受容と理解
いつも応援ありがとうございます。
思うところがあって改訂しました。
誰も転生しないし、魔法使いも登場しませんが
読んで頂けたら幸いです。
『通院して、体調が整われましたらご連絡下さい。お待ちしております』
北岡は、留守番電話に残されたメッセージをただ虚ろに聞いていた。
北岡の自宅は、一人暮らし用の手狭なワンルームだ。
部屋の三分の一は、ベッドが占めている。
ベッドに横たわりながら、スマートフォンの着信履歴に目を落とす。
そのほとんどがセーリングプリント株式会社からのものだった。
現実を突きつけられるようで、嫌気がさし、
スマホを伏せて、枕の下に押し込む。
人事課の社員さんは会社を無断欠勤した社員の状況を確認する仕事を
しているだけだ。
そして、数年前までは電話をかける側の仕事をしていた。
思い出さないように蓋をしていた記憶が、意志に反して自動再生される。
あの時のかれんの顔が忘れられない。
「私は何も言ってない。最近、保春おかしいよ」
「俺はおかしくない。『お前は馬鹿だ、無能だ』って言ったよな!」
「だから、私は何も言ってないってば」
夫婦の会話の最後は、いつもこんな空虚な繰り返しだった。
かれんは、本当に何も言っていなかった。
すべてが幻聴だった。かれんが言った通り俺が、おかしかったんだ……。
かれんは最愛の妻だった。
失った。
仕事も幻聴のせいで集中出来なくなって
失った。
強制的に親に病院へ連れてかれて、
医師に入院しろと言われた。
常に情報が飛び交う現代、いつの間にか
隠しておきたいことも知られてしまう
俺とどう接したら良いか分からなくなった者は
俺から離れていった
愛する人も仕事も友人も失ったけど
生きていかないといけなかった
「こんなはずじゃなかった」という絶望の念に
押しつぶされそうになりながら、 踏ん張って受け入れ、
現実を受容して、 生き方を変えて生きていこうと決めたはずなのに。
結局、認められたい欲に負けた。
以前と同じようには出来ないことは分かっていたのに。
枕の下のスマートフォンが、服薬の時間を知らせる微かな音を立てる。
北岡は重い思考をなんとか現実に引き戻し、
キャビネットの引き出しから薬の入った病院の紙袋を取り出す。
「毎日決まった時間に薬を飲む生活も受け入れた・・・。」
北岡はポツリとつぶやいた。
薬の残量が2日分しかない。
スマホのリマインダーが通院日を表示する。
病院診察室。
「あれだけ頑張りすぎないようにといったのに」
北岡の担当医、佐々木は呆れ顔だ。
「働き出したら、つい欲が出て……」
「北岡さん、僕に言いましたよね。自分のペースで周りに助けてもらいながら
働いていきたいって。その為に障がい者雇用を選択するって」
「…」
「何も同じレールを歩く必要はないと思います。いいじゃないですか。
同じ空間にいくつもレールがあっても。
それぞれのペースでそれぞれのレールを 歩いていけば。
困ったら、ちゃんとSOSを出して隣のレールを歩いている人に
少し立ち止まってもらって 助けてもらえばいい。
レールを降りなければ、北岡さんもいつか誰かを 助けてあげられますよ。きっと」
北岡は「うんざりだ」と思いながらその言葉を聞いていた。
「そんなのただのきれいごとだ」
「きれいごとでもなんでも、私は北岡さんを救いたい。 医者ですから。
北岡さんが望むなら、診断書を書きましょう。 どう使うかはお任せします」
「良いんですか、医者がそんなこと言って……。
てっきり、もう働くなと言われるかと……」
「本当に働けない状態だったら、就職に反対してましたよ。問題は働き方です」 「……」
「これでもキャリアはあります。何人もの患者を診てきました。
受容が出来ている北岡さんは強い。どうすればよかったのか。
私がくどくど言わなくてもあなたは分かっていますよね?」
「……」
「いつものお薬と頓服を出しておきますね」
佐々木医師はあっさりと告げて、電子カルテを打ち込む。
北岡は診察室を出た。 佐々木医師の言葉について考えを巡らせる。
どうすればよかったのか。 どうしたいのか……。
舟木社長は自室で頭を抱えていた。
前社長でもある父の言葉がリフレインしている。
「リスクがあるって言ったろ。時間をかけて仕事を教えて、
飛ばれて、何が残った?
人それぞれ、ふさわしい居場所があるんだよ。
無理に共生しようとするから
こうなる…分かるだろ。諦めろ」
引退しても、会社の行く末が気になるのだろう。
一言言わずにいられない、父の気持ちも分かる。
記憶がフラッシュバックする。
小学5年生の頃…。
一緒に遊びたかっただけの迷彩君。
知的障がいのある倉田の息子…。
それぞれの居場所って…何処にあるんだ…。
理解なんて簡単には出来ないけれど…。
北岡は病院を出て、最寄り駅に向かって歩いていた。
佐々木医師の言葉がまだ頭を巡っている。
どうすればよかったのか。 どうしたいのか……。
一人では答えの出ない問いを抱えたまま、思考は堂々巡りを続け、
止められない。
このままでいけない。チャンスをくれた社員さんにも申し訳ない。
その衝動に突き動かされ、 北岡は立ち止まり、スマートフォンを取り出した。
迷いを振り切るように、セーリングプリント株式会社に電話をかけた。
お読み頂いてありがとうございます。




