共に生きていくということ(後編)―明日へ導く光―
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「……私のせいだ……」
倫心は家に帰ってからも、
田中の苦渋に満ちた表情が忘れられなかった。
自室のベッドに疲れ果てた体を投げ出す。
今までの仕事が数字としての結果に結びつかなかった事実が重くのしかかる。
課長も田中も、宮西さんの採用にはリスクがあると言っていた。
私は「やりがい」を押し付けたのかもしれない。
宝物だと言って抱え込ませて、負荷をかけ続けた。
私の理想論が、宮西さんを追い詰めてしまったんだ……。
倫心は体を横にして、膝を抱え丸くなった。
翌日、社長室。
舟木の父であり、前社長の舟木省吾が訪ねてきた。
二世帯住宅に同居している父がなぜわざわざ会社を訪ねてきたのか、
舟木には予想がついていた。
「親父、どうしたんだよ。家では言えないことでもあるのか?」
「まあ、近くまで来たからな……」
省吾も様子を伺うような、曖昧な返答をする。
「会社が心配か?」
舟木が探りを入れると、省吾は容赦なく核心を突いてきた。
「大丈夫なのか。障がい者社員が亡くなったそうだな……。
訴えられたりしていないか?」
「それはない。ご自宅でのことだ」
「今年も法定雇用率は未達成なんだろ。結局、納付金も払うことになって……。
俺がなぜ今まで障がい者雇用をしてこなかったのか、思い知ったんじゃないのか」
問い詰められ、舟木は言葉を失う。
「人には相応しい居場所があるんだよ。無理して共に働く必要はない」
「相応しい場所? そんなの誰が決めたんだよ。誰だって……」
舟木は何を言っても言い訳になってしまいそうで、言葉を飲み込んだ。
「お前はよくやったよ。二人も障がい者を定着させて。これ以上リスクを負うな。
すでに損害を出してるだろ。あれだよ、あれ……コスパ悪いってやつだ。
物事には引き際というものがある」
省吾は冷静に言いたいことだけを伝え、社長室を出て行った。
残された舟木が頭を抱えていると、ノックの音がした。
「どうぞ」
視線をドアに向けると、倫心が入室してきた。
「失礼します。社長、宮西さんのご家族が私物を取りにいらしていて、
できれば社長にご挨拶をしたいとのことですが、
ご案内してもよろしいでしょうか」
「分かりました。香山さんも田中さんも同席してください。
ご家族も、色々知りたいと思いますから」
「はい」
倫心は複雑な思いで困惑する。
全てを受け入れる覚悟はできていたが、不安は膨らんでいった。
社長室。
田中と倫心の案内で、宮西の父・良介と母・真理が入ってきた。
「どうぞ、おかけください」
倫心と田中が宮西夫妻を来客用のソファに誘導し、
夫妻が遠慮がちに腰を下ろすのを待って、
舟木、田中、倫心が向かい側に座った。
「美香里は、一生抱えていかなきゃいけない病気を持って生まれて……。
美香里の人生はもう決まってしまったと思っていました」
母親の真理が、膝の上で手を震わせながら語り出す。
「一般の会社で働くなんて、夢のまた夢だって。
でも、御社はチャンスをくださいました。初めてのお給料をもらった時は、
飛び上がって喜んでいたんです。
お母さんに丸いケーキを買ってあげられるって。
私の誕生日に、本当にホールケーキを買ってくれました」
父親の良介も言葉を継ぐ。
「美香里がしてしまったことを聞かされた時は、血の気が引きました。
解雇も覚悟しました。でも……香山さん、美香里を紅葉祭りに
連れていってくださいましたよね」
倫心は自分の名前が出てきて、背筋を伸ばした。
「『私の気持ちは宝物』だと言ってくれたと、嬉しそうに話していました。
あの日から美香里は変わりました。ちゃんと、大人になったんです。
ファンの人に喜んでもらうために、私、お仕事頑張るんだって……。
親の口から言うのも変ですが、責任感が芽生えて。
働く喜びを教えてくださって、本当にありがとうございます」
倫心の目から、雪解けのような涙がつたう。
真理も感謝の気持ちが溢れ出し、何度も深く頷いた。
「知的障がいがあるわがままなあの子と働くのは、大変でしたよね。
親の責任です。かわいそうな子だからと言い訳して、
つい甘やかしてしまって……。
でも、皆さんはそんなあの子と共に働くことを諦めないでくれた。
棚も、美香里が作業しやすいように変えてくださったそうで」
田中の脳裏に、発送作業場がイノベーションされた風景が浮かぶ。
「宮西さんのおかげで、誰もが作業しやすい環境になりました」
田中はあの日の感動を思い出し、真っ直ぐに想いを伝えた。
夫妻は声を震わせながら微笑んだ。
「人生の価値は長さで決まるものではないですよね。
美香里の人生は幸せでした。大袈裟ではなく、
御社は美香里の人生に光をあててくれました。
美香里の時間を輝かしいものにしていただき、ありがとうございます」
二人は深々と頭を下げた。
舟木は胸が熱くなり、「宮西さんは戦力でした」と言うのが精一杯だった。
「……実は、今日伺ったのはお礼だけではないんです」
良介が一枚の名刺を差し出した。
そこには『Palace West PR』という社名がある。
「私は長男と一緒に、
地元の小さなイベント会社を経営しています。
お恥ずかしい話ですが、今までは美香里に何ができるのか、
親である私たちが一番分かっていませんでした」
真理はバッグにつけていた、セーリングプリント製のアクリルキーホルダーを
見せながら「私、買っちゃいました」と笑顔で告げる。
「これからは、うちが受ける地域イベントのノベルティ制作を、
ぜひ御社にお願いしたいと思っております」
突然の仕事の依頼に驚き、舟木が息を呑む。倫心と田中も、驚愕に目を見開いた。
「それと……どうか、障がい者雇用を辞めないでください。
美香里が悲しみます。共に働きたいと願う方に、
光をあて続けてください。おこがましいですが、どうかお願いします」
良介の言葉は、社長室の外で聞き耳を立てていた省吾の耳にも、
はっきりと届いていた。省吾は帰る途中で宮西夫妻を見かけ、
心配になって引き返していたのだ。
「……商売を、連れてきたか」
ずっと忘れていた、思いがけないことが起きるワクワク感を思い出し、
省吾は苦笑いを浮かべて会社を後にした。
社長室。
夫妻が去った後、静かな余韻が漂っていた。
舟木は展示棚から四つのインク瓶を取り出し、テーブルに並べる。
「色の四原色……全ての色はここから生まれる。
実はさっき、前社長には引き際だと言われて……頭を抱えていました。
でも、決めました。宮西さんはちゃんと綺麗な色を残してくれた。
次の色に繋いでいかないとな」
田中が結論を待ちきれないかのように質問した。
「社長……。来期の法定雇用率達成を目指して、
採用プランを継続してもよろしいということでしょうか?」
田中の声はいつも通り淡々としていたが、その指先にはわずかに力が入っている。
舟木は田中の真っ直ぐな瞳を見て、深く頷いた。
「はい。よろしくお願いします。
誰もがいたい場所にいられるのが良いなんて、
そんな理想を口にできるほど若くはない。
……けれど、これからも居場所を求める人に
できることをしていきたい。共に働いていきたいと思っています」
舟木の言葉を聞いた瞬間、田中の張り詰めていた指先から、ふっと力が抜けた。
これでようやく、自分の「進化」を認められる。
家族の変化に気づけるようになったことも、同僚を気遣えるようになったことも、
仕事に情を絡めてしまったことも。
少し前まで「退化」だとさえ思っていた変化のすべてが、
今は何よりも確実な手応えとなって田中を支えていた。
「……承知いたしました。香山さん、またハローワークとの調整、忙しくなりますよ」
「はい! よろしくお願いします!」
倫心は力強く答えた。
想いを繋いで、カラフルなパズルをこれからも組み立てていける。
倫心はそれだけでいいと思えた。
夕闇が迫る中、社長室の明かりがインクの瓶を照らしていた。
それはまるで明日を導く光のように、それぞれの心に差し込んでいく。
自宅に戻った舟木社長は、一人自室で瓶ビールをグラスに注いでいた。
「迷彩君、一生俺を許さなくていいから。一生、この罪を背負って生きていくよ」
独り言を呟きながら、冷えたグラスを指先でなぞる。
もう、免罪符を求めるのはやめにする。
俺がしなくてはいけないことは、いつか、倉田の息子や、
あの日の迷彩君が「誰かと共に働きたい」と願ってくれた時のために、
この会社を、そして自分自身を、進化させ続けることだ。
「……ふう」
ビールを一気に煽ると、鋭い冷たさが喉を直撃した。
喉を焼くような強炭酸の刺激が、
胸の奥に澱んでいた甘えを容赦なく削ぎ落としていく。
氷点に近い液体が喉を滑り落ちるたび、
あの日からずっと張り付いていた「ぬるい後悔」が剥がれ落ち、
重く沈んでいた体が軽くなっていく。
「冷たい……」
最後の一滴まで飲み干し、空になったグラスをテーブルに置く。
窓の外には、明日を待つ夜の静寂が広がっていた。
読んで頂きありがとうございます。
次章が最終章になります。
最後までよろしくお願いします。
感想お待ちしてます。青海




