クイスラハンター
ドロルはスーが走り去ってしまったあとに気がついた。
彼女には行き先がない。
迷子の幼女だ。
自暴自棄になって魔物の森に入ったとすれば……。
そうでなくとも、幼女の一人歩きは危険である。近所に悪い人は住んでいなかったとしても、ふとした拍子に魔物に出会うことはあるかもしれない。
一刻も早く彼女を見つけなければ。
「ぷよ!」
呼ぶと、近くにあったキャベツがスライムの形に姿を変えた。擬態が大好き、クイックスライムのぷよがドロルに向かって飛び跳ねる。
「あはは、いくら上手にキャベツに擬態できたって僕の目は誤魔化せないぞ。なにせ、こんなところにキャベツがあるのがおかしいからな!」
クイックスライムは非常に気配に敏感なスライムだ。
中でもぷよは、好奇心旺盛で物事の小さな部分まで気が回るタイプなので、きっとスーを探すのにも一役買ってくれるに違いない。
「ぷよ、スーの匂いはわかるかな?」
ぷよはぴょこぴょこ飛び跳ねた。
昨日今日とここのスライムの世話をしてくれたのはスーだったから、匂いも覚えたのだろう。
「探したいんだけど、手伝ってくれるか?」
ドロルが言うと、ぷよは先導するように牧場の入り口の方へ跳ね始めた。ドロルもそれについて向かう。
ぷよは牧場から出ても止まることなく、どんどんとドロルの家から離れていった。
「おい、これって……本当に自暴自棄に?」
スーの向かう先は、まさに魔物の森への方角だった。
ドロルの中でむくむくと不安が育ち始める。何を思ったのか知らないが、スーは一人で、スライムを従えてもいない。
グランデオークがドロルに放ったインパクトが蘇る。内臓がかき回されるほどの衝撃だ。
幼女一人で無事に帰って来れる森ではない。
動悸が早くなる。
しかし、同時におかしくも感じる。見渡す限りの平原なのにスーの姿はまったく見えない。スーが牧場を出てから、ドロルだってすぐに牧場を飛び出したのに。
「……まさかスーのやつ。めちゃめちゃ身体強化が?」
もしかするとスーは魔導士なのかもしれない。自分に恐ろしいほどの強化魔法をかけ、俊足で駆け抜けたのであれば辻褄があう。だからこそ、岩猫がグランデオークを倒すことができた?
スーにとって、魔物の森は恐ろしい場所ではないのだろうか。
いや、ダメだ。
仮に魔導士だったとしても、彼女は子供じゃないか。
もしなにかあったら、僕は。
ドロルの足を動かしているのは恐怖だった。
スーを失うことに関しての恐怖。
スーと一緒に過ごした時間なんて本当にわずかなものなのに、どうしてこれほど大切に感じるのだろう。
ドロルはその答えを持ち合わせてはいない。
◆ ◆ ◆
魔物の森に入った直後、ぷよはスーを追えなくなった。
他の魔物の匂いがキツく匂いがわからないみたいだ。
悲しそうにコロコロ転がるぷよを撫でる。
「ありがとう。ここに来たってわかっただけでもお手柄だ!」
ぷよは少しだけ照れたように小さく跳ねた。
「しかし、不味いな」
ドロルはスーがもっと早く見つかるものだと思っていた。
だから素早いクイックスライムのぷよと一緒に探し始めたのだ。
にもかかわらず、自分たちは魔物の森に入り込んでしまった。それであれば、もっと戦える戦力を用意すべきだった。
ただ、もうここまで来て引き返すことはできない。スーはいまこの危険な森にいる可能性が極めて高い。急いで見つけなければ、彼女がどうなってしまうかわからない。
匂いで探すのはかなり厳しいが、ぷよはそれでもスーを探そうと懸命だった。
一匹で森の中へさらに入っていこうとした。
そのときだった。
「ひゃは。新鮮なクイスラだ!」
女の声が聞こえた。そしてその瞬間に、ぷよに鎖が巻きついた。
理解が追いつくよりも早くことが進む。鎖がぷよを締め上げ、苦しそうに震え出した。
——どういうことだ?
スライムは不定形生命体だ。そんなものに縛られたところで簡単に抜け出せるはずなのに。
鎖の先にはそれを操る人物の姿があった。
女だ。
魔物の森で出くわすにはずいぶん軽装で、上は肌着のみで下はひらひらした腰巻きをしている。ただし腰の辺りには随分太い皮ベルトを巻いており、そこにはいくつもの武器を差しているようだった。
女は鎖を手繰り引き寄せ、徐々にぷよとの距離を詰める。
「ぷよ! 鎖から抜け出すんだ!」
ドロルが指示を出すが、ぷよは相変わらず苦しそうに顔をしかめるばかり。
「おっとまさか野生じゃなかった? ひゃは! どおりで鈍いと思ったんだ!」
女は幼い顔をしていた。黒い髪はざっくりときられバラバラで、ただしその下のやや褐色の顔はあどけなさが抜けきれない。まだ十代の半ばだろう。
「抜け出すなんて絶対に無理だよなぜなら鎖には特製硬化石が埋め込まれているから」
硬化石はスライムの弱点である。
スライムは自分の体を自在に変形することで移動を可能にするわけだが、その変形を制限するのが硬化石である。それに触れるとスライムは石のようになり、何もできない。
「ぷよは僕の友達なんだ。離してくれないか」
「ひゃは! 言うにことかいて友達とはね奴隷の間違いだろチョーシ乗んな」
表情には墳怒が浮かび、鎖はさらにぷよを締め上げる。
「やめてくれ。な、何が目的なんだ」
「はぁ? はぁはぁはぁ? そんなのレベルアップに決まってんだろ舐めてんのか! 冒険者にとって今どれほどクイックスライムが必要かそんなこともわかんねーのか」
クイックスライムは特殊なスライムで、冒険者が倒すことで莫大な経験値を手にすることができる。クイックスライムは野生では出会うのも難しく、また素早いため倒すのも難しい。
出会えば目の色を変えるのは、冒険者として当然だ。
「ひゃは、今殺してやるからねー待っててねーでも大丈夫だよキミは私の中で一生になるんだから!」
女はベルトからククリを抜いた。
基本的にスライムに斬撃は効かないが、また何か細工があるかもしれない。
ドロルは足元の枝を拾った。
「ひゃははははは、そのチンケな棒で対抗しようってのかスライムテイマーごときが主人ごっこでも気取ってろ!」
ドロルは跳躍していた。
早く助けなければ、本当にぷよが殺されてしまう。
一足の跳躍は一瞬でドロルの体を女の元まで運んだ。信じ難い距離を縮めた。そのままドロルは拾った棒を女に振り下ろす。
女は驚愕の表情を浮かべた。が冷静だった。体を斜に構えて振り下ろされた棒をククリで払う。
——ガチィン。
音が高らかに響き渡ったこと。
それにはドロルも驚いた。なぜならそれは、拾った木の枝が戦士の斬撃を受け切った音だから。
「え、嘘嘘嘘嘘」
なおもドロルの一撃はエネルギーを失わず、ククリ越しに女へと伝わった。
ただ振り下ろした木の枝の一撃。それを体捌きで躱しつつ刃先で受けようとした女の意図も虚しく、彼女はそのまま吹き飛ばされて後方の大木に激突し、そこでまたドゴォンというものすごい音が響き渡った。
なんだ?
何が起きた?
混乱するドロルの元にぷよがとび跳ねて近寄ってくる。
「ぷよ! 良かった、怪我は?」
コロコロ転がって見せる様子は元気そのものだ。
今のうちに逃げるか?
いやしかし。
「大丈夫……かな」
襲撃されたのはこっちだとしても、ドロルはそこまで強い反撃をするつもりはなかったのだ。心配になり、見に行ってみることにした。
近づくと、木肌にめり込んだ女の姿があった。
女は意識があるのかないのか、呪詛のように呟いていた。
「嘘嘘嘘嘘でしょモンスターテイマーなんて本人は弱っちいって相場が決まってんじゃんあんなのSランク級だろ常識的にこんな辺境の森にいてたまるかよバケモンが」
「良かった、生きているみたいだ」
女が生きていることを確認すると、今度は自分のことが気になり始める。
ドロルは手のひらをグーパーして確かめる。
なぜかそこに、とてつもない力を感じた。
「スー……いったい何を……」
スー自身の年齢に見合わない足の速さは、おそらく彼女が魔導士であることを証明している。そしてスーはドロルにも身体強化を使っている。
しかし、である。
それはドロルの持っていた木の枝が女のククリを弾く理由にはならない。本来であればスパッといくはずだ。
ただ、ドロルは木の枝を振り抜く瞬間に妙な感覚を覚えた。
まるでドロルの手のひらから枝きれに力が流れ込むような違和感。ドロルと木の枝が一体化したような安定感。
優秀な戦士は、武器に力を流し込んで己の体の一部とするとされる。
しかしドロルは一介のブリーダーで、そんな剣術は体得していない。
身体強化によって使う武器まで強くするなど、ドロルの知っているどんな魔法とも違った。
「スーはいったい何者なんだ……」
ドロルが独りごちると、突然大声が耳をつんざいた。
「サーセンっしたアァ!!!」
大声は足元から聞こえた。
足元には、先程まで木にめり込んでいた女が土下座の大声で叫んでいた。
「オニーサンがご高名な勇者様だとは知らず、とんだご無礼を働き誠にサーセンっしたアァ!!!」
「いや態度変わりすぎだろ!」
あと勇者ってなんだよ。




