プロポーズ
1週間経っても彼女から音沙汰がなく、納品されたばかりのネックレスを持って、僕は公爵家を訪ねた。
「ベラドナ……」
「殿下、例のお話ですが……」と切り出した彼女を遮った。
「先に言わせてくれ」
すっと彼女の前で片膝を着き、ポケットに忍ばせておいたネックレスを両手で差し出した。
「ベラドナ、僕と結婚してくれ」
心に決めていた。彼女にプロポーズをしようと。
僕たちは出会ったときから結婚相手だった。どう足掻いても結婚することが定まっている相手として、ずっと馴れ合いの関係だった。
努力して彼女に好かれようと思ったことは一度もない。
好きとか嫌いとか、結婚したいとしたくないとかではなく、結婚する運命だと。
しかし、そうではなかった。
僕はいま彼女を失いかけている。
失いそうになって初めて、彼女ともっと一緒にいたいと思っている。
ならこの気持ちをちゃんと言葉と態度で示すべきだと思った。
言わなくては伝わらない。
彼女は僕のことをよく分かっていないのだから。僕が彼女のことをよく分かっていないのと同様に。
「君は、僕の好きな色を知っている?」
彼女は怪訝そうな顔をして、即答した。
「赤」
正解したことに驚いた。
「言ったっけ?」
「7歳から一緒にいれば、それくらい知ってます」
僕は彼女の好きな色を知らない。「それくらい」も知らないのに、どの面下げて婚約者だ。
「この色……好きですよ」
彼女はそういって、僕の手からネックレスを取った。
深い青色と明るいミントグリーンが混在する、オパールだ。オパールという宝石はカラーバリエーションに富んでいて、石一つ一つの色合いが全く異なる。当たる光によっても色が変わる。
「君と僕の、瞳の色だ。共に助け合い、一生寄り添って行きたいという思いを込めて、この石を選んだ」
「殿下がお選びになったんですね……素敵です」
彼女の言葉に、弾かれるように顔を上げた。
笑ってはいなかったが、最近見た中で一番柔らかい表情をしている。
「着けてくださいますか?」
これを受け取ってくれるということは、プロポーズ成功だ!
すくっと立ち上がり、彼女の首にネックレスを着けた。武者震いがして、少し手間取った。
ネックレスは思った通り、彼女によく似合っている。神秘的で高貴な輝きが放たれている。
それと彼女を交互に眺め、自然と見つめ合った。この流れはキスしかないだろうと、顔を傾けると手のひらがかざされた。
「例の誓約書を確認させていただけますか?」
ああそうだった。
彼女にとってはそれが大事だ。二度も彼女を裏切った僕には信頼がないのだ。
いそいそと誓約書を取り出して、彼女に見せた。
一生海には出ないことと、もしその約束を破った場合には、弟へ王位継承権を譲ることが明記されている。
国王陛下の了承の署名もある。
彼女はまじまじとそれを眺めて、「本当に……」と噛み締めるように呟いた。
「本当に約束していただけるんですね」
「ああ、その誓約書の通りだ。これで少しは安心だろ」
「ええ、殿下……ありがとうございます」
安堵する彼女を見て、僕もほっとした。
「でもあの、……一生ではなくて、よぼよぼのおじいちゃんになったら、船に乗ってもいいですよ」
「え?」
「さすがに、よぼよぼのおじいちゃんは誘惑されないと思うんで」
彼女の言い草に思わず笑った。
「じゃあよぼよぼのおじいちゃんと、よぼよぼのおばあちゃんになったら、船でフルムーン旅行と洒落こむか」
「一緒に船で、ですか……良い想い出がないです」
「うん。だから、良い想い出に上書きしよう。よぼよぼのおじいちゃんとおばあちゃんになったら。それまで一緒にいてほしい」
それまで時間が巻き戻らなければいいけど、と頭の片隅で思いつつ、彼女にそっと唇を重ねた。




