ここはどこ
田舎だからだろうか、星空がやけに綺麗に瞬く夜空の下を歩く。肉体があったならきっと清涼な空気を胸いっぱいに吸い込むことができたに違いない。見渡す限りの鬱蒼とした森に囲まれた館の周辺には民家はなく、見慣れない木の形状から日本では無いような気はするが、一体ここはどこなのか。
そうこうしているうちに目的の書庫付近に辿り着くと、通気口を使って中へ入った。通気口は本来ならば人が通れる大きさではないが、この体になってからは余り大きさは関係がなくなったようである。けれど抜けられない壁は隙間があっても抜けられないのだから不思議なものだ。書庫は扉共々通り抜けられない材質で作られているらしく、抜け穴を探すのに苦労した。
「よっ、とーちゃく」
再び忍び込んだ書庫は変わらずの雰囲気を醸し出している。本のギッシリ詰まった書架を並べられるだけ並べた、といった風情で有り体に言えば辛気臭い。
手始めに1番手近にあった本を手に取ってみる。数度頁をめくっていて気がついた。
「あれ、持ててる??」
持てないはず、と思った矢先に手にしていた本は重力に従って落下してしまう。
「うーん……為せば成る、ということか??」
持てる持てる持てる…と念じつつ拾い上げてみると、
「持てた……なんなんだろうな、この不思議パワー」
悩んだところで答えは出ない。そういう時は別の調べ物を優先すべきだ、という生前からの経験則により、不思議パワーについてはとりあえず使えるからOK!としておくことにして今度こそ本と向かい合うとしよう。
「で、読み始めた訳だけど。なんだこの文字、見たこともないな」
紙面上に広がる文字は、アルファベットのような雰囲気はあるものの全くの別物で読める気配は皆無だ。致し方ないので文字は追い追い覚えていくとして、この国の地図や絵付きの歴史書などがないかと片端から開いては閉じていく。何冊目かで地図帖らしき書物を発見し、最初のページから眺めていった。
地図帖は比較的新しいようで、焼けや虫食いなどの経年劣化は見当たらない。しかし、使用されている紙は生前日常的に使用していたものよりだいぶ分厚く、質が悪い。こんな紙をわざわざ地図に使う訳がないし、ここでは質が良い方だということだろう。実際他の本も似たり寄ったりだった。
「……天蓋付きベッド、普段着のドレス、質の悪い紙、そういえば電子機器も一切目にしていない。俺からしたらどれもこれも時代錯誤だ。もしかしたら過去の時代なのか?」
そう考えてみれば、彼女は貴族のお嬢様のような生活をしている。親もいない陸の孤島でひっそり暮らしているところをみると、ワケありのお嬢様なんだろうと思うけれど。
あの子が何かするとは思えないから家の理由だろうか。そうと決まった訳ではないが、昼間に上機嫌で話していた姿を思い出すと心が痛み、彼女を閉じ込めているこの状況そのものに苛立ちが募った。
「子どもを親の事情に巻き込むなよな」
子どもは外で遊んでこそだと思う。明日は庭に連れ出してみようかなどと考えながらも休みなく働いていた目が違和感を感じ取る。
「測量技術の発展もまだなのか?ったく、いつの時代だよ……」
地図はそれなりの体裁を保っているものの細部は正確とは言い難い曲線で誤魔化されている部分も多い。また、大陸の幾つかの部分が黒く塗りつぶされている。
「それにこれ、天動説?」
さらに何ページか捲っていくと、大陸らしいと思われる大地の外側に横たわる海が終わり、滝のように流れ落ちる様が描かれ、東西南北の終着点にはそれぞれドラゴンやペガサスといった幻獣が据えられている。
「天動説って言ったら象、亀、蛇だろ……!?」
頭が痛くなる。幻痛というやつだろうか。彼女を守るために現状を知らなければとここまで来たが、謎は深まる一方だ。生活様式は中世ヨーロッパのイメージと一致するのに、文字や記録がここまで異なるとは。
「ネズミの騎士にでもなれってか……」
最果てを目指した、おとぎ話の小さな騎士が頭に浮かび、俺はため息と共にがくりと肩を落とした。
ヒロインが乙ゲー世界宣言しましたが、玲司くんは頑張って世界のことを知ろうとしています。やっぱり投稿順間違った気が…。いつかまた直すかもしれません。