ツーカーの仲
倫心の親友、佳純が登場するお話です。読んで頂けたら嬉しいです。
公共のスポーツ施設。
キュッ、キュッ、と体育館の床が悲鳴を上げる。
倫心が打ち上げた甘いロブを、津田佳純が強烈なスマッシュで叩きつけた。
返し損ねたシャトルが倫心の足元を鋭く突き抜る。
「……相変わらず、えげつないね」
倫心が苦笑いしながらシャトルを拾い上げると、佳純は無言でラケットのガットを弄った。
ミリ単位のズレも許さないといった様子で、執拗に糸の並びを整えている。
中学から大学まで、二人はバドミントンダブルスのペアだった。
津田の『つ』と香山の『か』で、周囲からは『ツーカーペア』と呼ばれていた。
共に練習し、試合に勝った時は抱き合って歓喜し、負けた時は敗因について、
何時間も分析した。
言葉を交わさなくても、佳純が次にどこへ動くのか、何を考えているのか
倫心には肌感覚で分かっていた。まさしくツーカーの仲だった。
けれど今、目の前にいる佳純の重心がどこにあるのかさえ、今の倫心には読み取れなかった。
大学卒業後、大手企業を半年で辞め、転職を繰り返した末に
二ヶ月前から実家に引きこもっている佳純。
「佳純ちゃん、今日は私の運動不足に付き合ってくれてありがとう。
体育館の予約も助かったよ。佳純ちゃんは学生時代と変わらないね。
私、ついていけないよ」
倫心が慎重に選んだ言葉に、佳純の指が止まった。
「仕事してないから体力が有り余ってるだけだよ」
佳純の声は、ひどく冷たかった。
佳純は職場でどんな傷を負ったのか、ずっと佳純と一緒いた倫心には少しだけ想像が出来たが
佳純が話してくれるまでは想像の域を出なかった。
どうにか佳純の言葉を聞き出したい倫心は自分の仕事の話をしてみる。
「今日ね、うちの社長が突然人事室に来てさあ。障がい者雇用を始めるって宣言して、
私、担当になっちゃった・・・。なんか、『居場所を作りたい』とか言って。
……正直、そんなの綺麗事だなって思っちゃったんだけど」
佳純がふっと、自嘲気味に笑った。
「本当、綺麗事だね。居場所なんて、他人に用意してもらうもんじゃない」
佳純の声の響きには、かつての「聡明さの副作用」としての尖りはない。
代わりに、今の彼女を支配する淀みだけが伝わってくる。
倫心は、かけるべき言葉を完全に見失った。
あんなに軽快に、反射的に打ち返せていたあの頃の共鳴は、もうどこにもなかった。
そして、必死な顔で頭を下げていた社長の姿がフラッシュバックした。
倫心は、落ちていたシャトルを拾いあげ、羽根を一枚、無意識に毟った。
佳純ちゃんの中で何が起きてるの?
社長はなぜあんなに「居場所」を作ろうと必死になってるんだろう?
倫心はラケットを握り直したが、手のひらには嫌な汗が滲んでいた。
コートの反対側で再び構えた親友の姿が、遥か遠くに見えた。
読んで頂きありがとうございます。近日中に続きを投稿します。よろしくお願いします。




