第61話:社畜流の傾聴カウンセリングと、司法取引のハック
「気の毒にな。……利用価値がなくなれば、一瞬で切り捨てられる。そういう組織なんだよ、お前たちがいる場所は……ミツグさん」
俺がひねり上げた腕の力を少しだけ緩め、静かにその名を呼んだ瞬間、重戦士の巨体がびくりと跳ね上がった。絶望に濡れた瞳が、驚愕に大きく見開かれる。
「ど、どうして……どうして俺の名前を知っている……!?」
「知っているとも。お前たちが俺を襲ったのは、ホーリーが商人の街でギルドに捕まったからだろう? あいつの口から、お前たちの身元も、組織の構成も、犯罪歴も、すべてギルドの最上級審査官に筒抜けなんだよ。全て公式ログに記録されていると思ってもらっていい」
「ホ、ホーリーさんが本当に全部ゲロしたのか……!? 嘘だろ……」
ミツグの顔から完全に血の気が引いていく。
ホーリーが捕まったことを察知したケイジ一派が、この領地に現れた俺を警戒して襲撃してきた――その事実さえ分かれば、あとはハッタリをかけるだけだ。
前世のブラック企業でもよく見た、図体ばかり大きくて元来は極めて気が小さい男。こういう人間がトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)に染まる理由は二つに一つ。弱みを握られているか、あるいはいつの間にか巻き込まれて抜けられなくなったかだ。
俺は深く、わざとらしくため息を吐き、路地裏の地面にミツグの巨体を座らせた。
「もう逃げられないよ、ミツグさん。……悪かったな、手荒な真真をして。痛むか?」
「え……? あ、いや……」
高圧的な態度から一転、寄り添うような同情のスタンス。防衛本能を刺激しないよう、俺はあえて戦闘とは無関係な話を振り始めた。
「さっきお前たちの動きを見ていて思ったんだが、お前、本当はこんな泥臭い前衛に向いていないだろう。……子供の頃、何か別の夢とかはなかったのか? 例えば、空を飛んでみたいとか、そういうささやかな趣味とかさ」
「な、なんでそんな……」
ミツグが声を詰まらせる。図星だったようだ。
「子供の頃、魔導船に乗って……空を飛んでみたかった。趣味で、古い航路の帳簿を眺めるのが好きで……」
「そうか。いい夢じゃないか」
俺は優しく相槌を打ち、彼の言葉を一切否定せずに傾聴を続けた。
心が極限の恐怖に晒されている時に、自分の本質や過去の夢を優しく肯定されると、人間の心理的防壁は容易く崩壊する。お前はもう逃げられないという絶対的な現実を理解させつつ、同時に「この目の前の男だけは話を聞いてくれる」という錯覚を脳内にハックしていく。
やがて、ミツグは堪えきれなくなったように涙を流し、堰を切ったように真実を告白し始めた。
「俺は……俺はもともと、数字に強くて、ギルドの会計業務を行うようなエリートコースにいたんだ……っ。なのに、あの双剣使いのモウゲに誘われて、一緒にクランに入って重戦士になった。でも、気の小ささのせいで全然上手くいかなくて、孤立してて……」
「……下手したら、俺もお前と同じようになっていたかもしれないな」
俺は静かに頷いた。前世のブラック企業でワンオペ処理を押し付けられ、理不尽に使い潰された日々。もしあの時、ケイジのような笑顔の悪魔に甘い言葉をかけられていたら、俺だって道を踏み外していたかもしれない。その言葉は、半分は本音だった。
「そこに、ホーリーさんが来たんだ。モウゲと一緒に『お前たちのための特別なプライベートクランがある』って誘われて……ここでならやり直せる、上手くいくと思ったんだよ! でも、移動した先はクランなんかじゃなくて、ただの犯罪組織だった……!」
ミツグのプロファイルが一気に埋まっていく。
モウゲは最初から犯罪組織だと知っていてミツグをハメたのだ。ミツグは何も知らされないまま、最初の仕事で半ば強制的に強盗や横領の片棒を担がされ、その結果、二度と引き返せない泥沼へと引きずり込まれた。さらに、彼が「数字に強い」というエリート特性を持っていたがために、組織の裏金を管理する『金庫番』という最悪の役割を押し付けられ、ズルズルと今に至っていた。
「モウゲの奴、俺が足を怪我したら……アイツ、一瞬で見捨てて逃げやがった……!」
ミツグは路地の地面に拳を叩きつけ、号泣した。解き放たれた感情のまま、俺の鎧の裾に縋り付くようにして見上げてくる。
「レンさん、俺……俺だって、やり直せるか……? こんな汚い犯罪組織から抜けて、もう一度、やり直せるか……っ!?」
カバンの隅で揺れる、あの初心者の街の下宿の娘から貰った星型のチャームにそっと触れる。人間性の最後の砦を保ちながら、俺は冷徹かつ確実に、シーダさん仕込みの司法取引のカードを切った。
「俺が信頼しているギルドの最上級審査官、シーダさんという人がいる。お前にその気があるなら、やり直せるように俺が公式に口を利いてやる。ギルドの司法取引だ。……だが、お前はどうやってその改心を示す? ギルドを納得させるだけの材料を出せるか?」
ミツグは涙を拭い、必死な形相で大きく頷いた。
「だ、出す! 何でも出す! 俺が預かっている『組織の金の流れ(裏帳簿)』のデータをすべて告白する! それと……今、このオータム領でケイジの手先になって動いている、ハマーっていう男の拠点を教える! あいつを捕まえるのを手伝う!」
「ハマー……?」
「ああ。利益だけで繋がっているこの歪な組織の中で、唯一と言っていいほど、ケイジに盲目的に心酔している最古参の男だ。昔からの古い付き合いらしい。……と言っても、ろくでもないのはケイジと一緒で、いつも他人を見下して悦に浸っているような下劣な男だ。ケイジみたいな爽やかな笑顔があるわけでもないのに、ひたすらケイジに憧れて、たまにケイジが捨てた女のおこぼれを貰うのを生きがいにしている、本当に質の悪い男なんだ。あいつがここの現地指揮官をやってる!」
ハマー。爽やかさの欠片もない、ただ笑顔の悪魔に狂信的に憧れているだけの質の悪い下っ端幹部。現場の金の流れを握るミツグの裏帳簿のファクトと、ハマーという明確なトクリュウの現地拠点のピースが、今、完璧に揃った。
雲の上だと思っていたケイジの防衛システムに対し、これ以上ない「バグの穴」が穿たれたのだ。
「いいだろう、ミツグさん。約束通り、お前の身柄の安全は俺が保証する」
俺は新調した軽量高密度軽鎧の紐を締め直し、暗闇の中で冷たく微笑んだ。
「まずは、そのハマーって男から社会的にすり潰しに行こうか。案内してもらうぞ」
涙ぐむミツグの背を叩き、これから始まる復讐に向けて気持ちを引き締めるレンだった。
61話 完




