おバカ計画
「決心がついた?」
「ああ」
視界が晴れた気がした。
ドロルは自分が視野狭窄に陥っていたのだと思った。
大丈夫。
まだガブリもスライムたちも両方助ける方法はある。
「どうすんの?」
「エドマンドは僕が言うことを聞かなかったらガブリが危ないと言った。つまり、僕がエドマンドの言うことを聞くふりをすればいい」
「ふーん」
何もすぐにすべてを解決する必要なんてない。
物事には順序ってものがある。
別にスライムたちはすぐに殺されるわけではないのだから、言うことを聞くふりをして一旦ガブリの安全を確保するのが最優先だ。
そのあとで、スライムを助ける算段をつければいい。
完璧なアイディアだ。
ドロルはそう思ったのだが、スーはなんだか浮かない表情である。
「なんだ、何か言いたいことがあるのか?」
「もう牧場のまわりにエドマンドの仲間がいるよ。たぶんガブリも、クイックスライムもいったん捕まえようとしてるんだと思う」
「……どうしてエドマンドの仲間がいるってわかるんだ?」
「ガブリの怪我、治したからね。ガブリの感覚は掴めるの」
ちょっと何を言っているかわからないが、ゲボで怪我を治すとそういう感じになるのだろうか。
だとすれば、スーが僕のところにやってこれたのも僕の中のゲボを探知したってこと?
「——ゥヴォエッ!」
「うわ、汚いわね! なんなのよドロル!」
「あ、ごめん。ちょっと、気分が悪くなっちゃって」
それはともかくとして、スーがこんな場で嘘をつくとも思えない。
もしスーが本当のことを言っているとすれば。
——破綻している。
一旦ガブリを助けるというアイディアは、最初から破綻しているのだ。なぜなら相手方にガブリが捕まっているとすれば、ドロルが言うことを聞くのを見届けるまでガブリが解放されるわけないのだから。
ああ、なんて愚かなドロル。
本当にバカ。
バカバカ。
バカドロル。
「ちょっとさっき立ち上がったばっかりなのに何うずくまってんのよ」
「もう終わりだ! だって僕の考えた最強の『みんな助ける作戦』はうまくいかないじゃないか! バカバカ、バカドロル!」
「……もー!」
——べちん!!!
「いたッ!!! おい、なにすんだよスー!」
「ドロルは間抜けなんだから、一人でものを考えたっていいアイディアが浮かぶわけないじゃん」
「なんだと! そんこと……あるけど。そんなにはっきりと言わなくていいだろ!」
「ドロルの隣には、こんなに頼もしい女の子がいるんだよ?」
うずくまったドロルに視線を合わせるように、スーはしゃがんでいた。
その表情はにっこりと朗らかで、少しの不安も浮かべていない。
この幼女は、手を伸ばせばドロルを導いてくれるのだろうか。
「ど、どんなアイディアが?」
「ドロルが王様を人質にとっちゃえばいいじゃん」
「ああもっとバカだったよー嫌だよーそれ殺されるやつじゃんみんながさーアイディアでもなんでもなくてそんなの心中じゃんマジでさー!」
一瞬でもスーに期待した自分を恥じたドロルだった。
スーは自信満々に続けた。
「それでね、ドロルが言うの! 『王様を助けて欲しければ、ドロルの牧場を自由にしなさい! お金も払いなさい』って。そうすれば、これからもスライムの楽園を維持できるでしょ?」
信じられないバカ計画に、ドロルは頭を抱えた。
「スー、残念ながらそんなのは無理だよ。僕がそんなことをしようとした瞬間に、僕は誰かに捕まってスーもガブリも牧場のスライムも、みんな殺されてしまうんだ」
「……ま、一旦ガブリとスライム牧場のことは忘れれば?」
「——な! なんて冷たいことを! そんな子に育てた覚えはありません!」
「そうじゃなくて、ドロルはみんなのことを低く見積もりすぎ。ガブリは強いよ。それにあそこにいるのはガブリ一人じゃない。ドロルが一生懸命育ててる、数百、数千のスライムがいるんだから」
——いや、確かに戦力がないわけではない。
しかし。
「ガブリは、モンスターテイマーじゃないんだ。いくらスライムがいたところで、彼らを使って戦うなんて」
「まあでも、ドロルがいくら考えたってもう戦闘は始まっちゃうしね」
「……もう?」
「なんならガブリから仕掛けてるから」
「……もう遅いっていうのか?」
「そんなのいいからさ」
——ごちん、と額に衝撃があった。
スーがドロルとおでこをくっつけたみたいだった。
本当に至近距離で、スーは言った。
「もしガブリがうまくやったら、ドロルもうまくやれるよ。だってドロルはスライムの神様で、あたしの最愛の人なんだからね!」
徹頭徹尾自信満々のスー。
そんな彼女に、ドロルは吸い込まれそうになる。
スーは何かを唱えた。
「同調」
するとドロルの目の前の視界は消え去り、まったく別の感覚がドロルの中に入り込んだ。
それは、ガブリの感覚だった。




