2罪のハジマリ 第一章 06
気付けばどこかの教会に来ていた。
ただ適当に歩いただけだったが、こんなところがあったんだな。
なんとなく、ドアを開けて中に入ってみる。
おいおい、俺は懺悔がしたいのか?
そう思いつつも、俺は足を止められない。
まるで、何かに引き寄せられるように教会の中に入っていく。
「相談ですか?」
奥から神父が出てきて俺に問う。
相談なんて受け付けているのか……。
「これも神様の導きでしょう。話を聞きますよ」
その神父の優しく包み込むような声に不思議と俺は口を開いた。
「それじゃあ、少しだけ……。突拍子もないことですけど、実は俺はウソを見抜くのが得意なんですよ」
「ほう、そういう方もいますね」
「ええ、ですが、俺はある時それに磨きがかかってウソかどうかだけでなく、言葉が出てきた理由や相手の本音までわかるようになったんですよ。信じられないですよね?」
「いえ、ではあなたが……。これも神様の導きでしょう」
「?」
おかしい。この神父の言葉、こんなウソっぽいことなのにウソじゃない?
俺の特技、調子が悪いのかな?
この神父は本気で神様の導きだと思っている?
「ですけど、不便な面もあるんですよ」
「ほう、どんな面ですかね? かなり便利な力なのに、あなたは不満なんですか?」
「いえ、不満ってわけじゃ……。この特技を知られている相手だと対抗策を取られるのですよ。どんなことでも対抗策を考えることくらいできるじゃないですか」
「つまり、声を聞かれなければいいと……」
神父さんも思い当たる。ここまで話を聞いてくれていることで親近感がわいた。
腕を組んで考えてくれる。次の言葉で今更ながら、一人称に配慮がなかったことに気付く。
「実はお――私が落ち込んでいるのはそれだけではなくて……」
「ああ、俺でいいですよ。けれど、その力で悪いことがあったんですか? すれ違いとか……」
ああ、誤解させてしまったか。
それにしても、この神父さん、なんか俺の特技を特別な力みたいな言い回しをするなぁ。
そんなにすごいもんでも無――あるか。
「いえ、この特技で知り合いの様子がおかしい理由を調べようとしたら、調べるのに協力してくれているコが想い人に怒られてしまって……」
「はあ、想い人の知り合いだったんですか? 悪いことに使うのは良くないですよ」
「いえ、想い人から頼まれたので一概にこっちだけが悪いわけではないんですよ。ただ、想い人のためを思ってしつこく調べていたら……そういう意味ではすれ違いですね」
「そうですね。頼まれていない程度までして、それが想い人(、、、)の(、)ため(、、)なら悪いことですね」
「えっ?」
神父さんの言葉が気になった。
その言葉はするりと心に入ってきた。
神父さんの声のおかげか、それとも内容にひかれたのか……。まあ、両方だろう。
神父さんは俺の目をみて言う。
「相手がどうして欲しいのかなんて実際のところ相手にしかわからないものです。ですから、相手のためなら相手に全てを教えてどうするかを選んでもらうべきなのでしょう? それが多くの人にとって最善のことではなくても、その結果、その人が後悔することになっても……です。その人が選んだことならその人は納得できる」
「違う場合があるんですか?」
違う場合があるのがわかっていても聞いた。
俺にそういう発想がない故にこの言葉を聞いただけではわからず、なにより今までも細かいことは推理で補ってきたのだから……。
「ええ、相手のためになりたいという自分(、、)の(、)気持ち(、、、)の(、)ため(、、)なら」
「……っ」
「あなたならこの言葉を聞けば何が違うかわかりますよね? というか究極的にはみんなこれが理由のはずなんですが、要するに覚悟(、、)ですよ。相手に恨まれても、憎まれても、相手のためになりたい。そう思えたなら、それは自分のことでもあるんです。自分のことなんだから自分で責任を背負って行動する。わかります? だから、そういうのがいき過ぎて相手に押し付ける形になったものは本当に自分勝手と言われてもしょうがないんでしょうね?」
「覚悟……ですか。実はその怒られてしまったコ、俺の想い人でして……」
「ほう、複雑ですね?」
「落ち込んでいるそのコにキスをしてしまったんです。そのコは勘違いしてしまって俺の想いには気付いてないみたいなんですが、俺はそのコの弱みにつけこんでしまったんです」
「なるほど……。ところで、あなたは神父が罪を許す理由は何だかわかりますか?」
神父さんは話題を変える。
いや、変わってないか……。
俺は少し考える。神父さんの声からはわからない。
俺にその発想がないのもあるだろうが、この神父さんに対しては何故か、俺の特技が上手く活かせない。
いや、俺の意見を聞いているんだからこの場合はいいのか?
「わたしはね。ハジマリの気持ちは罪ではないからだと思っているんですよ」
「ハジマリの気持ち?」
「ええ、誰かを貶めたい、誰かを不幸にしたい。そんな気持ちでも、始めはその(、、)人(、)より(、、)上になりたい、その(、、)人(、)より(、、)幸せになりたいという気持ちでしょう?」
「でも、仕返しだと……」
「仕返しでも先にそうした人はそんな気持ちでしょうし、そうでなくてもそれはこんな(、、、)悲しい(、、、)めには(、、、)あいたく(、、、、)なかった(、、、、)、だから相手に自分が感じた痛みを味わいさせたいというのがハジマリの気持ちでしょう?」
「ええ、確かに……」
「それに無意識に、相手が嫌な想いをすれば自分がイイ想いをできると思ってしまっているんですよ。実際は理屈がなければそんなことはないのに。逆に理屈があればそんなことをしなくてもみんながイイ思いをできるのに……。そして、痛みを味わいさせたいという方はある意味友好的です。相手に自分を理解させたいということですから」
「省略されてしまっていたとしても、ハジマリの気持ちは罪ではないんですよ。罪のハジマリは諦めによる悪い方法の選択なんですよ」
「諦めによる悪い方法の選択?」
「ええ、相手を貶める、不幸にする、仕返しをする。それはそれをしないで相手より上に行くことを諦めたためによる悪い方法の選択なんですよ」
「でもそれだと……」
「ええ、だから仕返しは許容されがちなんですよ。すでに起きてしまったことを変えるのは――過去の改変は難しいですからね? それにそれが平等で簡単ですし……。でも、手はあるんですよ」
「えっ、時間を戻すんですか?」
その『手がある』というのが俺の特技でウソではないのがわかるで俺は驚く。
素直にそれが知りたかった。
「いえ、それをいいことにしてしまうんです」
「えっ?」
「何かを学んだり、それをきっかけにいいことを起こしたりするんですよ。悲しいことでも、何かを学べたり、それをきっかけにいいことがあると『ああ、あんなことがあったな』と笑える日がくるかもしれないでしょう?」
「そうですね」
何かの漫画で読んだあれはこういう意味だったのだと思った。
そして同時に俺にそこまでできる強さがあるだろうかと思った。
「ですけどね。諦めや弱さが罪ってわけではないんですよ」
「えっ?」
「大切なのは自分の中の正しさを裏切らないことなんです」
その言葉で俺は立ち上がる。
「もう行きますか?」
「ええ、いろいろありがとうございました」
「いえ、あなたに何事にも諦めない強さがあらんことを」
いつか、似たようなセリフを小説で読んだ。
俺なりにその言葉の意味がわかった気がした。




