6
その年の冬の終わりだった。
ジョルジュが死んだ。
あっけなく。
階段を踏み外したのだ。かたい石の階段を踏み外し、上から転がり落ちて、固い石壁に頭を打ってしまった。
私は、部屋でぼんやりしていて、ジョルジュの上げる悲鳴に驚いて部屋から飛び出すと、ジョルジュが上の階からここまで転がり落ちてきた後だった。
打ちどころが悪かった。そう言ってしまえばそうだけれど、やせ衰えた彼の体に、衝撃に耐えられるほどの力が無かったのだと思った。
私は、ただただ泣くことしかできなかった。
塔に詰めている誰もが、もはや私の境遇の不幸さに同情しているようだった。塔の入口に立つ警備兵も料理人夫妻も、誰もかれもが私に落ち込まないよう声を掛けてくれたけれど、私はその言葉のどれにも応えなかった。
悲しみが私の心を満たしていた。満たして、そして、あふれてしまった。
溢れた涙が、一筋、二筋涙となって零れた。後から後から涙が流れた。
私は、ただ、声も枯れるばかりに大声をあげて泣いた。
悲しかったから。
そして、自らの運命が辛すぎたから。
誰のために泣いていたのか、もう最後の方は分からなかった。
私も死んでしまいたかった。一人にしないでほしかった。
みんなが協力して、ジョルジュの遺体を、マーサのお墓の隣に用意してくれた。
私は祈りの言葉を述べ、絵にかいた花を二人の墓に備えた。本物の花は手に入らなかったから。
そして、しばらくして、やっとジョルジュの居なくなったことに慣れたころ、春が来た。
私はとうとうジョルジュの部屋の片づけのために上の階へと上った。春の柔らかな日差しと穏やかな風がその勇気をくれた。階段を上りほこりっぽい空間に立ち、そっと扉を開ける。私はとても緊張していた。
まるで、神によって禁止された扉を開け放つかのような心持ちさえした。
そっと開けると、そこには。
一枚の絵があった。
部屋の真ん中にポツンと置かれたイーゼル。その上に、一枚の絵が掛けられてあった。
私はそれがなんだかすぐに分かった。
私の絵だった。私たちの絵だった。
私が真中にいて、その左右にマーサとジョルジュが立っている。笑顔を浮かべている。
ジョルジュの絵だった。彼独特のコミカルな絵。私たちは、何の憂いもなく絵の中でほほ笑んでいた。
それは、存在しない記憶。
あぁ……。
ジョルジュはこれを私に見せるために階段を下り、その途中で階段を踏み外してしまったというの?
私なんかのために?
私は知らず絵を抱きしめていた。
はしたないほどに大きな声を上げて泣いていた。
心が、砕けてしまいそうだった。
思い出が、三人での思い出が、走馬灯のように意識の中を流れていく。
辛い時も笑顔に過ごせたのは、マーサとジョルジュのおかげだった。
なのに、これから一人でどうやって生きて行けばいいのだろう。
私には分からなかった。
分からない。分からない。
もう、どうやってこれから一人で過ごしていけばいいのだろう。
神様……。
それからの日々は、ただただ虚無だった。
命芽吹く春も、暑さにうだる夏も、茜に染まる秋も、私にはなんら関係ない出来事のように過ぎていった。
ただ、無為に時が過ぎていって、私は二十二歳になっていた。
塔に詰めている人たちが、全く何もしなくなった私を気にかけて、ことあるごとに部屋から誘い出してくれようとしていた。
彼らは進んで私を、塔の外へ連れ出そうとしてくれた。閉じ込めておくことが彼らの仕事だったのに。
けれど、私はその誘いに乗ることができなかった。ただただ、寒々しい部屋の中で、二人の思い出に埋もれて過ごすことしかできなかった。
唯一、毎朝二人のお墓にお参りすることだけが私の日課になっていた。