〈無知は罪なり〉
「アンタ馬鹿だろ。」
傷だらけの翔の顔でそういう青年に、私はまた泣きそうになった。
奴隷なんて…。
奴隷なんて!
悲しと共に怒りも次々と沸き上がってくる。
どれだけ痛かったことか、どれだけ悲しかったことか。
私には想像もつかない。
青年を嫉妬の国に住まわせるに当たって、強欲が国のシシャは全力で首を振っていた。
説得するのには苦労したけど、何時間もかかってやっと首を縦に振ってくれた。
強欲が国には既に死んだ、ということで済ませてくれるそうだ。
見かけによらず優しい人で良かった。
そう言うわけで、空のような青い瞳をもつ翔のそっくりさんは、嫉妬が国に住むことになった。
というかしました。
私を殺そうとした罪は、アドリアナの容赦ない拳で十二分だと思う。
あの小さな体の、どこにあんな力があるんだか。
「馬鹿?どうして?
あ、お腹空いてない?」
私がそう聞くと、翔のそっくりさんは私の前に立ちはだかって歩くのを制止した。
「俺は!
暗殺者だぞ?!何で近くに置こうとする?!」
確かに、翔のそっくりさんは飽くまでそっくりさん。
つまりは他人だ。
でも、それを抜きにしたって。
「あなたは、私を殺さなかったでしょう」
あのとき殺せるチャンスは十分あった。
でも、青年は結局私を殺さなかった。
それが結果論でも、私にとってはその事実が何より大切。
それだけで無駄な血を流させない理由になれるのだから。
「あ、明日殺すかもしれんだろう!」
「そうだとして何故それを私に言うの?」
焦ったような物言いに私が聞き返すと、青年は押し黙った。
この青年には私を殺す気なんてまるでない。
むしろ、心配されているようにも感じる。
声の色が見えなくなっちゃったから、勘なんだけどね。
どっちにしたって、私はこの青年を手放すつもりはないのだから。
「名前は?なんと言うの?」
「…名などない。」
立ちはだかっていた青年を避けて、私はまた歩き出した。
青年は黙ってついてきてくれた。
どこへ行くにも、まず広間へ行かなくては。
ご飯を食べるのが先か、お風呂に入るのが先か、眠るのが先か。
「そうなのですか?
でも、嫉妬が国の言葉とても上手ですよね」
青年は強欲が国から来たと言うが、そういえば嫉妬が国の言葉…というか日本語がむちゃくちゃ上手い。
変な癖もないし。
頭良いんだろうなぁ。
「だから俺が選ばれた。」
「ああ。そういうことですか。
では名前をつけましょう。」
私は納得した。
選ばれた人が偶々嫉妬が国の言葉を話せたのではなく、嫉妬が国の言葉を喋れるから選ばれたらしい。
その口ぶりだと、青年以外にも奴隷は居たようだ。
また怒りが沸いてきそうになったが、青年の前だからと私はそれを見て見ぬふりした。
「まともな名前はつけなくて良い。」
青年はもう拒否する気力もなくなったのか、適当にしてくれと言った。
「ナナシ!
七つの志と書いて七志。」
「適当な割に大層な名前だな。」
名無しというダジャレの意味も込めて。
ちょっと、皮肉めいてるかとも言った後で思ったけど。
七志と名付けた青年は怒っている様子はない。
「そちらの国っぽい名前を考えましょうか?」
「いや、それで良い。」
時間はかかってしまうが、もう少し悩むべきかと聞くと、七志は首を振った。
「そうですか、では七志!
お腹は空いていませんか?」
「別に。自分の世話くらい…」
言いかけると、七志のお腹がグーッと鳴った。
本人が食べないことを選んでも、体は食べる気満々のようだ。
「チッ。」
「決定ですね。」
横目に七志を見ると耳まで真っ赤になっていた。
舌打ちしても全然怖くないどころか、可愛い。
では早速、ご飯を食べに行くことにしよう。
…てことは、七志もとりあえずは一人にしないといけないのかな。
強欲が国での食事方はどうなんだろうか。
「七志、一緒に食べますか?」
「好きにしてくれ。」
「はい!」
私は満面の笑みで言った。
やっぱりご飯は一人で食べるより、人と食べた方が美味しい。
お母さんもお父さんもそう言ってた。
…失敗。
また思い出しちゃった。
お父さんとお母さんのこと。
「かぐや。」
「ラムセス!」
一瞬暗い気持ちになると後ろからラムセスの声が聞こえた。
毎度毎度、神出鬼没なもんだからいい加減なれてきた。
「王たるもの、無闇に食事の姿を見るものじゃない」
「あ…嫉妬が国はそうなのか。」
「ああ。」
ラムセスの言葉に、七志はバツが悪そうに頭をかいた。
「ダメ、なのですか…」
また一人で食べないとダメなのと私はラムセスに聞いた。
今一人になるのはとても心細い。
ただでさえ嫌なのに。
ラムセスは間を開けてから、やはり無表情に口を開いた。
「よろしくない。」
「そう、ですか。」
少し…いや、むちゃくちゃ寂しいけどラムセスが言うのなら諦めるしかない。
そんな私を見かねたのか、七志が口を開いた。
「…お前は王だろう?
なんで使い魔に従うんだ」
「…そ、それもそうなんですけどね」
七志の言う通りだけど、癖になってしまっている。
王たるもの、もう少し自覚を持たなければダメかもしれない。
今は良いけど、例えば他の国の人が来たときとか。
あ、さっきまでいた。
「名を与えてくれた以上、俺はお前を主と認識する。
俺は主たるお前の望みを叶える。」
「……義理堅いのですね。
ありがとうございます。
ですが、たかが食事の話ですから。」
そう、たかが食事の話だ。
ラムセスに聞く以前に、王がわがままを言っていれば世話ないだろう。
七志がそんな風に言ってくれただけで、今は嬉しかった。
「それだけじゃない。」
いつのまにか、耳は元の色に戻っていて顔も無表情…?
厳しい顔になっていた。
怒っている…のだろうか?
「おい、藍蛇様の御前だぞ」
「大貴」
大貴はシシャさんの見送りをしていたはずだが、もう帰ってきらしい。
強欲が国のシシャさんは駄弁るような人にも見えないし、たぶん早々に帰ったのだろう。
「俺は腐っても青の瞳を持ってる。
だが、強欲が国も出た身だ。」
「嫉妬が王に遣えながら、青い瞳を持ち続けるつもりか?」
二人はガッツリ睨みあって言った。
なんか、一触即発の雰囲気…………?
翔と大樹はめちゃくちゃ仲良かったと思うんだけど…。
なんか複雑。
「主が望むなら、藍色の瞳でもいい。
俺は嫉妬が王じゃなく主に遣えてるんだ。」
「あの…、瞳がなんだと言うのですか?」
巷で噂のカラコンでも付けるのだろうか…?
髪色はともかく、瞳の色は変えられるものじゃないと思うけど…。
「………………それすら教えていないのか?」
「…教えるまでもないかと」
私の言葉を聞くと、七志はとても怖い顔になった。
これはわかる。
明らかに怒ってる。
「ハッ。
無知な王だと思っていたが、お前たちが無知にしていたらしい。」
「なっ…!」
「ま、まだ日が浅いものですから…」
突然悪く言われたことに少し動揺しながらそう弁解、というか言い訳した。
私が頭悪いと、大貴が怒られてしまうのだと今更ながらに理解した。
語学に関しては成果も出てると思ったんだけど…。
でも、そうだ。
王様なら、政治の事とか、戦略の事とかを勉強もするべきだったはず。
それなのに私は…。
私、こんなんで良いのかな。
王様って、こんなんで良いのかな。
「瞳のことを知ってれば、俺が敵だと真っ先にわかったはずだ。」
「??」
…瞳?
瞳なんて今の時代みんなバラバラでしょ?
よっぽど、血を大事にしてる家じゃない限り、家族ですら同じってこともない。
「瞳は、所属する国や使う魔法によって決められる。
ここにいる奴等は、全員藍色の瞳だっただろう。」
「ぜ、んいん…?」
私は、赤い瞳の小さな女の子を思い浮かべて首をかしげた。
「ああ、あのチビは違う国の出身だろう。」
「そうなのですか?」
「あ、ああ。」
そう言われてみれば、濃い薄いの違いはあれど、アドリアナ以外の嫉妬が国の人の瞳はみんな藍色だ。
日本も、大昔はこんな風にだったのだろうか……?
今ではそんなことも分かりはしない。
調べれば解るんだろうけど…。
そんなこと調べたところで……。
日本語じゃなくてエルセラ語でした。
大体、日本語みたいなもんなのであんまり気になくても。




