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箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜 ― 自己啓発系ほぼ網羅 ―  作者: 条文小説


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エーリヒ・フロム /ドイツの社会学者、精神分析家 (1900-1980)

挿絵(By みてみん)


エーリヒ・ゼーリヒマン・フロム(Erich Seligmann Fromm、1900年3月23日 - 1980年3月18日)は、ドイツの社会心理学、精神分析、哲学の研究者である。ユダヤ系。マルクス主義とジークムント・フロイトの精神分析を社会的性格論で結び付けた。新フロイト派、フロイト左派とされる。出典:Wikipedia

 苦悩や服従や自殺が、生の積極的な目標に対するアンチテーゼであることは疑いない エーリッヒ・フロム


 我々のものとは、人であれ無生物であれ、われわれが創造的な活動によって純粋な関係を持っているものだけである エーリッヒ・フロム


 合理化は、現実を洞察する手段ではなく、自分自身の願望を、存在する現実と調和させようとする事務的な試みである エーリッヒ・フロム


 我々の自発的な活動から生まれる性質のみが自我に強さを与え、ひいては自我の統一性の基礎となる エーリッヒ・フロム


 能動的な思考から生まれてくる思考は、常に新しく独創的である。独創的ということは、必ずしも他の人間が以前に考えなかったという意味ではなく、考える人間が、自分の外の世界にしろ中の世界にしろ、そこになにか新しいものを発見するために、その手段として思考を用いたという意味においてである エーリッヒ・フロム


 良心は、外的権威と同じような冷酷な支配者であること、また人間の良心によってあたえられる秩序の内容は、結局個人的な自我の要求によってよりも、倫理的規範の威厳を装った社会的要求によって左右されやすいものであるということが明らかになっている エーリッヒ・フロム


 権威は常に、何時はこのことを成せ、あのことをなすべからずと命令するような個人や制度であるとは限らない。この種の権威は、外的権威と名付けることができるであろうが、権威は、義務、良心あるいは超自我の名のもとに、内的権威としてあらわれることもある エーリッヒ・フロム


 マゾヒズム的人間は、外部的権威であろうと、内面化された良心あるいは心理的強制であろうと、ともかくそれらを主人とすることによって、決断するということから解放される。すなわち自分の運命に最後的な責任をもつということから、どのような決定をなすべきかという疑惑からも解放される エーリッヒ・フロム


 人は自己自身を屈服させ、それのもつすべての力や誇りを投げ捨て、個人としての統一性を失い、自由を打ち捨てる エーリッヒ・フロム


 個人的自我を絶滅させ、耐え難い孤独感に打ち勝とうとする試みは、マゾヒズム的努力の一面に過ぎない。もう一つの面は、自己の外部の、いっそう大きな、いっそう力強い全体の部分となり、それに没入し、参加しようとする試みである エーリッヒ・フロム


 二元にとっての主な仕事は、自分自身を創造することである エーリッヒ・フロム


 死ぬということは身を切るほどつらいものだが、それにも増して生きた実感がないまま死なねばならないと思うことは耐えがたい エーリッヒ・フロム


 偽の自己は、実際には他人から期待されている役割を代表し、自己の名のもとにそれを行う代理人に過ぎない エーリッヒ・フロム


 生命を求める衝動が妨害されればされるほど破壊を求める衝動は強くなる。生命が実現されればされるほど破壊性は弱くなる。破壊性は生きられない生命の爆発である エーリッヒ・フロム


 自発的に行動できなかったり、本当に感じたり考えたりすることを表現できなかったり、またその結果、他人や自分自身に対して偽の自我を表さなければならなかったりすることが、劣等感や弱小感の根源である エーリッヒ・フロム


 サディズム的人間は、彼が支配していると感じている人間だけを極めてはっきりと「愛し」ている。妻でも、子でも、助手でも、給仕でも、道行く乞食でも、かれの支配の対象にたいして、かれは愛の感情を、いや感謝の感情さえ持っている。かれらの生活を支配するのは、彼らを愛しているからだと、彼は考えているかもわからない。事実は彼は彼らを支配しているから愛しているのだ。彼は物質的なもので、賞賛で、愛を保証することで、ウィットや光彩ある才気で、関心を示すことによって、他人を買収している。彼はあらゆるものを与えるかもわからない―――ただ一つの事をのぞいて、すなわち自由独立の権利をのぞいて エーリッヒ・フロム


 現代における(自由からの)逃走の主要な社会的通路はファシスト国家におこったような指導者への隷属であり、またわれわれ民主主義国家に広くいきわたっている強制的な画一化である エーリッヒ・フロム


 狂おしい努力は、他の方法ではたえられない無力感に安堵をあたえるものであった エーリッヒ・フロム


 ルッターにみられるような、確実性への強烈な追求は、純粋な信仰の表現ではなく、たえられない懐疑を克服しようとする要求に根ざしている。ルッター的な解決の仕方は、いまでも多くの人々にみられるもので、ただかれらは神学的な言葉で考えないだけである。すなわち、かれらは孤独となった自我を取り除くことによって、また個人の外にある圧倒的に強力な力の道具となってしまうことによって、確実性をみつけだしている エーリッヒ・フロム


 指導者の性格構造は、かれの主張を受け入れるひとびとの特殊な性格構造を、より端的にはっきりとあらわしていることが多い。指導者は、その支持者がすでに心理的に準備している思想を、よりはっきりと率直にのべているのである エーリッヒ・フロム


 愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛することができない エーリッヒ・フロム


 愛の技術の習練という問題に立ち向かうことにする。…技術の習練には規律が必要である。規律正しくやらなければ、どんなことでも絶対に上達しない。“気分が乗っている”ときにだけやるのでは、楽しい趣味にはなりうるかもしれないが、そんなやり方では絶対にその技術を習得することはできない エーリッヒ・フロム


 一人の人間を愛するということは、人間そのものを愛することでもある エーリッヒ・フロム


 愛は誰かに影響されて生まれるものではなく、自分自身の愛する能力にもとづいて、愛する人の成長と幸福を積極的に求めることである エーリッヒ・フロム


 愛情深い母親になれるかなれないかは、進んで別離に堪えるかどうか、そして別離の後も変わらず愛しつづけることができるかどうかによるのである エーリッヒ・フロム


 愛と労働は分かちがたいものである。人は、何かのために働いたらその何かを愛し、また、愛するもののために働くのである エーリッヒ・フロム


 愛は、愛する人の成長と幸福を積極的に求めることである エーリッヒ・フロム


「愛されるから愛する」というのは幼稚な愛です。「愛するから愛される」というのが成熟した愛なのです エーリッヒ・フロム


 愛は能動的な活動であり受動的な感情ではない。そのなかに「落ちる」ものではなく「みずから踏みこむ」ものである。愛は何よりも与えることであり、もらうことではない エーリッヒ・フロム


 神学の論理的帰結が神秘主義であるように、心理学の究極の帰結は愛である エーリッヒ・フロム


 人間が完全に自然から離れることはない。あくまで人間は自然の一部だ エーリッヒ・フロム


 愛は「自由の子」なのであり、決して「支配の子」ではない エーリッヒ・フロム


 愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛することができない エーリッヒ・フロム


 人は愛する者のために働く生き物なのです エーリッヒ・フロム


 人生の意味はひとつしかない。生きるという行為…それ自体なのです エーリッヒ・フロム


 一人の人を本当に愛するとは、すべての人を愛することであり、世界を愛し、生命を愛することである エーリッヒ・フロム


 愛とは愛を生む力であり、愛せないということは愛を生むことができないということである エーリッヒ・フロム


 自分の役に立たないものを愛する時にはじめて、愛は開花する エーリッヒ・フロム


 大抵の母親は「乳」を与えることはできるが、「蜜」も与えることのできる母親はごく少数しかいない。蜜を与えるためには、母親はたんなる「良い母親」であるだけではだめで、幸福な人間でなければならない エーリッヒ・フロム


 教師は生徒に教えられ、俳優は観客から刺激され、精神分析医は患者によって癒される エーリッヒ・フロム


 他人を「信じる」ことのもうひとつの意味は、他人の可能性を「信じる」ことである エーリッヒ・フロム


 人間が自分で意味を与えないかぎり、人生には意味がない エーリッヒ・フロム


 何かをもらうために与えるのではありません。与える事自体がこの世で一番の喜びなのです エーリッヒ・フロム


 勇気とは、あえて危険を犯す能力であり、苦痛や失望をも受け入れる覚悟である エーリッヒ・フロム


 誰かを愛するというのはたんなる激しい感情ではない。それは決意であり、決断であり、約束である。もし愛が単なる感情にすぎないとしたら、「あなたを永遠に愛します」という約束はなんの根拠もないことになる エーリッヒ・フロム


 愛は、人と人を結びつける力なのです エーリッヒ・フロム


 愛は、人間のなかにある能動的な力である。人をほかの人々から隔てている壁をぶち破る力であり、人と人を結びつける力である エーリッヒ・フロム


 もし、私の持っているものが私を意味するなら、また、私が持っているものを失ってしまったら、私は誰なんだろう? エーリッヒ・フロム


 たくさん持っている人が豊かなのではなく、たくさん与える人が豊かなのだ エーリッヒ・フロム


 集中力を身につけるためには、くだらない会話をできるだけ避けることが大事だ…くだらない会話を避けることに劣らず重要なのが、悪い仲間を避けるということである エーリッヒ・フロム


 現代では、集中力を身につけることは規律よりもはるかにむずかしい エーリッヒ・フロム


 利己的な人は自分を愛しすぎるのではなく、愛さなすぎるのである。いや実際のところ、彼は自分を憎んでいるのだ エーリッヒ・フロム


 二人の人間は、自分の交換価値の限界を考慮したうえで、市場で手に入る最良の商品を見つけたと思ったときに、恋に落ちる エーリッヒ・フロム


 過去の危険は、人間が奴隷になることだった。未来の危険は、人間がロボットになるかもしれないことだ エーリッヒ・フロム


 愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ エーリッヒ・フロム


 愛は、人間の実存という問題への、唯一の健全で満足のいく答えである エーリッヒ・フロム


 現代人は、ものごとを急いでしないと、何か、つまり、時間を損したような気持ちになる。しかし、時間つぶし以外には、浮かせた時間をどう使っていいのかは分からないのである エーリッヒ・フロム


 人生において人がなすべき主な仕事とは、自分自身を誕生させることである。可能性としての自分を実現することである。人の努力のもっとも重要な成果とは、その人自身のパーソナリティである エーリッヒ・フロム


 一人でいられる能力こそ、愛する能力の前提条件なのだ エーリッヒ・フロム


 自分自身を信じている者だけが、他人にたいして誠実になれる エーリッヒ・フロム


 未熟な愛は言う、「愛してるよ、君が必要だから」と。成熟した愛は言う、「君が必要だよ、愛してるから」と エーリッヒ・フロム


 権力欲は強さでなく弱さに根ざしている エーリッヒ・フロム


 愛においては、二人が一人になり、しかも二人でありつづけるというパラドックスが起きる エーリッヒ・フロム

 本作は物語ではありません。大きな感動も、劇的な展開もありません。ここにあるのは、そっと心に触れる短い言葉だけです。


 毎日を生きていると、理由は分からないけれど疲れてしまう日があります。長い文章は読めなくても、一言なら目に入ることがあります。


 「今日はここまででいい。」「明日頑張ろう。」そんな気持ちになれる言葉を集めました。


 人生、努力、失敗、立ち止まること、休むこと、また歩き出すこと。自己啓発系を中心にしながらも、強さだけではなく、弱さを抱えたまま生きる言葉を選んでいます。


 どこから読んでも、途中で閉じても、何日空いても構いません。元気な時には気づかなかった一文が、疲れた日にだけ、そっと意味を持つことがあります。この名言集は、そんな「出会い」を大切にしています。


 必要な言葉だけ、必要な分だけ、受け取ってください。

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