初めての始末書
「1人が2つの世界にって、どういうこと?」
「それが…その人を担当したのが新人だったみたいで、混沌部と救済部両方から同じような人を派遣しろと言われて……新人は慌てて対応したんですが、同一人物だったと気付かず……」
1人が2つの世界、半透明の勇者……もしかしたらと、アルメはパソコンに視線を戻す。
『勇者様!ありがとうございます、これで私達は安心して暮らせます…!!』
画面右上の混沌度は53%まで下がっており、半透明の勇者は人々に感謝されている所だった。普通なら、まだ国王と話していてもおかしくはないのに。
(もう53%?まだ数十分しか経っていないのに……早すぎる)
この異常な早さ、謎の半透明……アルメの仮説が当たっていれば、これは始末書問題だ。
「ねぇあなた、混沌部にも派遣した人が半透明になった事例はある?」
「はい!元々混沌部が人が半透明になったと報告してきたから発覚したことですので……」
「これを見て欲しいのだけど」
アルメは社員に自分のパソコンの画面を見せる。
「えっ、半透明の…勇者?救済側の派遣された人は、アルメさんの担当だったんですか!?」
「私もおかしいと思ったのよ……困ったわね、魂を1つに戻すのは転生管理部の仕事よね?」
「恐らくそうなんですが……転生管理部もこのような事態は初めてで時間がかかりそうで……」
あのエリート集団の転生管理部が処理に時間を要するなど中々聞かないことなので、相当稀有なことなのだろう。問題を起こした新人は、今頃キツく言われているに違いない。
「でもでも!半透明になるだけで他に被害は無いならそのままでもいいんじゃないですかね?」
「確かに無いけど、もし社長にでもバレたらどうするの?クビになるかもしれないでしょ」
「うっ…確かに……。けど、どうやって解決したら――」
『警告、警告、混沌度が0%に到達。今すぐ混沌部へ世界の送信を推奨します。警告、警告、混沌度が0%に到達』
「嘘でしょ…!?フロル部長に怒られるとか嫌なんだけど……!!」
解決方法を探している間に、半透明の勇者がなんと混沌度を0%にしてしまった。
平和で良いじゃないかと思うかもしれないが、これは喧嘩1つ起きず皆が常に笑顔で手と手を取り合う、逆に恐ろしい世界になっていると言うことだ。
平和過ぎる世界は何も成長しないので、実は適度な混沌も必要なのである。
「まずいわね…あなた、転生管理部にこっちの魂を混沌部に、あっちの魂は救済部に入れ替えるように伝えて!ひとまずの応急処置よ」
「は、はいっ!!」
こちらの世界はものすごい早さで混沌度が0%になってしまった為、アルメの仮説が当たっていたならば、もう1つの魂がある世界は混沌度が100%に近くなっているか、もう手遅れの可能性がある。
手遅れになっていたら、始末書は免れないだろう。
本当は転生管理部に直接連絡したかったが、今まで急を要する事態は殆ど無かったため、パソコンに通信機能が無く、今はあの社員に任せるしかない。
これが解決したら社長に話しておかなければ……。
ほどなくして、世界を観察し続けていると、勇者が突然悪行に走り始めた。
物を盗み、脅し、少しすると悪の力に手を染め始める。まるでRTA走者の如く、混沌度が上がっていく。本当にさっきまで人助けをしていた人物と同じなのか怪しく見えてくる。
あまりの落差の激しさから、アルメは自分の仮説が正しかったことを確認すると、救済部室の外からドタドタと走る音が聞こえてきた。
「た、ただいま戻りました……!はぁ……はぁ…混沌部も混沌度が98%まで上がってしまっていたようですが、魂を入れ替えたら落ち着き始めたみたいです」
「混沌部の始末書はギリギリ逃れたみたいね……危なかったわ。こっちも混沌度がどんどん上がってるみたい。それと、原因がわかったわ」
「えっ!?さっすがアルメさん!!一体なんなんですか?」
「この勇者、混沌部にある魂と入れ替えたらものすごい勢いで混沌度が上がってるの……多分、この勇者の正義の心と悪の心が分かれてしまったのよ」
「ええっ!!そんなのどうしたら……」
パソコンをチェックすると、既に混沌度は26%。勇者の魂を入れ替えてからの悪行の数々……証拠としては十分である。
「そうね…転生管理部から何か伝言はない?」
「あっ!忘れるところでした……転生管理部がもうすぐ2つの魂を1つに戻す処理ができるようになるみたいです、ただ……」
「ただ?」
「1つに戻したら、混沌部か救済部……どちらに派遣するかという問題がありまして」
「他に同じような人はいないの?」
「今はいないんですよね〜……もう少ししたら1人近しい人が補充されるんですけど」
つまりどちらかの世界はしばらく手を付けられず、片方は放置するしかない……混沌に染まり過ぎて世界が滅べばそれこそ始末書は避けられないので、かなり厳しい状況である。
「はぁ…頭が痛くなってきたわ……」
そもそも魂を2つに分けて、勇者が無事なのも意味がわからない。パソコンを見る限り、半透明になっていること以外の問題は見当たらない。
「仕方ないわね……勇者は混沌部に送りなさい。私が始末書を書くわ」
「えっ!?アルメさんが始末書なんて聞いたことないですよ!!」
「転生管理部の信用が無くなれば大問題だもの、それよりマシよ」
この会社の中枢を担う転生管理部の信用が無くなれば、アイテールは終わりと言っても過言ではない。会社の為にも、ここは叱られるのを覚悟するのが一番丸く収まると、アルメは判断した。
「ですが……!」
「早く報告してきて。混沌部まで手遅れにするつもり?」
「うぅ…私が無力なばかりに、申し訳ございません、アルメさん……この御恩は必ず返しますから!!」
社員は申し訳なさそうに下を向きながら、転生管理部へと走っていった。
これで円満に解決したとは思わないが、今できる最善ではあったと思う。
アルメは始末書を準備しつつ、パソコンの画面を眺め続ける。
『勇者……いや、魔王が!!あいつが来る!逃げろー……ってあれ?』
パソコンから聞こえてくる音声から、恐らく魔王となってしまった元勇者は1つになり、混沌部へ送られたのだろう。
画面右上の混沌度はみるみる下がっており、部長が帰ってくる頃には0%になっているだろう。
魔王がいなくなったことに歓喜する人達と相反して、アルメは気が沈むばかりだ。
「始末書なんて書いたことないわ……はぁ〜……」
アルメは大きくため息をついて、慣れない始末書を書き始める。
「えぇ〜っと……『私は救済を20%以下にするだけでは留まらず、0%にしてしまいました。今後このようなことが起きぬよう』…」
「あら?アルメちゃん何してるの〜?」
「うわっ!?フロル部長、戻ったんですね。今始末書を書いてるところです」
「しっ、始末書!?アルメちゃんが!?」
「まぁ色々ありまして。あ、書けました。確認しておいてください」
アルメは素早く書いた始末書のデータをフロルに転送する。
フロルは大慌てで自分のデスクへ走っていき、始末書を確認し始めた。
「うんうん……なるほどなるほど……会社の為に動いてくれたのはよくわかりました」
始末書を読んだフロルは、意外にもアルメを叱ることはなかった。フロルは怒らないように見せかけて、実は厳しい人だと言うのに。
なるべく自分のせいに見えるように書いたつもりだったが、フロルは大体の事の顛末を把握したのだろう。
「けど混沌度0にしちゃったのよね…?なにかしら処罰が無いとあれかしら……そうだわ!あなたの仕事を少し減らすから、リミスちゃんが仕事するように教育してくれないかしら?」
「…………リミスと?」
「リミスちゃんが仕事しなくて困ってたんでしょう?リミスが仕事をしてくれれば私もアルメちゃんも助かるでしょう?」
あのリミスが真面目に仕事が出来るとは到底思えないが、これが部長からの命ならば仕方ない。処罰にしては軽い方だとも言える。
「はぁ、わかりました……なんとかしてみます。けど期待しないでくださいね」
「ふふ、期待しているわね?」
この人は話を聞いていたのだろうか?
ともかく、アルメはまた新たな厄介を抱えてしまったらしい。




