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【SIDE ガブリ】確信


 ビューニッツのバスタードソードは鉄さえ切り裂く特注のもので、ガブリのククリで対抗できるとは到底思えない。それがまさか、砕いてしまうとは。


 ガブリはククリを見た。

 ……いつもと違う。


 それは何やら、うっすらと赤ともオレンジともつかない極彩色に輝いていた。

 ククリだけではない。

 輝きはガブリの腕から始まっていた。それは腕とククリを一つの生物のように同化させ、得体のしれないエネルギーを発していた。

 その色にピンときた。


 オジョーサンの……髪色みたいっすね。


 これはおそらく、ドロルが木の枝でガブリを吹き飛ばしたときと同じ状態なのだ。スーのなんらかの身体強化魔法がいまガブリに掛かっており、それがガブリを通じてククリにまで波及している!


 しかし、自分はスーの身体強化魔法なんて受けただろうか?

 自分がスーに魔法をかけられたのは確か、両足を骨折してゲボを飲まされたときの一度きりである。

 あの酸っぱくて苦い謎のゲロ——


「——ヴォェエ!!!」


「渾身の技は体に負荷がかかるようだな!」


 ガブリが思い出しゲボを吐いていると、ビューニッツが素早くガブリのククリを奪った。


「こんな業物まで手に入れて、どこで盗んできたんだ?」

「普通のでかいナイフっす」


 あと体が辛くて吐いたわけではなく思い出しゲロだ。


「御宅はいい」


 ビューニッツは仲間に向けてククリを放り投げた。


「男なら、素手で勝負だ」

「女っす!」


 あと突然武器で斬り掛かってきたのはビューニッツだ。


 おそらく武器での斬り合いは分が悪いとふんで切り替えたのだろうが、なんとも姑息な男である。しかしそれは、言葉を変えれば覚悟ということなのかもしれない。


 ガブリがまだ胃のムカムカを抑えきれず猫背になっている間に、ビューニッツは距離を詰めて渾身の右ストレートを繰り出す。ガブリはそれをひらりと柳のように躱わした。さらに不意の後ろ回し蹴りをしゃがんで悠々と避けた。


「ちょっと待つっすビューニッツ! なんでウチを攻撃するっすか!?」

「おまえは牧場を任された臨時職員だろう! 雇い主に忠実であるべきだ。であれば、大切なスライムを俺たちから守る!」


 真面目な発想!

 さすがお上のために奴隷の如く働くパーティ、【シャイン(社員)】のメンバーである。


「ビューニッツ! それはウチの思いとズレてるかもしれないっす!」

「なんだと! まさかおまえ、雇い主に歯向かおうっていうのか!」


 実際問題、ガブリはいま成り行き上スライム牧場でドロルの弟子をやってはいる。

 しかしガブリの目的は、冒険者として勇者に成り上がり、綺麗で格好いい金を大量に手にいれることだ。


 だから、この場でドロルを裏切ってしまっても自分の目的に近づけるのであれば——


「それはそれで一つの選択肢っす!」


 ——ちょっと待てって〜! そんなこと言わないでくれよガブ!

 ——そこをなんとか! この場は頼むからスライムを守ってくださいお願いしまぁす!

 ——なんとか、なんとかこれからたくさんお給金を出せるようにするからさあ!


「うう、頭が!」


 急に頭の中が何かと繋がった、気がした。

 そして変な情けない声が響いた!


 気持ちわる!

 何これ気持ちわる!


「隙あり!」


 どこかから取り出されたビューニッツの隠しナイフがガブリを襲った。それをガブリがすんでで躱わす。


「素手で勝負の話はどこいったっすか?」

「昔の話は忘れたよ」


 鳥頭だ。

 

 その後も続くビューニッツの武器やあるいは体術での乱撃。

 それだけではない。


 別の戦士の遠距離攻撃も始まった。


「動きを奪えばこっちのものさ。鎖分銅!」


 さらに後ろに控えていた魔導士が魔法攻撃まで開始した。


「食欲を貫け! アイシクルスイート(美味しい)アイス(氷柱)!」


 三人のパーティメンバーによる波状攻撃が、一斉にガブリを襲う。

 しかし、ガブリは思った。


 お、遅くね!?

 え? 何これあくびが出るんすけど。真面目にやってる? 真面目にやってるとしたらこれパーティランクFとかでは?

 いやでも、少なくともAランクのビューニッツがいるし……。


 そのときになってようやくガブリは確信した。

 もともと、ドロルやスーがビューニッツよりも強いとは思っていた。しかし、それはガブリの想定よりも遥かなレベルの違いがある!


 その上で、スーの身体強化の影響下にあるガブリは。

 こいつらよりも圧倒的に強い!


 おそらくガブリが攻撃を開始すれば一捻りで倒せるだろう。

 それであれば。


「ひゃは。どうっすかビューニッツ! ウチを【シャイン】に入れてシルバードラゴンを討伐するっていうアイディアは」


 ——困るよそんなの〜!

 ——やめるなら普通やめる2週間前には言ってくれなきゃさ〜!

 ——マジで今この瞬間だけは頑張ってよ今度靴だって舐めるって〜!!!


「うう、頭が!」


「隙あり! 秘技、アサシン・ウェポン(暗殺者の隠しナイフ)!」


 本当にビューニッツの攻撃など、寝起きだって躱わせるレベルだ。


 しかし、自分への攻撃に集中していたのはガブリの怠慢とも言えた。

 なぜならガブリの攻撃に参加しているのは3人である。


 襲撃者は5人。

 残りの2人が大回りで走り、柵を越えてスライム牧場に侵入していた!


「クイックスライムだ! 一旦、おまえらでクイックスライムを狩るんだ!」

「マズイっす!」


 襲撃者がレベルを上げたところでガブリに敵うとは思わない。

 しかし、スライムが殺されるのはドロルの弟子として、いや、毎日一緒にスライムと時間を過ごしてきたスライム牧場の従業員として許せない。


 ガブリは自身への攻撃に背を向け、牧場へと急いだ。

 しかしその選択は間違いだった。


アイシクルスイート(美味しい)アイス(氷柱)! きゃ! 当たったー! やったやったー!!!」

「うう、お腹が……」


 ガブリは盛大な空腹を覚え、低血糖で立っていられなくなった。

 やばい!


 そのときだった。


 ——奥義、レプリカント(継ぎ接ぎの)レインボー(虹色スライム)!!!


「うう、頭が!」


 頭の中で先ほどまでの情けない男の声とは違う、少女の声が響いた。

 転瞬、ガブリの手のひらが極彩色に光り始め、その光は虚空へと独立した。


 光は牧場の上へとうち上がり、そこで光を強め始めた。


「なんだ、何をした?」


 光は小さな太陽のように虚空に留まり、そこに向かってたくさんのスライムが飛び込み始めた。

 スライムが集まり、合わさり、吸収され、収斂され、それは次第に一つの巨大な光輝くスライムへと形作られた。


 どさり、とビューニッツが尻餅をついた。


「ままま、まさか、ににににに、虹色……スライム」

 

 四大凶兆と呼ばれる魔物の一角。

 虹色スライム。

 それは実際はスーが遠隔地から生み出した偽物でしかないわけだが、しかしそんなことはガブリさえ知らない。


 虹色スライムはたくさんのスライムがいる場所に、数百年に一度生まれる。

 民間人の知る虹色スライムの出現条件だなんてせいぜいその程度であって、だからこそこのスライムがたくさんいる牧場にそれが現れたことは否定できる材料がなかった。


 巨大なスライムは、赤ともオレンジともつかない極彩色に光り輝き、襲撃者たちを見下ろした。

 それに伴って、柵を越えた襲撃者たちは一目散に逃げ出した。


 尻餅をついて逃げ遅れたビューニッツと、ガブリの目があった。


「おおお、おまえんとこの牧場主は、虹色スライムさえ使役しているのか……?」

「……みたいっすねー……」


 ——してないぞ!


「うう、頭が!」

「どうした! 大丈夫か!」

「なんだか今日幻聴が酷いっす!」


 ビューニッツはおそらく恐怖に包まれるなか、何やら思案げな視線を虚空に逃した。

 そして改めてガブリを見て言った。


「なぁガブリ。おまえを【シャイン】に入れてやろう! 国の英雄として、一緒に世界を救おうじゃねーか!」


 それはガブリにとって、ずっとずっと欲しかった言葉だ。


「…………いらねっす」


 でも、ガブリはそれに応えられない。


「ななな、なんでだ?」

「【シャイン】に入るよりここにいた方が、もっとデカい夢、見れそうっすから」


 虹色スライムらしき物体は、転がるようにこちらに近づいてくる。

 それに気がついたビューニッツは、慌てて立ち上がり仲間の元へ逃げていった。


 ガブリはふうとため息をついた。

 

「やっぱオニーサンたちは桁違いっすねー」


 きっとガブリがもっとも欲しいものは、この道を進んだ先にある。

 ガブリは巨大な光輝くスライムを見て、そんな確信を抱いたのだった。

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