靴舐めのガブリ
「ウチはホント下賎な出でモノを知らないのでオニーサンの大切なお友達に手をだしてしまいました! 本当にサーセン」
「勇者、とかじゃないよ……。僕はただのブリーダーだ」
「なるほど確かに初見の暴漢に正直に答えるのは警戒心が低すぎますよねオミソレシヤシタァア!!!」
……まぁ、特にこちらの身分を知ってもらう必要もないか。
少女のあまりの動揺っぷりになんだかドロルの方は冷静になってしまった……のも束の間。
「うわっ、おい! 何してるんだ!?」
「え、靴をおなめしているんですが……」
土下座姿勢から顔をあげ、よだれをダラダラと垂らしながら女はとても不思議そうに首を傾げた。
「いや、おかしいだろ! 話の流れから、靴をなめる理由なんて一つもなかったんだが!?」
「そんなことないですよ。まずウチがオニーサンに対して無礼を働きました。オニーサンはすごく怒りました。だからそれに対する誠意を見せるために」
女はさらに上目遣いでドロルの泥だらけの靴を舐め始める。
「やめろよ! 頼んでないから!」
「ええ、そうなんですか? ——まさか、別の場所を舐めた方が!? もちろんもちろんどこでも舐めます! さぁオニーサン舐められたい場所をどこでも曝け出してくださぁい!」
「無いよ!」
ドロルは一歩離れるように後ろに飛んだ。
それをどう思ったか知らないが、女は自分を守るように両腕を前に出して体を縮めた。
それをみて気がついた。
すごく陽気に振る舞ってはいるが、この子はドロルを恐れているんだ。
おかしな話だとは思う。襲ってきたのはそちらだし、ドロルの武器といえば木の枝である。しかし、そんな風に空回りしている彼女を見ていられなかった。
「ごめんよ。ぷよ……クイックスライムに手出ししないでくれれば何もしないよ。ところで僕はドロル。近くの牧場でスライムの世話をしているブリーダーだ」
「……というテイなんですね」
「いや本当に」
「理解しやしたァ!」
理解したのだろうか。
まぁ一旦理解したことにして話を進める。
「君の名前を聞いても?」
「はい! ウチはガブリっす! 15歳の裏若き乙女なので使い勝手が抜群っす!」
どういう意味だよ。
「この森にはクイックスライムが出るというので、レベル上げに来やしたァ!」
なるほど、それでついに出会ったのがぷよだったからすぐさま目的を果たそうとしたわけか。
ただ、彼女の言い分は妙な話でもある。
この魔物の森は確かにクイックスライムが出るには出るが、エンカウントにはかなりの運と労力が必要だ。レベル上げなら普通のモンスターをたくさん倒した方がマシである。
「その話はどこで聞いたの?」
「はい! オニーサンは当然知っておられると思いますが、いま国をあげてクイックスライムの捕縛に全力を上げてます。クイックスライムをたくさん捕まえて、冒険者パーティである【シャイン】のレベル上に使おうって話っすね」
【シャイン】の名前はドロルも聞いたことがある。パーティメンバー全員が十代の若いAランクパーティで、実力で言えばSランクをもしのぐという噂もあった。
しかし、である。
「特定のパーティのレベル上げを国が手伝うだなんて信じられないな。何かの間違いじゃないの?」
「……ええと、は、はい。間違いっす! オニーサンがそういうならそうっす!」
従順すぎるだろ。
「間違いなのですが、いま各地の冒険者にクイックスライム出現マップが渡されているっす。ウチはフォーゴトンの魔物の森であれば競争率が低そうなのでやってきた次第っす!」
「さっきキミは……」
「あ、ガブリって呼んでくださいっす! あるいはガブとか、ガブちゃんとか! もしくは『下僕』でも『ゴミムシ』でももちろん構わないっす!」
構えよ。
「じゃあ……ガブ。ガブはぷよを倒そうとしてたみたいだけど? 捕獲が目的には見えなかったんだが」
「はい! ウチは【シャイン】のお手伝いさんじゃないっすからね! ウチ自身がレベルを上げて、【シャイン】に入ってやろうと思ったっす! 内容はわからないっすが、いま国はシャインにとっても重要な冒険を依頼しているらしいっすから、それにウチも混ざりたいっす!」
「野望があるんだな」
さて、少し話したところで落ち着いてくれただろうか。
良かった良かった。
ドロルはガブリの様子を見て大丈夫そうなので、当初の目的に戻ることにした。
「頑張って【シャイン】に入ってくれ。応援してるよ。僕たちは人探しをしてるからもう行くよ。じゃあな」
ドロルはガブリに背を向け歩き始めた。
しかし、足首を掴まれすぐにあゆみが止まった。
振り返り足元を見る。
そこにはうつ伏せ状態で必死にドロルの足に掴まるゴミムシのような少女がいた。
土のついたドロドロの顔を持ち上げ、ガブリは言った。
「あの、大変申し訳ないんすが……足が折れて歩けないっす。オニーサン、おんぶしてください。どこでも舐めます」
ドロルはため息をついた。
それが本当であれば、彼女の足を折ったのはドロルだろう。
「……行こうか」
ドロルは彼女に背中を差し出した。