第三章 01
「オリジンイーター?」
「君の居場所を奪い、君と秋月神斗との存在の認識を入れ替えた異能だよ。その犯人は天堂春樹。彼だ」
「「「えっ!?」」」
僕以外の声もしたので、振り返ると、美冬と夏葉も居た。
そして、もう一度、郵便を渡しにきた人の方を見ると春樹が居た。
「う、嘘だよ! だいたい、貴方、誰なの!?」
夏葉が言葉を信じられなくて、疑った相手は郵便を届けてきた人だった。
当然かもしれない。
いきなり現れた他人と友達のどちらを信じるかと言われて他人と答える人は少ないだろう。
だが、残念なことに春樹は否定していない。
嘘もなにもないのだ。
春樹が肯定してしまったら……。
「はあ~、俺がただ郵便を届けに来ただけのメッセンジャーだったらどうするんだ? まあ、いい、俺の名前は夏上天典。裁判教会の、まあ、見習いみたいなものだよ。どうだい、他に何かあるかい?」
「やっとか……ジン。でも、そうか? 君が俺達、異能者の間で噂になっている裁判教会の人間か? 会えて嬉しいよ」
「……はる……き? 俺達? 異能者って、本当……なの?」
そう聞いたのは美冬だった。
「ああ、本当だよ。ジン、お前を貶め、お前の居場所を奪ったのは俺だ。憎いだろう? 恨めしいだろう? 罵ってくれてもいいんだぞ?」
美冬に答えた後、僕の方を見て、春樹はそう言った。
「っ……」
その声を聞いて、驚いたのは裁判教会の見習いと名乗った夏上さんだった。
夏上さんも気付いたのかもしれない。春樹の嘘――いや、気持ちに……。
だが、友達である僕達ではなく彼が気付くのは意外だった。
「そんな、他ならぬあなたがどうして!?」
美冬は春樹に向かって理由を尋ねるが、その言葉に、僕が感じたのは美冬が心配してくれたことに対する嬉しさだけだった。
だが夏葉は、夏上さんが驚いたことを気にして問う。
「なんで、夏上さんが驚くんですか? 本当は違うんじゃ? すみません、私はあなたよりも春樹くんを信じてしまう騙されやすいかもしれないコなんです。だって、好きな人なんですもん。信じさせてください」
「いや、なんでもない。それより、天堂くんは君に言っているみたいだよ。夏目くん?」
僕は夏上さんが驚いた理由を考えて、彼が言葉を発したところで我にかえる。
そんな当たり前のことを問われるとは思っていなかった。
いや、普通ではないのだろう。だが、僕にとっては当たり前の結論だ。
僕は迷わずそれを口にする。
「春樹、何を言われても変わらない。僕は君を許すよ」
「「「えっ!?」」」
僕の答えに、夏上さんが驚かないのが不思議だった。
だが、その答えを否定したのは他ならぬ春樹だった。
「はっ、俺はお前を貶めたんだぞ? 俺の都合でお前の居場所を奪ったんだぞ? もしかして、美冬との仲をとりもったので遠慮しているのか? あれは、その方が俺に都合が良かったからだ。実際、俺はそのおかげで夏葉と付き合うことができた。その……ためだけに……」
春樹の言葉は本当に僕の心をえぐった。
でも、僕はその奥にある春樹の泣きたくなるような罪悪感と悲しみを見逃さなかった。
「春樹、僕をあんまり舐めないでくれるかい? 僕は君の親友だよ。少なくとも、僕はそう思っている。親友の本当の気持ちくらいわかるさ? ああ、なるほど。夏上さん、あなたも異能者なんじゃないですか? 春樹の本心がわかった。だから、僕の許すという言葉を聞いても驚かなかった。違いますか?」
「違わないよ。俺の異能は声を聞くだけで、それが嘘か本当かわかり、その言葉に隠された本音がわかる。つまり、俺に考えつく発想の範囲内であれば、俺は声を聞くだけで相手のことがわかるんだよ。その俺が保証する。たしかに天堂くんの言っていることは事実だが、夏目くんの言っていることも事実だ。だが、その先は俺には随分、殊勝だという程度しかわからない。他に何かあるかい?」
「なるほど。裁判教会から来る人があなたであったのは、俺にはかなりの不幸だったようだ。わかっただろう? ジン? 俺が言っていることは事実だ。俺は俺の都合でお前を貶めた」
なるほど。そうきたか?
春樹は自分が責められる部分だけを言葉にした。
「春樹。もういいんだ。僕が言っていることも事実だと聞いたじゃないか? もう……いいんだよ」
しばらくの沈黙の後、春樹は口を開く。
「よくはない! よくはないんだよ! 俺は俺を許せない! たとえ、誰が許しても俺だけは俺を許せない!
ジン。頼む。俺を救ってくれ。
俺を救うと思って罰を与えてくれ!
俺は後悔している!
俺は俺を許せない!
俺はお前に何かをしてやったのかもしれない。けれど、そんなことは俺を許す理由にはならない!
俺はお前の居場所を奪ったんだ!
なあ、頼むよ! ジン!
俺はいない方がいいんだ! 俺がいたから、みんなは不幸になったんだ!」
それは春樹の本音だった。
だが、それは春樹が、春樹自身に罰を与えさせるために、自分に都合のいいことをほとんど言っていない。
春樹がそれほど言うんなら……。
だが、選択肢は決まっている。
その選択肢を言う前に、夏葉の声が響く。
「そんなことない! 私は確かに春樹を好きになった! そのおかげで私は失恋を乗り越えられた! それは春樹の隣にいたのがジンくんであって、ジンくんでなかったからでもある! あなたがしたことは意味があったんだよ!」
「それは違う! 俺が夏葉に好かれたくてしたことだ」
「だとしても、私は春樹を好きになった! それにそうなら、あなたは違う状況でも私を慰めてくれたってことでしょ? ……そうだよ、なら――」
僕は夏葉の言葉を遮って言う。
「わかった。春樹。君に罰を与えるよ」
その言葉に春樹が一瞬嬉しそうな顔をした気がした。
そして、美冬と夏葉が僕を咎めるように名前を呼ぶ。
「「ジン(くん)!」」
「大丈夫だよ。美冬、夏葉」
「春樹。君への罰を与える」
「いいだろう。それを口にするくらいは許そう。天堂くん、わからないか? 俺は裁判教会のモノだ。他に何かあるかい?」
なるほど。やはり、わかるみたいだ。だが、思い通りにはさせないけどね。
「僕は君を許す。それが君への罰だ」
「「「えっ!?」」」
「な、何を言っているんだ? ジン?」
「おかしくないだろう? 僕にとって気持ちに反しない。しかも、君にとっては一番の罰だ。そもそも、許す、許さないは僕の気持ち次第でコントロールのしようがないんだ。しょうがないだろう? それが君にとって一番の罰になる。なら、それでいいじゃないか」
「ハハ、たしかに、それは俺にとって一番の罰だ。なら、裁判教会に期待するしかないか。裁判教会はどうなんですか?」
「ん、俺は、まだノーコメントだ」
夏上さんが言った一言は春樹にとって拷問に近いモノだったのかもしれない。
「おっと、安心するんだ。まだ(、、)だよ。まだ。狂うのは勘弁してくれ」
そうか、春樹は狂いそうなくらい罪悪感を感じているのか?
悪いな、春樹。
だが、僕はそれが少しでも薄れるように想いを――
その理由を口にする。
「春樹。僕が何故、君を許すか、わかるかい?」
「えっ!?」
「それはね? 春樹。
入れ替わってからも――
君が僕のことを覚えてくれていたからだよ。
君が以前のように話しかけてくれたからだよ。
君がそうしてくれていなければ僕は終わっていた。
つまりさ、春樹。
僕が君に救われたからだよ。
君に救われたから、僕は君を救う」
「う、うわあぁぁ」
もう春樹は我慢できなかった。
押しつぶされそうな程の罪悪感と共に春樹の目からは――
涙が溢れていた。
春樹は狂ったように号泣した。




