命令はデート
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「うわー、ナニあれぇ」
「あんまり見ないほうがいいよ~、変態かもしれないしぃ」
「そうだねーぎゃはははは!」
そんな不適切発言をキャッキャ言いながら帰っていく女子二人の姿を、俺は無意識のうちに目で追っていた。二人は空に足を付けて逆さまに歩いている。
ごめん、嘘。
逆さまなのは俺だ。
久々の豚の丸焼きは注目度抜群だった。通り過ぎる女子たちは変態を見るような視線を矢のごとく放ち、男子は男子で「あいつは変態だぜ」などと女子に吹聴する。いずれにせよ、俺は変態扱いされている。
ここまでの注目度を誇るのは、俺が約一年ぶりに高校の校庭で豚の丸焼きをしているせいだ。写真部に入ってからは一度もやってなかったからな。
そんなわけで、当然一年の連中は『豚の丸焼き男子』なんてやつのことは知らない。つまり、笑ったり指差して「キモ!」とか言ってくるやつはどいつもこいつも一年だ。
許せん。
一年代表として今度モコにランドセルを背負わせてやる。それもピンクだ!
……いかん。雑念が多すぎる。俺には考えるべきことがあるんだ。だから久々に集中できる態勢、すなわち豚の丸焼きをかましたのだ。
俺は考え事に集中した。
昨日のことを。
俺が復元させたSX70というポラロイドカメラのことを。
賀田川と英輔が写った写真に浮かび上がった『2』という文字を。
荒井歩のことを。
SX70と『2』についてはお手上げだ。正直言って、意味不明。
ただ、そのどちらにも過剰に反応したのが荒井だ。あんな取り乱した荒井を見たのは初めてだ。一年の時だってそんなことはなかった。怒ることはしょっちゅうだったが、昨日のように真に迫ってはいなかった。
整理してみよう。
荒井はまず、SX70の存在に激怒した。
それから『2』という数字を見て驚く。
――少し違うか。
SX70を見たとき、あいつは激怒しつつ目に涙をためていた。悲しんでもいたんだ。
それに『2』を見たときだって驚いていただけじゃない。……喪失感、だろうか。大事な何かを失くした、壊された、奪われた――そんなニュアンスがあのときの荒井の顔からは窺えた。
まあ、あくまでも感覚的なものに過ぎないが。けれど、いったい何を失い何を壊され何を奪われたんだ?
結局のところ、全ての情報は荒井が握っているってことか。
しゃあねえ、駄目だとは思うけど、荒井に直接聞き出すしか方法はねえか。あまり気は進まないが……。
「ツヅク」
「うお!」
いきなり名前を呼ばれ、俺は思わず叫んだ。ただ呼ばれただけじゃ驚かない。「ツヅク」と呼ばれたから驚いたんだ。俺のことをそう呼ぶのは、この学校じゃ荒井しかいない。
果たして、俺を呼んだのは荒井歩だった。荒井は逆さまになって俺の目に映った。
……デジャヴ。
そういや初めて荒井と話したのも、俺がここで豚の丸焼きをしてたときだったな。
「……あんた、驚き過ぎ」
「いや、驚くだろ」
「部活は?」
「見ての通り出てねえよ。そんな気分になれない。昨日だってあの後すぐに帰ったよ。俺も英輔も賀田川もな。たぶん、モコ一人だったんじゃねえのか。今日はどうだか知らないけど」
「そう」
荒井は全く興味など無さそうだ。
「お前何とも思ってないのかよ。昨日あれだけ叫んだり怒鳴ったりして。賀田川なんか完全に怯えきってたぞ」
「ツヅク」
「なんだよ。言い訳なら聞かねえぞ」
「明日、あたしとデートしなさい」
「あ!?」
「明日の午後一時半、駅前の広場に来るのよ」
「ちょ、ちょっと待て! お前――ぐおっ!」
俺は混乱した挙句鉄棒から手を離してしまい、背中から地面に落下した。
「い、いってぇ……あれ。荒井?」
いねえよどこ行っちまったんだ? と思ったら、あいつは既に校門に向かって歩いていた。
俺の返答は聞かないのかよ! まるで俺の返事がイエスしか存在しないみたいじゃねえか!
……まあ、イエスなんだけど。
荒井の揺れるポニーテールを見ながら、俺は明日着ていく服を頭の中でピックアップした。