 松任谷由実
(REINCARNATIONツアーパンフ撮影時)撮影が始まった時点で猛烈な眠気に襲われた後、苦しくなった。(オーロラテープを)破いて脱出したら、そこにバケツ何杯分もの汗がだーっと。それが一番過酷なシューティングだったかな 松任谷由実
脳がそのペースで回転していたから、フル回転してると電磁石に吸い付いてくるようにアイデアもばんばん浮かんでくるんです 松任谷由実
不安です。自分の中に詞を書くための情報、題材がたまっているんだろうかって。いつインプットしたのか自分でも覚えていないものが年月をかけて醸造されて出てくるんじゃないかな 松任谷由実
充実する時間を待ってるんじゃなくて充実を作ろうとした人に充実がくるという感じがしますよ。手をこまぬいて待っていても一生のうちに2回や3回は自然の波はくると思いますけど。充実ってことはすごくおいしい食べ物みたいなものだからそれを味わうために節制とか経験も必要 松任谷由実
音楽だと、時代の最先端の傾向を知りつつ、自分の方向性とすりあわせて中庸を維持する姿勢が取れるし、取るべきだと思っている。本業だからね。でもファッションは趣味だから、いくらでも冒険できるんです。遊べるし、遊ぶのが大好きなんですよ 松任谷由実
デビュー当時、嶋田クンという"丘サーファー"がマネージャーをしてくれてて、成城のミスタードーナツで仲間とたむろしてました。その頃すごく雰囲気のある場所だった。一時ジョギングの折返し点になってましたが、マンちゃんがDIETをはじめてから足が遠のいたみたい 松任谷由実
ラブソングは人に伝えやすいから、どうしても恋愛をテーマにすることが多くなるんです。でも乱暴に言えば、恋は、どうでもいい。それより、心やものが移ろいゆく刹那を、温度とか匂いとか風の音とか、そういう形で表現しているんだと思う 松任谷由実
昔、『太陽がいっぱい』という映画のサウンドトラックを聴いているとチリチリッって、地中海の暑さとかけだるい感じ、海の匂いを感じたんですよ、子どもながらに。それと同じことを歌でやろうとしているのだと思う、私は 松任谷由実
(印象に残る風景は)モンゴルの平原で、虹が4つくらいいっぺんにかかっていた風景かな。そんなの当たり前なんですって、360度見渡す限りプレーンな大平原だから。あと、はるか向こうにほんの小さな雨雲があったのが、近づいてきたらすごい広範囲で、しかも土砂降りだったり 松任谷由実
40代後半で気が付いたの。人間て、年齢を重ねるとどんどん個性が煮詰まるんです。自分のクセが見えてきたら、ちょっと外してみるのもいいかもしれない。私はそれに気付いてからずっと自分にフェイントかけまくってきたから、そうね、いまだに自分が何者か、よくわからない 松任谷由実
日常の束の間を置き去りにして最後のトンネルを抜けると、暮れゆく夕方の雪山をバックに苗場プリンスホテルが浮かび上がるように現れる。それはまるで宇宙ステイション。カクテルライトを乱反射させて輝くその姿は、ここでしか見られない不思議な風景 松任谷由実
30代まっただ中のときは何も悩んでなかった。とにかく馬車馬だったから。でも90年代半ば、40の声を聞くか聞かないかのあたりでいきなり、"このままこのレールに乗って行くのだろうか?"っていう疑問が生まれた 松任谷由実
シャングリラを始めたのが。45歳のとき。『40代でやることかぁ?』って言う人もいたけど、確かにすごい賭けだったと思う。世界中から超一流のスタッフを集めて、それもみんな個性の強い人たちばかりだから、打ち合わせするだけでもすごいパワーが必要なんです 松任谷由実
顔が売れちゃってからは公共の乗り物から遠ざかっていたんだけど、久しぶりに乗ってみたら、これが楽しくてね。カードで改札を通れるようになってからは、まるでそのカードが"開け、ゴマ!"って言ってるみたいで 松任谷由実
他の素晴らしい磁石とも出合い、更にいろいろな才能を引き寄せて来た。今、たぶん、日本中の多くの人が注目してくれているであろうこのステージで、その回転数はいやが応でももっと上がる。何か本当に、奇蹟がおこりそうな気がする 松任谷由実
私はアルバムが作れる限りこの瞬間(試聴会)が一番好きだ。聞いていて改めてボーカルに対する認識を新たにした。声というのは、下手、うまい、に関わらず大きなキャラクターだ。私が私がある限り、私は変わり続けるだろう。そして私が私である限り、何も変わる事がないのだ 松任谷由実
POPでクラシック、うたかたと永遠、無限と有限、赤ちゃんと老人まで(笑)、対極にあるものがつまっている。その様々なベクトルが交差したところが「今」。だから「今をいきよう」ってことがコンセプトのひとつにあります 松任谷由実
もう曲を作らなくても、アルバム出さなくても、興行的には十分やっていけるんです。だから曲を作り続けてるのは名声とかお金のためではなくて、レコード会社のためでもない。自分のため、ですよね 松任谷由実
(泉谷しげるについて)年中吹き出してる人 松任谷由実
既に金持ちだったんでっ!! 松任谷由実
私の才能のお陰です! 松任谷由実
短大なんかとは関係を持ちたくない! 松任谷由実
ちょっと、みんなが右に手を振ってる時に左振ってる方向音痴は誰? 地獄に落ちてちょうだい 松任谷由実
私、子供嫌いですからっ! 松任谷由実
ワ~ありがとう!仏壇花ですか? 松任谷由実
本作は物語ではありません。大きな感動も、劇的な展開もありません。ここにあるのは、そっと心に触れる短い言葉だけです。
毎日を生きていると、理由は分からないけれど疲れてしまう日があります。長い文章は読めなくても、一言なら目に入ることがあります。
「今日はここまででいい。」「明日頑張ろう。」そんな気持ちになれる言葉を集めました。
人生、努力、失敗、立ち止まること、休むこと、また歩き出すこと。自己啓発系を中心にしながらも、強さだけではなく、弱さを抱えたまま生きる言葉を選んでいます。
どこから読んでも、途中で閉じても、何日空いても構いません。元気な時には気づかなかった一文が、疲れた日にだけ、そっと意味を持つことがあります。この名言集は、そんな「出会い」を大切にしています。
必要な言葉だけ、必要な分だけ、受け取ってください。




